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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第5章『ほほえみデンタル、落ち着かない初日』

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10.診療は始まったばかり

待合の椅子に腰を下ろしたアンナは、診察券を指先でいじりながら待っていた。

歯ブラシは紙袋の中に入れてある。

さっきまで知らなかった道具が、いまは持ち物になっている。

舌先が、また上の歯をなぞる。

触れるたびに、さっきより滑らかだと思う。


つむぎが受付カウンターの内側から顔を出す。


「アンナさ~ん。お会計の準備できました」


アンナは立ち上がりながら言う。


「へぇ、早いね」


すずは帳票を揃えたまま、目だけを上げる。


「………早いんですか……」


アンナは当然のことのように言う。


「会計まで20分待ちとか普通だからね」


つむぎとすずは同時に反応する。


「へぇ……」


アンナはカウンターの上を覗き込み、金額の方へ意識を移す。


「で、いくらだい?」


すずは表示を確認してから口にする。


「えっと……本日は3920円になります」


「へぇ……安いね」


つむぎの返事が少し遅れる。


「………うん」


すずとつむぎは言葉を返さないまま、短い間が落ちる。


(もう何も言うまい)


つむぎは精算機の方へ手を伸ばす。


「お会計はこの機械でお願いします」


アンナは機械を見て、首を傾げる。


「どう使うんだい?」


つむぎは診察券を示しながら説明する。


「さっきの診察券にこの黒いQR……シールを貼ってあるからかざしてもらって……そしたら金額が出てくるからここに紙幣、ここに硬貨を入れてください」


「へぇ……すごいね」


「お金入れ終わって、問題なければOKボタンを押して」


アンナは言われるままに操作する。

診察券をかざす。

画面が切り替わり、金額が表示される。

紙幣と硬貨を入れるところを確認して、順番に入れていく。

最後に、指示された通りにボタンを押す。


「領収書と明細書………今日やった簡単な内容と、金額の受取証明書が出てくるから持って帰ってくださいね」


紙が機械から出てくる音がして、アンナはそれを受け取る。

文字を目で追い、聞き慣れない言葉に目が止まる。


「ふむふむ………これは専門用語なのかい?」


「うん……ここに書いてあるのは専門用語なの」


アンナは紙を折り畳まず、しばらく見つめてから顔を上げる。


「でも、みんなわかりやすく説明してくれたからありがとうね」


すずは次の確認を挟む。


「次回予約も忘れないでくださいね」


アンナは診察券を握り直す。


「わかってるよ~………商業ギルドのみんなにも自慢しよっと」


アンナは出口へ向かい、扉を開けて帰っていった。


アンナが帰ってからしばらくして、診療室側の音が落ち着く。

チェアが起き、器具が戻される。

あすかがサムへ向き直る。


「サムさん……お疲れ様でした。今日の治療は以上になります。また次回上の歯の歯石をとります」


サムはあすかからもらった歯ブラシを手に持ち、手元を見ながら聞いている。

磨き方の動きを真似するように、指先が柄を握り直す。


大地が声をかける。


「サムさん次回も来てくださいね~」


「わかったぞ」


サムはゆかに案内されて受付へ移動する。

待合を通り、カウンターの前に立つ。


「サムさんお疲れ様です」


「すっきりしましたか?」


サムは口を閉じたり開いたりしながら言う。


「あぁ、下の歯がなくなった」


つむぎとすずは顔を見合わせる。


「デジャブ」


つむぎが即座に返す。


「歯はあるよ?」


すずは精算機の準備ができた表示を見て、サムへ向ける。


「あ、お会計準備できたのでサムさんどうぞ」


サムは機械の方へ視線を向ける。


「早いな」


すずは短く返す。


「……はい」


サムも次回予約をとって精算機で会計をする。

診察券をかざし、表示された金額を確認して、指示通りに入れていく。

最後にボタンを押し、紙を受け取る。


「んじゃ、次回もよろしくたのむよ」


「は~い。お大事に~」


サムが扉を出ていき、待合の空気が落ち着いたところで、診療室側から声が飛ぶ。


「……サムさん帰った?」


「はい」


受付にスタッフがぞろぞろと集まる。

それぞれが立ち位置を変えながら、今日の流れを振り返るように息を吐く。

真人が口を開く。


「………まだ2人しか診てないけど………」


「はい」


真人は椅子にもたれず、その場で言い切る。


「疲れた……」


全員が同じ調子で返す。


「はい………非常に疲れました」


まだ診療は始まったばかりだが、疲労感だけが押し寄せてきた。

次章

第6章 『ほほえみデンタル、日常と非日常』は、

4月18日 (土)17時より投稿を開始します。


どうぞ、お楽しみに。

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