04.つむぎの意外な特技
「つむぎちゃん……タコの下処理できるの?」
智子はつむぎを見る。
リビングには、壺から取り出されたタコがある。
ルイはそのタコを持ったまま、にこにこと笑っていた。
悪魔の化身と呼ばれていたものは、ほほえみデンタルの面々にとっては見覚えのある食材だった。
ただし、見覚えがあることと、実際に処理できることは別だった。
智子も美里も、スーパーで買うタコなら扱える。
けれど、壺から出てきたばかりのタコを前にすると、話は変わる。
つむぎは胸を張ったまま答えた。
「うち、パパと兄の趣味が釣りで……。それによくついていってたんです。それでまぁよくタコの下処理もしてたり……。魚も三枚おろしなら得意です」
美里はつむぎを見た。
タコの下処理。
魚の三枚おろし。
その言葉が、目の前のつむぎとすぐには結びつかなかった。
「つむぎちゃん……ギャルじゃなかったんだ」
「人は見かけによらないねぇ……」
智子も同じようにつむぎを見る。
つむぎはまったく気にした様子もなく、さらに胸を張った。
「できないのは素材を料理に生かすことです!」
つむぎは堂々と胸を張って答える。
美里は少しだけ納得したように頷いた。
「なるほど……」
下処理はできる。
魚もおろせる。
けれど、それを料理に仕上げるのは別の人。
つむぎの中では役割が分かれているらしい。
つむぎはルイのところへ歩み寄る。
ルイの手には、まだタコがある。
つむぎはそのタコを見て、普通に手を伸ばした。
「と、いうわけなので、そのタコもらいますね」
ルイはニコニコと笑いながら、つむぎにタコを手渡す。
つむぎはためらうことなく受け取った。
ぬめりのあるタコを持っても、顔色ひとつ変えない。
あすかと大和はその様子を見ていた。
ゆかとすずも少し離れた場所から見ている。
智子は小さく息を吐き、キッチンの方へ向かった。
つむぎはタコを持ったまま、智子へ声をかける。
「智子さん。お湯の準備だけお願いします」
「はいはい」
智子は大きめの鍋を取り出し、水をたっぷりと入れて火にかける。
鍋に水が満ちる音がキッチンに響く。
火をつけると、鍋の底から少しずつ熱が回っていく。
つむぎはキッチンに向かい、慣れた手つきでタコの下処理を始める。
タコを作業台に置き、手を動かす。
内臓を取り出し、くちばしと目を取る。
その手つきは迷いがなかった。
智子は鍋の様子を見ながら、横目でつむぎを見る。
美里も少し離れたところから、つむぎの手元を見ている。
大地はのんびりとした顔のまま、感心したように見ていた。
つむぎは手を動かしながら、懐かしそうに笑った。
「なっつかしいなぁ~~。最初は気持ち悪くってキャーキャー言いながらやってたなぁ~」
「つむぎちゃんでも悲鳴上げるんだ」
あすかが思わず言う。
つむぎはタコを扱いながら笑った。
「上げますよ~」
つむぎは笑いながら答える。
昔から平気だったわけではないらしい。
それでも何度もやっているうちに、平気になった。
今のつむぎの手つきは、そういう慣れ方をしているように見えた。
つむぎは次の作業に入る。
「あとは塩もみをして~……」
タコに塩をまぶし、しっかりともみ込む。
ぬめりを取るために、手に力を入れて動かす。
その様子を、ルイは面白そうに眺めている。
悪魔の化身と呼ばれていたものが、目の前で食材として扱われている。
ルイにとっても、見慣れた光景ではないらしい。
智子はつむぎの横で、慣れた手つきで行われる作業に感心している。
美里も、料理の得意な人間としてその作業を見ていた。
下処理が終わらなければ料理はできない。
つむぎがそこを担えるのは、かなり大きかった。
つむぎはタコを確認し、手を止める。
「よし。あとは茹でて……。お湯OKですか?」
「沸騰してるよ」
智子が鍋を見る。
水はしっかり沸いていた。
つむぎはタコを持ち上げ、鍋の中にゆっくりと沈める。
足の先から湯に入れていく。
熱が入るにつれて、タコの色が変わっていく。
キッチンにいた全員が、その様子を見ていた。
つむぎは鍋の様子を確認してから、周囲を見回す。
「えっと、ボウルボウルっと」
つむぎはボウルを取り出し、次の準備を始める。
途中、タコをひっくり返す。
湯の中で丸まっていく足を見て、智子が声を漏らした。
「おぉ~……ゆでだこだ」
「氷氷っと……」
つむぎはボウルにたっぷりの氷を入れて、蛇口をひねる。
水がボウルへ流れ込み、氷がからからと音を立てた。
つむぎはゆであがったタコを取り出し、氷水の中に沈める。
赤くなったタコが、冷たい水の中で冷やされていく。
つむぎは全体を確認してから、軽く手を払った。
「はい。下処理完了しました。ここからはお願いします」
美里はボウルの中のタコを見る。
たしかに、もう知っているゆでだこに近い状態だった。
ここまでくれば、料理として扱いやすい。
それでも、美里は少し気になって聞いた。
「一口大に切るとかそういうのは?」
つむぎは目をそらした。
「……そういうのはママと兄貴がやってくれてたから……」
智子はつむぎを見る。
「つむぎちゃんは?」
「あたしとパパは、ママと兄貴ができない下処理と三枚おろし担当。あとは食べ専です」
大地は少し首を傾げた。
「お兄さん釣りが趣味なのに捌けないの?」
「釣り針につける虫は、パパかあたしがつけてました」
「へぇ……」
大地はゆっくり頷く。
釣りが趣味でも、できることとできないことがあるらしい。
つむぎはそのまま続けた。
「一度、付けれないんなら釣り止めろ!ってブチぎれたことがあって」
「うんうん」
「じゃあ料理せんぞ!って返されて……」
「………うん」
「仕方ないなってなって。まぁ……」
「………そうなんだ」
大地は相槌を打った。
何がどう仕方ないのかは、すぐにはわからなかった。
ただ、つむぎの家ではそれで役割が決まっていたらしい。
智子はボウルの中のタコを見る。
もう下処理は終わっている。
ここから先は料理の担当だった。
智子は小さく息を吐く。
「……なにが仕方ないのかわからないけど……作ってみますか」
「唐揚げお願いします!」
「はいはい」
智子はタコを取り出し、料理を始める。
まずは水気を取る。
食べやすい大きさに切る。
調味料をどうするか考えながら、手を動かす。
美里も隣で手伝う準備をする。
つむぎは期待した目でそれを見ている。
大地は少し離れて、邪魔にならない位置に移動した。
あすかと大和、ゆかとすずも、キッチンの様子を見ていた。
ルイはリビング側から、身を乗り出すようにして見ている。
「いやぁ楽しみだ」
ルイは何ができるのか期待しながら待っている。
悪魔の化身と呼ばれていたものが、料理になる。
それがどんな味になるのか。
その場にいる全員が、智子の手元へ視線を向けていた。




