09.穏やかさのその先
クレイがひとしきりロックの首元や背中を撫で回し、その手を止めたところで、ようやくその場の空気が少し落ち着く。
マリアがふと思い出したように口を開く。
「……あ、お会計……」
その言葉を聞いた大地も、同じように動きを止めてから思い出したように口を開く。
「あ、カルテ入力しないと……」
そのまま大地は踵を返し、慌てた足取りで院内へ戻っていく。
それを追うように、すずも受付の方へ戻っていく。
すぐに対応できるよう、手元の準備を整えに入る。
外にはつむぎとゆかが残り、目の前にいるアースドラゴンを見上げる。
つむぎがぽつりと呟く。
「………ドラゴン……」
その視線はロックの体の起伏をなぞるように動いている。
ゆかも同じようにロックを見ながら言う。
「………なんか、本当に異世界って感じ」
つむぎは視線を少しだけ下げ、背中の凹凸を見ている。
「背中……結構出っ張りあるんだ」
その言葉にクレイがすぐに反応する。
「うん。でっぱりを使って上るんだ」
ゆかが小さく呟く。
「ロッククライミング……」
つむぎも短く返す。
「………たしかに」
マリアがそのやり取りを見ながら、穏やかな笑みを浮かべる。
「うふふふ……ロックは学園のアイドルなんですよ~。ドラゴンなのにとても穏やかで……」
その表情のまま、クレイへと視線を移す。
「………クレイ~……」
呼ばれたクレイが振り返る。
「何お母さん」
マリアはそのまま歩み寄り、クレイの頭に手を置く。
何度も優しく撫でる。
「本当に心配したんですからね?」
ゆかがその様子を見て小さく言う。
「どの世界でもわが子を心配する親っていいね」
つむぎも視線を外さずに答える。
「………そうですね」
二人はそのまま、目の前の光景を見ている。
ロックの横で撫でられているクレイと、それを見守るマリア。
穏やかな空気がその場に流れる。
そのままの流れで、マリアがもう一度口を開く。
「………本当に……何度も何度も何度もやめなさいって……お母さん言ったわよね?」
ゆかとつむぎが同時に反応する。
「ん?」
クレイの体がわずかに強張る。
「ご、ごめんなさい!!」
その声を聞いた瞬間、空気が変わる。
マリアの手はそのままクレイの頭に置かれたまま、声だけがはっきりと変わる。
「なんであなたは無茶ばっかりするの!!」
先ほどまでの穏やかさはそのまま消え、言葉の勢いだけがその場に広がる。
ロックはその様子を見て、体を揺らすように後退る。
次の瞬間、翼を広げてそのまま空へと逃げていく。
つむぎがその動きを目で追う。
「あ、逃げた」
ゆかがぽつりと返す。
「………怒れる母は強し……」
その場には、マリアに叱られながら声を上げるクレイの姿だけが残る。
クリニックの前に、その声が響いていた。




