03.それは考えないことにした
受付の前にスタッフが集まったまま、時間だけが少しずつ進んでいた。
診療室の動きは止まり、機械音も途切れている。
残っているのは人の声と、立ったままの気配だけだった。
志帆が口を開く。
「午前の診療時間はまだあるけど……」
智子がカウンターに手をつきながら続ける。
「午前の予約はアンナさんとサムさんの2人だけですからね……」
志帆は視線を少し落とす。
「ずっとこのままだと経営が成り立たんな……。でも、まぁ頑張るしかないな」
大地がゆっくりと口を開く。
「……まぁそれはそうですけど……」
志帆が顔を向ける。
「大地先生どうしたん?」
大地は一度だけ間を置く。
「…………今年、診療報酬改定の年ですよね?どうするんですか?」
その言葉に、志帆の動きが止まる。
表情は変わらないまま、笑顔のまま固まる。
大地が言葉を続ける。
「僕たち告示と通知とかが出る前にこっち来ちゃいましたし……。かろうじて個別改定項目には軽く目は通しましたけど……」
あすかが思い出すように言う。
「口腔機能管理が1と2になるってところとか、SPTとP重防がなくなって……えっと……なんとか支援になるんですよね?」
智子も続ける。
「NSTもなんか変わるみたいで……」
異世界に転移する前に軽く確認した内容が、順番に口に出されていく。
断片的な情報が並び、どれも途中で止まる。
大地が言う。
「告示と通知が出たら勉強会しましょうね。って言ってましたけど……」
陽菜が頷く。
「うんうん。結局何も情報がないまま来ちゃいましたね」
その場の視線が揃う。
言葉は出ないまま、全員が志帆の方を見る。
志帆は動かない。
笑顔のまま、立ったまま、そのまま止まっている。
数秒の間が落ちる。
志帆がゆっくりと息を吸う。
「…………その懸念は確かに重要やけど……な」
全員が揃って返す。
「はい」
志帆が続ける。
「仮に今年の改正内容が分かったとして………。カルテはどないするん?」
大地が小さく声を漏らす。
「………あぁ」
志帆は視線を少し外す。
「……まぁ、そもそもなぜ使えるのかは不明やけど……」
つむぎがすぐに言う。
「それはもう考えない約束です」
志帆が頷く。
「せやったね」
しおりも続ける。
「精算機だって……なんかこっちの通貨が使えることも考えないでおきましょう。ってなりましたもんね」
智子が言葉を重ねる。
「……そう。なぜか、ちゃんとこちらの通貨に変換して精算機から出てくる」
大地が肩の力を抜くように言う。
「全部考えたらキリがないので………無視することにしましたもんね」
志帆がまとめるように言う。
「と、いうわけで」
全員が揃って返す。
「いうわけで?」
志帆が言い切る。
「令和8年度診療報酬改正は気にしないことにしました」
全員が頷く。
「なるほど……」
その場の空気が、そこで一度区切られる。
考えないと決めたことで、止まっていたものが動き出す。
同じ頃、レントゲン室では機材の前に人が立っている。
美里が声を上げる。
「直樹さん!!わたしこの角度からの映りがいいんで、画角はここがいいです」
何テイク目かの撮影が続いている。
位置を合わせ、立ち直し、また合わせる。
同じ動きが繰り返されている。
真人が少し困ったように言う。
「美里さん、もうそろそろ……」
美里は首を横に振る。
「いえ、撮影するからには画角にこだわります!」
直樹が静かに言う。
「………スマホなのですが?」
美里は即座に返す。
「こだわります!」




