05.測る人、動く人
「アンナさん……写真撮影お疲れ様です。椅子を上げるんで、簡単にうがいしてくださいね」
アンナは口元を押さえたまま、椅子が上がっていく動きに体を預ける。
さっきまで口の中を広げられ、光を当てられ、角度を変えられ、撮られていた。
呼吸の仕方さえ意識する時間が続いていたせいか、椅子が起きるだけでも終わった感じがする。
「いあや……まさかアンナにほっぺたを引っ張るとは……」
しおりは器具を戻しながら、アンナの横に立つ。
「初めてだとびっくりしちゃいますよね~」
アンナはうがいをして、口元を拭く。
視線が、智子の手元にある紙へ向く。
さっきから智子が小さく言葉を挟みながら、何かを書き込み続けていた。
機械の音が止まった今、紙の擦れる音だけが目立つ。
「あ、そういや最初にブツブツ言ってたシー……?……とケッソンっていうのは?」
智子は紙を指で押さえ、アンナの見ているところへ少しだけ向きを変える。
「そうですね……端的に言うと目で見てわかるお口の中の状態をこの紙に記録しているんです」
アンナは紙の上の文字を目で追う。
「ふ~ん……あたしの名前が書いてある」
しおりが頷き、同じ紙を覗き込む。
「患者さん一人一人にこういうのを作って管理していくんです」
「へぇ……」
智子は紙を所定の場所へ戻し、次の工程へ切り替える。
「さ、お口の中を検査していきます……もう一度椅子を倒しますね」
椅子がゆっくり倒れていく。
アンナは背中の支えが変わる感覚に、視線だけで天井を追う。
「下げたり上げたり大変だね」
智子は手を洗い直し、器具を揃える。
しおりは横で準備の動きを合わせ、目線で合図を送る。
「しおりちゃん、ポケットから行くよ~」
「いつでも準備OKです」
智子が器具を取り上げる。
先端は細く、見慣れない形をしている。
アンナは目で追おうとするが、口元の位置に近づくほど視線を合わせにくくなる。
「あとで説明ますけど、この器具を使ってポケットの深さを測ります。チックっとしますからね~。……右上6番……」
器具が口の中へ入っていく。
智子の声は淡々としていて、数値を読むためのリズムがある。
しおりはすぐ横で、言われた通りに受け取る準備を崩さない。
「4ミリ……」
「はい」
アンナは口を開けたまま、意味のわからない単語が頭に残る。
(………ポケット?)
レントゲン室では、機械の前にサムが立っている。
防護エプロンが肩から垂れ、重みで布の形が固定されている。
位置合わせの最中なのに、サムの体は落ち着かず、視線だけがあちこちに動く。
「サムさん……お願いだから動かないで」
「……ぬぅ……すまん」
大地はサムの位置をもう一度整え、機械の設定を確認する。
真人は入口付近に立ち、状況を見ながら口を挟む。
「アンナさんもさっきこんな感じだった。……ここまでひどくはないけど」
直樹は室内の様子を一歩引いた場所から見ている。
さっきの会話の通り、これをどう説明すれば動かないで済むのか、その前提が目の前で揺れている。
「………苦労したんですね」
あすかはサムの横に立ち、声を落とす。
「……サムさん……次動いたら今日の診察なしですよ」
大地は機械の前で、淡々と追い打ちをかける。
「そしたらお口の中が一生見れませんね」
サムの顔が跳ね上がる。
「!!!!それはいかん大人しくする!」
体が固まる。
さっきまで動いていた足先も止まり、肩も落ち着く。
大地はその変化を見て、操作へ戻る。
「……次こそ撮影できそう……」
真人は短く息を吐く。
「………いやぁ……今日は疲れそうだぞ」
あすかはサムの動きが止まったのを確認しながら、次の工程を思い浮かべる。
(………口腔内写真……撮れるかな?)
ゆかはレントゲン室の外側で、診療室側の進行を思い返している。
(アンナさん歯周検査までようやく行ったんだよね……やっぱり智子さんすごいや)
機械が動き、撮影の時間が過ぎる。
音が止まり、確認の動きが続く。
大地が表示を確かめてから、ようやく声を出す。
「はい、撮影無事できました。お疲れ様で~す」
サムは息を吐き、肩から力を抜く。
「すまんな……」
あすかがエプロンの位置を見て、次を促す。
「チェアに戻りますよ~」




