01.主食を求めて
白米底つき事件の翌日。
あすかと大和は、主食不在の朝ごはんを食べたあと、冒険者ギルドに向かっていた。
朝ごはんといっても、いつものように白米があるわけではない。
テーブルの上に並んでいたのは、昨日の残りや簡単なおかずだけだった。
智子はいつも通り落ち着いた顔で準備していたが、炊飯器の中に白米はなかった。
あの白米がない。
それだけで、朝はどこか物足りなかった。
あすかと大和は、その現実をしっかり確認してから、冒険者ギルドへ向かうことになった。
智子からは、袋に入った一握りの米を預かっている。
米といっても、この世界でそのまま通じる可能性は高くない。
名前を伝えても、同じものを探してもらえるとは限らない。
だから実物を見せる。
同じものとは言わない。
せめて似たものがないか。
それを確認するための情報収集だった。
そして情報収集の場所として選ばれたのが冒険者ギルドだった。
冒険者ギルドなら、街の外の情報も集まりやすい。
食材に詳しい者や、各地の植物に詳しい者がいる可能性もある。
ついでに小遣いも稼がせてもらう。
なんせ昨晩、院長先生から直々に『休んで冒険者ギルドで情報収集』という診療よりも大事な厳命を承ったからだ。
大和は歩きながら、頭の後ろで手を組んだ。
「……でも、米に似たようなものってあるんっスかね?」
あすかは腕を組みながら歩いていた。
智子から預かった袋は、あすかがしっかり持っている。
中に入っているのは一握りの米。
ほほえみデンタルに残された、白米の手がかりだった。
「さぁ?……でも、テンプレの異世界物と同じと考えるなら……ないと思うけどね……」
「そうっスよね~」
大和は頭の後ろで手を組み返事をする。
あすかも腕を組みながら歩いている。
仕事を休むことに後ろめたい気持ちも多少ある。
今日はギルさんが来る。
診療所に残っている衛生士は大ベテランの智子さんがいる。
中堅のあすか、お調子者の大和が抜けたとしても問題ない。
残ったスタッフも優秀で何より信頼できる仲間だ。
それでも、診療日であることに変わりはない。
チェアが動き、受付が動き、患者が来る。
そこにいないというだけで、妙な落ち着かなさがあった。
大和はそんな空気を振り払うように、少し明るい声を出す。
「そういえば、ドワーフとかってものづくりの達人じゃないっスか。ドワーフに技工物を頼むってのは……」
あすかの足が少しだけ止まる。
そのまま大和を見る。
「……武器を作るメインの人に、人体の口の中に入れる物を作れと?」
「………何でもないっス」
大和はすぐに視線をそらした。
あすかはそのまま腕を組み直す。
「仮にできたとしても材料は?パラ?銀合金?コバルト?……いやまぁ、日本の保険ルールで可能なものがあるか不明だけど……。自費の技工物だとしてもその材料は何ですか?ってなるじゃない」
大和は口を少し尖らせる。
『名案だと思ったんだけどな~』
あすかはため息をついて笑う。
技工物問題は、簡単にどうにかなるものではない。
この世界に歯科技工所はない。
材料も不明。
保険ルールで扱える材料なのか、自費として扱うのか。
そもそも口の中に入れて安全なのか。
どれも、思いつきで進めていい話ではなかった。
大和もそれ以上は食い下がらない。
勢いで口にしただけで、本気で任せられると思っていたわけではなかった。
あすかは前を向く。
「ま、なんにせよ技工物問題は院長と副院長にお任せよ!わたしたちは現状、できることだけに集中するのよ」
「は~い」
大和は素直に返事をする。
今できること。
それは米に似たものを探すことだった。
袋に入った一握りの米。
それを手がかりにして、冒険者ギルドで情報を集める。
この世界に米があるのか。
米に似た穀物があるのか。
主食になりそうなものがあるのか。
わからないことばかりだった。
けれど、何もしなければ白米は戻ってこない。
ほほえみデンタルの食卓から、白米が消えたままになる。
あすかは袋を握り直す。
大和も少しだけ背筋を伸ばした。
道の先に、冒険者ギルドの建物が見えてくる。
人の出入りは朝から多い。
武器を持った者。
荷物を背負った者。
依頼書らしき紙を手にしている者。
受付へ向かう者。
外へ出ていく者。
その中に、あすかと大和は歯科衛生士としてではなく、主食を探すための情報収集役として向かっていた。
大和はギルドの扉を見上げる。
「なんか、こういうの冒険者っぽいっスね」
あすかは横目で見る。
「目的は米探しだけどね」
「それはそれで大冒険っスよ」
大和は軽く笑う。
あすかも小さく息を吐く。
冒険者ギルドの扉の前に、2人は立つ。
診療室ではなく、ギルド。
スケーラーでもミラーでもなく、袋に入った米。
今日の仕事は、歯石除去ではない。
白米に代わる主食を探すための情報収集だった。
あすかは扉に手をかける。
大和も隣に立つ。
2人は冒険者ギルドの扉をあけた。




