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ほほえみデンタルクリニック、異世界で開業しました  作者: ポン吉
第5章『ほほえみデンタル、落ち着かない初日』

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09.きれいにしていこう

「じゃぁ……この日のここの時間で」


アンナは予約表の該当欄を指で押さえたまま、つむぎの方を見る。

診療室で渡された歯ブラシと、受け取ったばかりの診察券を手の中で持ち替える。

舌先が、無意識に上の歯の表面をなぞる。

さっきまでと違う感覚が残っていて、それが気になって仕方がない。


「は~い」


つむぎは画面を切り替え、アンナの示した日時を入力していく。

受付カウンターの中では、すずが次に渡すものを準備している。

印字された小さなカードが指先に挟まれ、表面の文字を確認してからアンナの方へ向けられる。


「はい。これが診察券になります。次回の予約日時がかいてあります。次回の来院時にこの診察券も持ってきてくださいね」


アンナはカードを受け取り、裏返して見て、もう一度表へ戻す。

紙ではなく、硬さがあって、手の中で形が崩れない。

予約という言葉と日時が、はっきりとそこに残る。


「はいよ~」


「じゃぁ、まだ会計に時間かかるみたいだから座って待っててください」


アンナは待合の椅子へ戻る。

座っても、手元の診察券と歯ブラシをじっと見てしまう。

さっきまで知らなかった道具が、いまは当たり前のように手の中にある。

口の中も、当たり前が変わった。


診療室では、椅子の上の時間とは違う静けさがある。

モニターの光だけが机の上を照らし、カルテ入力の画面が開かれていた。

真人は椅子に腰を下ろし、入力欄へカーソルを合わせる。


「……志帆さん」


志帆は近くに立ったまま、画面へ視線を向ける。


「何?」


真人は迷いのまま言葉を出す。


「今日のアンナさんの処置内容なんだけどさ……日本の保険点数でカルテ入力していいと思う?」


志帆は画面から目を離さず、間を置いて返す。


「…………そもそも基準がわからないから、もうそれで入力するしかないやろ」


「だよね………」


真人は一度だけ息を吐いて、指を動かす。


「……とりあえず、日本の歯科診療報酬で計算しようか」


キーボードの音が続く。

検査、パノラマ、記録、処置。

項目を選び、入力していく。

この場所に合わせた基準はまだない。

けれど、いま確実に残せる形はこれだった。


診療室の別のチェアの前では、サムが立ったまま動かない。

チェアの前についているモニターに映し出されたパノラマ画像をまじまじを見つめていた。

線のような影、白い輪郭、歯の並び。

赤線が引かれた部分に視線が止まり、そこから動かない。


「サムさん……あの……そろそろ説明したいので、チェアに戻ってもらえますか?」


大地は声を落として言う。

さっきまでの落ち着かなさが、今は別の形で固まっている。

サムはようやく視線を外し、頭を下げるように動く。


「………すまんすまん」


サムはチェアへ戻り、背を預ける。

大地はモニターの角度を調整し、見せるべき場所が見えるように合わせる。

説明の順番を頭の中で揃える。


(う~ん……歯の汚れは目立つけど……致命的な虫歯はないし……)


大地は先に、まずは安心させる言葉を置く。


「まぁ、とりあえず……。致命的は虫歯はないです」


サムの肩がわずかに落ちる。


「ほお……」


大地はそこで止めず、区切りをつけるように声を張る。


「た~だし!」


サムの目が動く。

返事が出ないまま、待つ。


「………」


大地は言葉を続ける。

早口にならないように、噛み砕く。


「お口の状態は悪いです。磨き残し多いですし……歯石……えっと歯についてるゴミ多いのでそれをしっかりとって綺麗にしていかないと……。あと、この歯を支える土台が非常に弱っています。このままだと歯を抜かないといけなくなります。………そうならないためにも……」


サムはモニターを見たまま、問い返す。


「ならないためにも?」


大地はその問いを受けて、言い切る。


「定期的にここにきてお口のケアをていきましょうね」


サムは視線を落とす。

言われた言葉が、モニターの画像と結びつくまで時間がかかる。

それでも、飲み込む。


「わかった。………俺の口ってきたなかったんだな」


その一言に、横から短い返事が落ちる。


「はい」


大地は反射で振り向く。


「あすかさん!?」


あすかは表情を変えず、サムの方を見ている。


「いいんだ……本当のことだからな」


ゆかは記録用紙を持ったまま、ペン先が止まる。

言葉としては厳しい。

けれど、サムが受け止めている。

あすかの返しも、迷いがない。


(受け入れちゃうんだ……。というか、あすかさん……ここが異世界だからいいけど……いや、よくないか?…でも日本だったら口コミに★1評価ついちゃうよ…)


あすかはサムへ向き直り、声を落とす。


「サムさん……」


そして、そのまま言い切る。


「あたしがサムさんの歯をキレイにするし、ケアの方法を教えるから……あたしについてきな」


サムは目を見開き、すぐに反応する。


「やだ、かっこいい」


大地は咳払いをひとつして、話を戻す。

次の工程へ繋げる言葉に切り替える。


「………えっと、じゃああすかさん。歯周検査と……下顎のスケーリングを。やる気になっているからブラッシング方法を教えてあげてください」


あすかは軽く返す。


「は~い」


ゆかの口から、思わず声が漏れる。


「あすか姐さんすげぇ……」


診療室の中で、次の準備が動き出す。

説明が終わったところから、すぐに手順へ移る。

受付ではアンナが診察券を握り、次に来る日を待っている。

きれいにしていくための流れが、途切れずに続いていた。

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