02.壺の中身と市場の特権
すずはリビングにルイを通して、お茶を出した。
ルイは壺を持ったまま、リビングの椅子に座っている。
あすかと大和もリビングにいた。
ゆかは少し離れたところで様子を見ている。
突然やってきた商会の会長。
しかも、料理番長に見てほしい食材があるという。
智子と美里がいない今、どう対応するのが正しいのか誰にもわからなかった。
すずはお茶を置く手に少し力を入れた。
「えっと……お茶です」
ルイはすずを見る。
すずは軽く頭を下げた。
お客様に出す用の茶菓子はない。
あるにはある。
けれど、それは自分たちが食べる用だし、そもそもこの世界のお菓子ではないのでいろいろと説明がめんどくさい。
袋を出して、名前を聞かれて、材料を聞かれて、どこで買えるのか聞かれたら終わる。
この世界で買えるものではない。
説明できることも少ない。
すずは台所の方へ少し視線を向けた。
(◯ットカットおいしいんだけどなぁ)
出したら喜ばれるかもしれない。
だが、それ以上に説明が大変になる。
すずは何も出さず、お茶だけにした。
ルイはお礼を言って、お茶を一口飲む。
ゆっくりと湯呑みを口元へ運び、香りを確かめるようにして飲んだ。
ルイは目を細める。
「ああ……とてもおいしいですね」
「お口に合ってよかったです」
すずは笑いながら答える。
緊張していたが、褒められると少しだけ肩の力が抜けた。
ルイは湯呑みを置き、満足そうに頷いている。
その横には壺が置かれていた。
あすかと大和は、その壺から微妙に目をそらしている。
ゆかはその壺を見ていた。
壺。
ふたがされている。
中身は見えない。
けれど、食材が入っていると言われている。
しかも、ルイは商会でそれを悪魔の化身と言ったらしい。
ゆかは壺を見る。
見れば見るほど気になる。
だが、聞きたくないような気もする。
それでも、聞かなければ話が進まない。
「あの……その、壺は……何が……」
「悪魔の化身さ」
ルイはにこりと笑いながら答える。
ゆかは言葉を失った。
すずも固まる。
大和は視線をそらしたまま、何も言わない。
あすかはルイの顔を見る。
悪魔の化身。
そう言い切るのに、ルイの顔はあまりにも穏やかだった。
商会の会長がにこやかに悪魔の化身と言う。
情報量が多い。
ゆかはもう一度、壺を見る。
中で何かが動くような音はしない。
それでも、壺という密閉された容器に入っている時点で、あまり見たくない。
あすかはゆかを手招きした。
ゆかは少し警戒しながら近づく。
あすかはゆかの耳元に顔を寄せて、声をひそめる。
「ゆかちゃん。あれはきっとタコ」
「タコ……」
ゆかは小さく繰り返した。
タコ。
悪魔の化身。
壺。
ぬめぬめ。
商会の会長が売り物にしたい食材。
言われてみれば、たしかに条件は合っている。
合っているが、壺の中にタコがいると考えると、それはそれで落ち着かない。
ゆかは壺を見た。
すずも壺を見た。
大和もつられて壺を見た。
ルイだけが、のんびりとお茶を飲んでいた。
一方、智子たちは市場からの帰り道を歩いていた。
買い物は思っていた以上の量になっていた。
最初は空っぽの冷蔵庫を満たすだけのつもりだった。
けれど、目の前に食材が並ぶと、あれもこれも必要に見える。
見たことのあるものに似た野菜。
肉。
調味料のようなもの。
今後の食事を考えると、買わずにはいられなかった。
智子は大地の持っている荷物を見て声をあげる。
「いやぁ……買ったねぇ……」
大地は両手に荷物を持っていた。
袋はどれも膨らんでいる。
最初は軽かったはずのエコバッグも、今はずっしりと重そうだった。
それでも、大地はいつものように笑っている。
「重たいですよ~」
大地は笑いながら答える。
つむぎは大地の荷物を見た。
自分も食べたいものを色々選んだ。
その結果、荷物は増えた。
つむぎは手を伸ばす。
「どれか持ちますか?」
「ん~………ちょっとこの野菜が入った袋お願いできるかな?落ちそうで」
「は~い」
つむぎは野菜の入った袋を手に取る。
受け取った瞬間、少しだけ腕が下がった。
「ほ~~……重い」
見た目より中身が詰まっていた。
野菜の袋とはいえ、量があると重い。
智子と美里も荷物を受け取り持つ。
大地が持っていた荷物を分けると、それぞれの手に重さが移る。
美里は袋を持ち上げた瞬間、目を丸くした。
「こんな重たいのをずっと持たせてた……ごめんなさい」
智子も受け取った荷物の重さに驚いた。
大地はずっとこれを持って歩いていた。
しかも、文句らしい文句も言わなかった。
智子も申し訳なさそうに大地を見る。
「ごめんね、大地先生。こんなに重かったんだね」
「これくらいどうってことないですよ~」
大地は笑いながら答える。
本当に気にしていないように見える。
のんびりした口調のまま、荷物を持ち直した。
つむぎは野菜の袋を持ったまま、少し先を見た。
市場の道はまだ人通りがある。
店も並んでいる。
その中に、つむぎの目を引くものがあった。
冷やされた果物のようなもの。
赤くて、つやがある。
串にささっている。
つむぎはすぐに智子へ声をかけた。
「ともこさ~ん」
「なに?」
「あそこに冷やし……イチゴ??みたいなの売ってるから買ってください」
智子はつむぎを見る。
つむぎはまっすぐ店を見ている。
買い物の荷物を持った直後なのに、もう次の食べ物を見つけている。
智子は息を吐いた。
「つむぎちゃん……」
美里も同じ方向を見てから、つむぎへ視線を戻す。
「つむぎちゃん……まだ食べるの?」
「動いたから」
つむぎは当然のように答えた。
市場を歩いた。
荷物も持っている。
だから食べる。
つむぎの中ではきっと筋が通っている。
智子は呆れつつも笑った。
そして店の方へ向かう。
赤く冷えた果物は、見た目だけならイチゴにかなり近かった。
串に刺さっているので、歩きながら食べられる。
智子は人数分を買うことにした。
「ま、買いものした組の特権ってことで」
智子は冷やしイチゴを4つ買い、手渡した。
つむぎは串にささったイチゴを受け取り、すぐにかぶりつく。
冷えた果汁が口の中に広がる。
つむぎは目を閉じ、顔を上げた。
「ん~~~~!!!あっま~~~い」
智子も一つ食べる。
冷たくて、甘い。
酸味もあるが、知っているイチゴに近かった。
見た目だけではなく、味も近い。
智子は串を見ながら頷く。
「おいしいね……。これはイチゴだわ」
美里も一粒食べて、目を丸くした。
「しかもこんな大粒を一串5個とか贅沢すぎる」
大地もゆっくりと食べる。
荷物を持ったままなので、少し食べにくい。
それでも、冷えた甘さがちょうどよかった。
「これは……特権だね~」
各々感想を述べる。
つむぎは嬉しそうにイチゴを頬張っている。
智子はその様子を見ながら、少しだけ口元を緩めた。
今日の買い物はつむぎに振り回された部分も多かった。
けれど、つむぎがいなければ、知らない食材にここまで踏み込めなかったかもしれない。
智子と美里だけなら、きっと迷って、無難なものだけを少し買って終わっていた。
つむぎの迷いのなさは、異世界の市場では役に立った。
「……ま、つむぎちゃん。今日は買い物来てくれてありがとうね」
つむぎはイチゴを口に入れたまま、智子を見る。
「……何ですか?いきなり」
「いや、あたしたちだけじゃきっと尻すぼみしちゃって買い物できなかったよ」
美里も少し考えてから頷いた。
「……そこは、まぁそうかも」
つむぎはイチゴを頬張りながら聞いている。
褒められているのはわかる。
けれど、そんな大層なことをしたつもりはなかった。
ただ、おいしそうなものがあれば食べたい。
気になるものがあれば聞きたい。
それだけだった。
「……あたしは、ただおいしそうなのがついでに買い食いできたらなぁって……思ってついてきただけです」
「ははは……買い食いとか……素直だねぇ」
大地は笑った。
智子と美里も笑いだし、つむぎの頭を撫でる。
つむぎは少しだけ目を細めながらも、イチゴを食べ続けた。
智子は軽く笑いながら言う。
「食べ過ぎはほどほどにね」
「は~い」
つむぎは笑いながら返事をした。
荷物は重い。
けれど、買い物袋の中には、これからの食事につながるものがたくさん入っている。
冷たいイチゴを食べながら、4人はほほえみデンタルへの帰り道を歩いていた。




