06.悪魔の化身、唐揚げになる
「命に……」
ルイは小さく呟いた。
食物アレルギー。
初めて聞く言葉だった。
人によっては、食べ物が命に関わる。
その説明は、ルイにとって軽く流せるものではなかった。
大地は頷く。
「はい。……この国にそういう人がいるのかわかりませんが……」
(この世界でも食物アレルギーが起こるのかどうかもわからないけど……)
大地はそう思いながら、ルイを見る。
この世界の食材が、日本と同じとは限らない。
似た食材でも、同じ成分なのかはわからない。
そもそも、こちらの人たちに食物アレルギーという概念があるのかもわからなかった。
美里は少し考えながら、ルイへ説明を続ける。
「えっと、皮膚に赤いブツブツができたり、口周りがはれたりとか……呼吸困難になったり、吐き気や腹痛とかいろいろな症状が出ます」
ルイは黙って聞いている。
食べ物で皮膚に症状が出る。
口周りがはれる。
呼吸困難になる。
吐き気や腹痛が出る。
知らなければ、食べ物が原因だと気づかないかもしれない。
大地は美里の説明を受けて、さらに言葉を足す。
「反応は人によって様々です。皮膚にブツブツが出るだけだったりとか、それに合わせて呼吸困難とかも引き起こして重篤な場合もありますし……。食べ物の好き嫌いではなく、食べてはダメな物なんですよね」
「なるほど……。そういうものもあるのか……」
ルイは考え込むように呟いた。
食材を売る。
珍しい食材を広める。
おいしい食べ方を知る。
それだけでは済まないことがある。
食べてはいけない人がいるかもしれない。
その可能性を、ルイは今知った。
(アレルギーの概念もない感じかな?……う~ん……いろいろと大変だ)
大地は頬をかきながら考えた。
口腔ケアもそうだった。
訪問診療もそうだった。
こちらの世界には、こちらの常識がある。
日本で当たり前に説明できることも、まず言葉から説明しなければならない。
食物アレルギーも、その一つなのかもしれない。
智子は唐揚げの皿を見た。
揚げたてのタコの唐揚げが、皿の上に並んでいる。
少し重くなった空気を切り替えるように、智子は声を出した。
「さて、ちょっと重い話になってしまいましたが、お待ちかねのタコ料理1品目。唐揚げです」
「わ~~い」
つむぎの顔が一気に明るくなる。
智子はすぐにつむぎを見る。
「あんたは少し待ちな」
「は~い」
つむぎは素直に返事をした。
だが、目は唐揚げから離れていない。
智子は先にルイへ唐揚げを差し出す。
ルイは皿の上の唐揚げを見る。
悪魔の化身と呼ばれていたものが、今は香ばしい料理になっていた。
智子からフォークをもらい、ルイは唐揚げにさす。
衣が軽く音を立てた。
「熱いので気を付けてくださいね」
ルイは頷き、タコを食べる。
一口噛んだ瞬間、ルイの表情が変わった。
「これは……」
衣はカリッと香ばしいのに、中のタコは驚くほどプリプリでジューシー。
押し返してくるような独特の弾力があって、噛むたびに心地よい歯ごたえがいい。
ルイはしばらく噛みしめる。
悪魔の化身。
そう呼ばれていたものが、まったく違うものになっている。
ぬめりも不気味さもなく、香ばしさと弾力が口の中に残っていた。
「これは……お酒がほしくなる。悪魔の化身がこうも化けるとは……」
「お気に召したようでよかったです」
智子はそう言って、ちらっとつむぎを見る。
つむぎは唐揚げを食べたそうにソワソワしていた。
手は膝の上にある。
だが、体が少し前に出ている。
目は完全に唐揚げを追っていた。
ふと周りを見ると、あすかも大和もソワソワしていた。
2人とも、ルイの感想を聞いたあとから明らかに食べたそうにしている。
智子はクスリと笑い、みんなに声をかける。
あすかはすぐに手を伸ばした。
「いっただきま~す」
「あ~~!!それ俺がねらってたやつ!!」
大和が声を上げる。
あすかは気にせず唐揚げを口に入れた。
つむぎも一つ受け取り、すぐに頬張る。
「おいひい……」
つむぎは幸せそうに噛みしめる。
タコの弾力。
揚げたての香ばしさ。
待っていた分だけ、余計においしく感じる。
すずもフォークで一つ取り、少しずつ食べた。
「わぁ……歯ごたえが最高です」
すずは目を丸くする。
壺から出てきたときは少し距離を取っていた。
けれど、料理になれば話は変わる。
唐揚げはしっかりと食材だった。
美里は圧力鍋の方を確認しながら声をかける。
「こっちの煮物もあと少しでできますよ~」
「それも食べる~~」
つむぎがすぐに反応する。
美里は笑いながら答えた。
「はいはい。ちゃんと大人しく待っていなさいね」
「は~い」
つむぎは唐揚げを食べながら返事をした。
智子は揚げた唐揚げを追加で皿にのせる。
あすかと大和は次の一つを狙っている。
ゆかも一つ食べて、口元を押さえながら頷いた。
ルイはもう一つ食べ、何度も噛みしめている。
悪魔の化身は、もう完全に料理になっていた。
大地も唐揚げを一つ口に入れる。
噛むほどにタコの弾力があり、衣の香ばしさが広がった。
(キンキンに冷えたビールやハイボールが欲しくなるな~……)
大地はニコニコとしながら唐揚げを噛みしめていた。




