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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第6章『ほほえみデンタル、日常と非日常』

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03.それは考えないことにした

受付の前にスタッフが集まったまま、時間だけが少しずつ進んでいた。

診療室の動きは止まり、機械音も途切れている。

残っているのは人の声と、立ったままの気配だけだった。


志帆が口を開く。


「午前の診療時間はまだあるけど……」


智子がカウンターに手をつきながら続ける。


「午前の予約はアンナさんとサムさんの2人だけですからね……」


志帆は視線を少し落とす。


「ずっとこのままだと経営が成り立たんな……。でも、まぁ頑張るしかないな」


大地がゆっくりと口を開く。


「……まぁそれはそうですけど……」


志帆が顔を向ける。


「大地先生どうしたん?」


大地は一度だけ間を置く。


「…………今年、診療報酬改定の年ですよね?どうするんですか?」


その言葉に、志帆の動きが止まる。

表情は変わらないまま、笑顔のまま固まる。


大地が言葉を続ける。


「僕たち告示と通知とかが出る前にこっち来ちゃいましたし……。かろうじて個別改定項目には軽く目は通しましたけど……」


あすかが思い出すように言う。


「口腔機能管理が1と2になるってところとか、SPTとP重防がなくなって……えっと……なんとか支援になるんですよね?」


智子も続ける。


「NSTもなんか変わるみたいで……」


異世界に転移する前に軽く確認した内容が、順番に口に出されていく。

断片的な情報が並び、どれも途中で止まる。


大地が言う。


「告示と通知が出たら勉強会しましょうね。って言ってましたけど……」


陽菜が頷く。


「うんうん。結局何も情報がないまま来ちゃいましたね」


その場の視線が揃う。

言葉は出ないまま、全員が志帆の方を見る。


志帆は動かない。

笑顔のまま、立ったまま、そのまま止まっている。


数秒の間が落ちる。


志帆がゆっくりと息を吸う。


「…………その懸念は確かに重要やけど……な」


全員が揃って返す。


「はい」


志帆が続ける。


「仮に今年の改正内容が分かったとして………。カルテはどないするん?」


大地が小さく声を漏らす。


「………あぁ」


志帆は視線を少し外す。


「……まぁ、そもそもなぜ使えるのかは不明やけど……」


つむぎがすぐに言う。


「それはもう考えない約束です」


志帆が頷く。


「せやったね」


しおりも続ける。


「精算機だって……なんかこっちの通貨が使えることも考えないでおきましょう。ってなりましたもんね」


智子が言葉を重ねる。


「……そう。なぜか、ちゃんとこちらの通貨に変換して精算機から出てくる」


大地が肩の力を抜くように言う。


「全部考えたらキリがないので………無視することにしましたもんね」


志帆がまとめるように言う。


「と、いうわけで」


全員が揃って返す。


「いうわけで?」


志帆が言い切る。


「令和8年度診療報酬改正は気にしないことにしました」


全員が頷く。


「なるほど……」


その場の空気が、そこで一度区切られる。

考えないと決めたことで、止まっていたものが動き出す。


同じ頃、レントゲン室では機材の前に人が立っている。


美里が声を上げる。


「直樹さん!!わたしこの角度からの映りがいいんで、画角はここがいいです」


何テイク目かの撮影が続いている。

位置を合わせ、立ち直し、また合わせる。

同じ動きが繰り返されている。


真人が少し困ったように言う。


「美里さん、もうそろそろ……」


美里は首を横に振る。


「いえ、撮影するからには画角にこだわります!」


直樹が静かに言う。


「………スマホなのですが?」


美里は即座に返す。


「こだわります!」

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