07.削る人、耐える人
「アンナさん……見えますか?この白い塊」
智子は小さな鏡をアンナの口元へ向ける。
ライトが歯の表面を照らし、白く固まった部分がはっきりと浮かび上がる。
アンナは目を細め、鏡越しに自分の歯をのぞき込む。
「あぁ……なんかあるね」
「これが歯石っていうものです。今日は、ここの歯からここの歯までついている歯石を取ります。で、終わったらお家でもできる歯磨き方法について説明しますね」
智子は指で範囲を示しながら、どこからどこまで処置するのかを区切っていく。
一気に全部ではなく、今日はここまで、という線を引く。
「はいよ」
「しみるようでしたら手を挙げてくださいね~」
「わかったよ」
智子は器具を持ち替え、アンナの口元へ近づく。
「しおりちゃん、水の吸い取りたのんだよ」
「は~い」
器具の先が歯の表面へ触れる。
細かい振動と音が重なり、歯石の縁をなぞるように動いていく。
アンナは指示通り口を開けたまま、鏡を胸の上で持ち続ける。
水が流れ、しおりが吸い取る。
削る音と吸引の音が一定のリズムで続く。
智子は位置を少しずつずらしながら、白い塊を削っていく。
アンナは手を挙げずに耐えている。
ライトの光が歯の表面を照らし、削れた部分がわずかに変わる。
同じ診療室の別のチェアでは、あすかがカメラを手にしている。
「さ、サムさん。お口の中の写真とりますから、じっとしていてください」
「わかった……」
口腔内写真の撮影は、パノラマの時と違い、すんなりいく。
カメラの位置を合わせても、サムは体を動かさない。
レントゲン室でのやり取りが、今も残っている。
「ちょっとうがいしてください。お口の状態しらべますね」
「わかった」
「ゆかちゃん記録よろしく」
「は~い」
ゆかは記録用紙を手元に引き寄せ、ペンを構える。
あすかはライトを当て、視野を確保する。
「サムさん……動かないでくださいね」
「……はい」
あすかはサムの口腔内診査を始める。
歯の表面、歯と歯の間、歯ぐきの縁。
順に確認し、必要なところで視線を止める。
ゆかは言われた箇所を記録していく。
(……パノラマで困らせすぎたか……ことあるたびに動くなって言われる……)
サムは目だけを動かし、口はそのまま保つ。
先ほどのレントゲン室でのやり取りが頭をよぎる。
「今日の診察なし」という言葉が、まだ残っている。
あすかは別のことを考えながら、視線を動かす。
(………まぁあたりまえだけど、補綴物はないよねぇ……。虫歯か欠損か……あとは歯周病……)
器具を持ち替え、歯の状態を確認する。
補綴物がない分、見るべき箇所は単純だが、汚れや欠損の有無を逃さないように目を配る。
サムは動かない。
さっきまでの落ち着かなさが、今は止まっている。
ゆかは記録を続けながら、別のことが頭をよぎる。
(う~ん……今日って確かこの後も医療ギルドの人が何人か来るんだよね……。え、無理じゃない?)
診療室の中では、削る音と記録の音が同時に響いている。
アンナの歯石は少しずつ削られ、サムの口の中は順に確認される。
削る人と、耐える人。
測る人と、動かないようにする人。
それぞれの手と口が、同じ空間で別の動きを続けている。




