03.悪魔の化身の正体
「ただいま~~~」
「たくさん買ってきたよ~」
「戻りました~」
「今日はピーマンの肉詰めです」
智子、美里、大地、つむぎの4人は自宅に戻ってくる。
それぞれの手には、市場で買ってきた荷物がある。
肉。
野菜。
見たことのあるものに似た食材。
見たことのない食材。
袋の中身はかなり増えていた。
玄関で靴を脱いで、4人はリビングへと向かう。
つむぎは野菜の入った袋を持ちながら、今日の夕食をすでに決めている顔をしていた。
美里は荷物を持ち直しながら、リビングの扉の方を見る。
大地はのんびりとした顔で、両手の荷物を支えていた。
智子はリビングへ向かって声をかける。
「あ、おかえりなさい」
ゆかがリビングの扉を開ける。
その向こうから、あすかの声も聞こえた。
「おかえりなさ~い。いっぱい買ってきましたね」
「まぁ、ね……」
智子たちはテーブルの上に買ってきた荷物を置く。
袋がひとつ置かれるたびに、テーブルの上が市場帰りの状態になっていく。
野菜の袋。
肉の包み。
名前を聞いたけれど、まだ完全には覚えきれていない食材。
つむぎが気になって買ったもの。
智子と美里が必要そうだと判断して買ったもの。
大地がずっと持っていたもの。
リビングのテーブルは、すぐに袋でいっぱいになった。
「おやぁ、いっぱい買って来たんですね~。うちの商会を通せば荷物の運搬もやっているのに」
「市場というワクワクする場所で買うからいいんですよ」
つむぎはすぐに答えた。
荷物を置きながら、当たり前のように言う。
市場には見たことのないものがたくさんあった。
店の人に聞けば食べ方もわかる。
試食できるものもあった。
その場で見て、選んで、買う。
それが楽しかった。
つむぎにとって、運搬の手間よりも市場そのものの方が大事だった。
「なるほど……」
「まぁ、子どもの子守をしながらの買い物も楽じゃないけどね~」
智子は荷物を置きながら言う。
つむぎはすぐに顔を上げた。
「子どもって誰の事ですか?」
「目を離すとす~ぐどっか行った小娘はどいつだい?」
「美里さん」
「つむぎちゃんだよ!」
美里がすぐに突っ込んだ。
つむぎは何食わぬ顔をしている。
智子は呆れたように息を吐いた。
市場でのつむぎは、食材を見つけるたびに足を止めた。
肉を見つければ聞く。
野菜を見つければ買う。
試食があれば食べる。
冷やしイチゴのようなものまで見つける。
買い物としては助かった。
だが、目を離すとすぐに別の店へ行くのも事実だった。
「おやおや」
「……ん?」
大地が先に異変に気付く。
荷物を置いて、会話をして、いつものようにやり取りをしていた。
その中に、普段聞かない声が混ざっていた。
大地はゆっくり顔を向ける。
続いて智子も荷物を取り出す手を止めて首をかしげる。
美里も何か違和感に気付き手を止める。
つむぎは違和感の方へ顔を向ける。
リビングには、知らない男がいた。
湯呑みを前にして座っている。
そのそばには壺があった。
つむぎはその男を見て、まっすぐ聞いた。
「……おじさん誰?」
「あっと……この人は白穀を取り扱っている商会の会長でルイさんっていうの」
あすかが少し慌てて説明する。
ルイがぺこりとお辞儀をする。
4人もつられてお辞儀を返す。
智子も一度は頭を下げた。
美里も大地もつむぎも、それにつられて頭を下げる。
だが、挨拶を返したからといって、状況が理解できたわけではなかった。
白穀を取り扱っている商会の会長。
それはわかった。
だが、その人物がなぜ自宅のリビングにいるのかは別の話だった。
智子は顔を上げた。
「って、違う!なんでそんな人がここに?」
大和は少しだけ背筋を伸ばした。
あすかの隣で、視線を泳がせながら答える。
「智子さんと美里さんに見てもらいたいものがあるみたいっス」
「わたしと智子さんに?」
美里は自分と智子を交互に見る。
智子はため息をついて、あすかと大和を睨む。
あとで来な。
声には出していないが、目が訴えていた。
あすかと大和は小さく答える。
「うっす」
「うっす」
2人の声は小さかった。
ゆかはその様子を横で見ていた。
すずも少し離れた場所にいた。
ルイはリビングでにこにことしている。
そのそばには、問題の壺がある。
つむぎは壺を見て、それからルイを見る。
来てしまったものは、もう仕方がない。
つむぎは前に出た。
「来てしまったものは仕方ないので、何ですか?見てもらいたいものって」
「あんたって子は……」
智子はがっくりとうなだれる。
順番というものがある。
まずは状況確認。
なぜ来たのか。
誰が連れてきたのか。
どうするつもりなのか。
そういう話をするべきだった。
だが、つむぎは一気に本題へ進めた。
ルイは壺へ手を伸ばす。
「これです」
ルイは壺の蓋をあけ、手を突っ込み中身を取り出す。
壺の中から出てきたのは見たことのある軟体動物だった。
丸い頭。
足。
ぬめりのある体。
見間違えることはなかった。
それはタコだった。
ルイだけはニコニコ笑って、そのタコをつかんでいた。
つむぎはすぐに声をあげる。
「タコだ!」
「タコですね」
「タコだねぇ」
「そうですね」
「やっぱり」
「やっぱり」
あすかと大和が同時に言う。
ゆかも壺から出てきたものを見て頷いた。
「うん。だよね」
すずは少し距離を取りながら、そのタコを見る。
「悪魔の化身……。まぁ、そうですよね」
リビングの中で、悪魔の化身と呼ばれていたものの正体が判明した。
見たことがない人にとっては、そう見えるのかもしれない。
ぬめぬめしていて、足があって、壺から出てくる。
それを悪魔の化身と呼ぶ感覚も、わからないわけではなかった。
だが、日本から来た面々にとっては食材だった。
タコ。
唐揚げ。
たこ焼き。
酢の物。
いろいろな料理が浮かぶ食材だった。
つむぎはタコを見つめたまま、智子の方を向く。
「智子さん!タコの唐揚げが食べたいです!」
「ピーマンの肉詰めじゃなかったのかい!!」
「それはそれで食べたいです!」
「誰がタコの処理をするんだい!」
智子の声がリビングに響く。
タコは食べられる。
食べればおいしい。
けれど、目の前にあるのは壺から出てきたばかりのタコだった。
スーパーで売っているものはすでに下処理されたもの。
一から全部を処理することなんてほぼない。
ゆかもタコを見ながら小さく呟く。
「………まぁ、ですよね」
智子も美里もタコを見る。
大地もタコを見る。
あすかと大和も見る。
すずは少し離れて見る。
ルイはにこにこしながらタコを持っている。
その中で、つむぎだけがまっすぐ手を上げた。
「あたしできますよ」
つむぎが胸を張って答える。
その言葉に智子たちは驚いた。
智子はつむぎを見る。
美里も目を丸くする。
大地もゆっくりとつむぎへ顔を向ける。
ゆかとすずも、あすかと大和も同じようにつむぎを見た。
ルイだけは、タコをつかんだままにこにこ笑っていた。




