07.訪問診療への第一歩
サムからの演劇の提案を受けて、真人たち5人は考え込んでいた。
学校の子どもたちに口腔ケアを伝える。
その方法として演劇を使う。
言葉だけで説明するより、見てわかる形にする。
案としては悪くなかった。
ただ、それを今すぐ受け入れて実行できるかと言われると、話は別だった。
「流石にいますぐ、いいですね!!とは言えないなぁ……」
真人は頬をかきながら言った。
直樹も少し考えてから口を開く。
「いったん持ち帰らせていただいて……検討。ということでいいですか?」
「まぁ、そうだよなぁ……。もし、することになったら協力するからな」
サムはあっさり頷いた。
志帆は軽く頭を下げる。
「ありがとうございます」
「その時はよろしくお願いします」
真人も続ける。
サムは腕を組み、少し表情を変えた。
演劇の話はひとまず置く。
その顔だった。
「さて、劇は置いといて……だ。訪問診療ってなんだ?」
サムが前のめりに聞いた。
ギルやマイクたちも同じように真人たちを見ている。
演劇よりも、今はそちらの方が気になっているようだった。
真人は少し姿勢を正す。
「えっと……通院が困難な人の自宅とかに行って、治療を行うんです」
直樹が続けた。
「……訪問歯科診療の対象となるのは、『通院困難な方』と決められています。体が不自由な人ほど口腔ケアができなかったり、治療が必要な状態になる人が多かったりするんです」
「通院困難……か」
サムたちは神妙な顔をする。
この世界にも、治療を必要としているのに医療施設まで来られない人たちはいる。
真人たちは訪問診療について説明を続けた。
通院が難しい人のもとへ行くこと。
その場で口の中を確認すること。
必要な処置を行うこと。
そして、歯がない人や入れ歯が必要な人も多いだろうということ。
技工所の問題は残っている。
入れ歯を作るには設備も人手も必要になる。
そこはおいおい考えるしかなかった。
そもそも、この世界で訪問診療ができるかどうかも怪しい。
できたとしても、どれくらいの状態の人たちがいるかもわからない。
現状を知る一歩として、そういう人たちがいるのかどうかも知りたかった。
陽菜が少し手を挙げる。
「えっと、医療ギルドではそういう人たちをお世話する施設があるって、街の人たちから聞きました」
サムは少し言いにくそうに口を開く。
「……まぁ、あるにはあるが……」
ギルも表情を曇らせる。
「……見てもらいましょうか……。あまり状態はよくないですが」
直樹は静かに確認する。
「……確認なのですが、その方たちの歯はありますか?」
マイクが苦い顔をした。
「ない人がほとんどだな。何とかすりつぶせる食事を与えているが……。うまく飲み込めない人も多くてな……。何とかしてやりたいと思うが……もどかしいよ」
志帆は少し考え込む。
「口腔機能訓練である程度回復できたらいいな」
サムは身を乗り出した。
「できるのか!?」
真人はすぐに言葉を選ぶ。
「えっと……ある程度咀嚼機能が回復できたら、誤嚥することも少なくなるかと」
「咀嚼?」
サムが首を傾げる。
「誤嚥?」
ギルも聞き返す。
しおりは紙とペンを持ち、簡単に口腔内をイラスト化する。
口の中。
喉。
食べ物の通り道。
手早く描かれていく線を見て、志帆が小さく呟く。
「さすが……」
真人はイラストを見ながら説明を始めた。
「咀嚼は口に入れた食べ物を噛み砕いて、唾え……、飲み込みやすいかたまりにすることですよ」
真人は唾液と言いかけた。
だが、その言葉を知らなかったらまた説明が大変だと直感的に感じて、簡単に説明した。
サムたちはその言葉を頷いて聞いている。
志帆はしおりの描いたイラストを指しながら続ける。
「誤嚥って言うのは、食べ物や唾液を飲み込むときに、食道ではなく気道に入り込んでしまうことを言います」
しおりはペン先で食べ物のイラストを描いて、食べ物の行く先を線で描いた。
陽菜はサムたちに問いかける。
「サムさんたちもなんか食べたり飲んだりしたときに、突然ゴホゴホってせき込むことありません?」
「あるある」
サムはすぐに頷いた。
陽菜は続ける。
「健康な人でも、睡眠時や食事中に誤嚥が偶然起こることもあります。でも、気道内に入ってしまった物を排除しようと、せき込んだりして防御反応が起こって吐き出そうとするんです」
ギルは表情を引き締める。
「それができなくなっていると?」
直樹が頷く。
「高齢者や嚥下障害がある人はその機能が弱まっていますね」
しおりも紙を見ながら補足する。
「さらに、口腔内の状態が悪い人は、菌も一緒に飲み込んでしまって……。別の病気のリスクがあがります」
直樹は少し考えながら続けた。
「嚥下機能が弱まっている人は、液体にある程度とろみをつけた方が飲み込みやすい場合があります」
その言葉にサムの顔つきが変わる。
すぐにギルとマイクへ視線を向けた。
「ギル、マイク。いますぐ施設に連絡して食事内容の改善をさせるんだ」
「はい!」
ギルが返事をする。
直樹は慌てて手を上げた。
「あ、でもその人のレベルによると思いますから……」
すぐに変えればいいというものではない。
飲み込みの力。
咀嚼の状態。
姿勢。
口の中の状態。
人によって必要な食事の形は変わる。
直樹は紙に視線を落とし、小さく呟いた。
「嚥下食のレベルは……」
その呟きに、真人たちも少しだけ表情を引き締める。
訪問診療という言葉から始まった話は、思っていた以上に大きな課題へと広がっていた。




