08.白穀、到着
あすかと大和はクリニックの外へと出る。
商会の人が来るであろう方向を見る。
表に出ると、さっきまで家の中にいた空気とは違っていた。
家の中ではタコ料理の匂いが広がっていた。
唐揚げ。
煮物。
酢の物。
悪魔の化身と呼ばれていたものは、すっかり食卓の中心になっていた。
けれど、今度は白穀だった。
あすかは少しだけ息を吐く。
白穀を買いに行っただけのはずだった。
それなのに、ルイを連れて帰ってきて、タコ料理が始まって、今度は白穀の炊き方を見せる流れになっている。
大和も同じ方向を見ていた。
遅れて大地も来る。
「あっちから来るの?」
「大地先生……はい。あっちから来るはずっス」
大和は道の先を見る。
すると、馬が走ってくるのが見えた。
荷を乗せている。
大地もその方向を見る。
「馬がこっちに向かってるけど……あれかな?」
馬がだんだんと近づいてくる。
蹄の音が近くなる。
あすかと大和は少し道の脇へ寄った。
大地も一歩下がる。
そして、馬はクリニックの前で止まる。
商会の人が荷台から降り、あすかたちへ声をかけた。
「白穀お持ちしました。どこまで運びますか?」
3人は後ろの積み荷を見る。
思ってるよりも大きい。
白穀の袋が積まれている。
30キロ。
言葉で聞くのと、実物を見るのとでは違った。
あすかは一瞬、袋を見る。
大和も目を丸くしている。
大地はのんびりとした顔で荷物を見ていた。
「あ……すみません。入口まで……」
商会の人は慣れた手つきで白穀の袋を持ち上げる。
重そうな袋なのに、動きに迷いはなかった。
あすかは商会の人を案内し、玄関まで白穀を運んでもらう。
クリニックの方から家へ向かう。
大和と大地も後ろからついていく。
商会の人は袋を抱えたまま、玄関先まで進んだ。
「あ、ここに置いてください」
あすかが示した場所に、商会の人が白穀の袋を下ろす。
重い袋が床に置かれる。
その音に、家の中からルイが出てきた。
ルイは商会の人に声をかける。
「お疲れ様」
「会長」
商会の人がお辞儀をする。
ルイは軽く頷いた。
「わたしはもうしばらくこちらにいると伝えておいてくれ」
商会の人は返事をして出ていく。
あすかはその背中を見送る。
大和も外をのぞき込むように見た。
大地は玄関先に置かれた白穀の袋を見る。
かなりの量だった。
しばらくは主食の心配をしなくてよさそうだった。
智子も玄関先へ来て、白穀の袋を見た。
「米びつにはあとで入れるとして……。とりあえずご飯炊くか……」
智子は白穀の袋を少し破り、ざるに白穀をよそう。
粒は白米に似ている。
昨日も炊いた。
今朝も食べた。
もう味もわかっている。
だが、今回はルイに見せる必要がある。
智子は計量カップを手に取る。
(う~ん……とりあえず6合でいいかな?タコ料理をたらふく食べたわけだし……。ピーマンの肉詰めは夜のおかずにする予定だし……。あ、院長たちもそろそろ帰ってくるかも。う~~ん……10合にするか)
智子は少し悩んだあと、白穀をすくい始める。
人数が多い。
タコ料理を食べたとはいえ、これから戻ってくる人たちもいる。
足りないよりは多い方がいい。
智子は計量カップで白穀を量る。
その様子を、ルイが横から見ていた。
透明な容器に白穀が入る。
すりきるようにして、ざるへ入れる。
それを繰り返す。
ルイは智子の手にある計量カップを指さしてきく。
「その透明な容器は?」
「これは……米を量る容器で、これ一杯ぶんでえっと……1合分のご飯になるんです」
「合……聞いたことがない単位だね」
智子は苦笑いを浮かべる。
(合はなにって聞かれたら答えられない!)
日本にいたころは当たり前に使っていた。
1合。
2合。
炊飯器の目盛り。
計量カップ。
それがどんな単位なのか、正確に説明しろと言われると困る。
智子は計量カップを手にしたまま、少しだけ笑ってごまかした。
ルイはざるに入っていく白穀を見る。
「10回すくったってことは10合っていうことなのですか?」
智子は頷く。
「ほぉ……」
ルイは興味深そうに見ている。
智子は少しだけ緊張した。
「と、とりあえず米を研ぐ……洗うので」
智子は慌てて別の言葉に言い換えて、キッチンへ向かう。
ルイはその後ろをついていく。
智子はざるを持って流しの前に立つ。
白穀を水に浸し、慣れた手つきで米を研ぎ始める。
水が少し白く濁る。
智子は白穀を軽くこすり合わせるように手を動かした。
ルイはその様子を後ろから見ている。
ただ見ているだけなのに、妙に落ち着かない。
(なんか、落ち着かないなぁ……)
後ろにはルイ。
智子のやっていることをただ見ている。
白穀を研ぐ。
とぎ汁を捨てる。
水を入れる。
また研ぐ。
それだけのことなのに、見られていると思うと妙に手元を意識してしまう。
智子は何回かとぎ汁を捨てると、米を炊飯器に入れる。
水を10合の線まで合わせて、炊飯ボタンを押す。
炊飯器が動き始める。
智子はひとまず息を吐いた。
「あとは、炊きあがるのを待つだけです」
「へぇ……」
ルイは炊飯器を見る。
白穀を水で洗い、決まった量の水を入れ、あとは道具が炊く。
ルイにとっては珍しい光景なのだろう。
智子は炊飯器を見ながら、ふと気づいた。
(あ、この国に炊飯器なんてないから土鍋とかの方がよかったかも。しまった~~~)
ルイに食べ方を教えるなら、現地で再現できる方法の方がよかった。
炊飯器はこの家にある。
けれど、この国にあるわけではない。
いくら白穀の炊き方を見せても、同じ道具がなければ再現しにくい。
智子は少しだけ天井を見たくなる。
「智子さん。ご飯どうします?」
「おかずはさっきのタコ尽くしが有り余ってるからいいとして……」
美里は少し考える。
ルイも食べる。
この世界の人が箸を使えるとは限らない。
白穀を炊いて、そのまま茶碗で出すと食べにくいかもしれない。
美里は食器の方を見る。
「箸は使えないでしょうし……。スプーンで食べるのもいいかもですが……」
「まぁ、そうだね……。みんな、朝食に続いてお昼もおにぎりでもいい?」
智子はリビングの方へ声をかける。
おにぎりなら手で持って食べられる。
ルイにも食べ方を説明しやすい。
朝もおにぎりだったが、白穀のおいしさを伝えるにはわかりやすい形だった。
あすかがすぐに返事をする。
「いいですよ~」
大和も手を上げる。
「梅干しおにぎり希望ッス」
「はいはい」
智子は頷く。
お昼ごはんはおにぎりに決定した。




