03.常識外れの超高齢者
「さ、現場に行きましょうか」
ギルは気を取り直して2人を案内する。
先ほどまで話していたサムとマリアの騒動については、ひとまず置いておくことにしたらしい。
大地とあすかも、これから始まる訪問診療へ意識を戻す。
何しろ、今日は異世界で初めての訪問診療を行う日なのだ。
日本では何度も経験してきたとはいえ、こちらの世界では初めてのことばかりになる。
2人はギルの後ろをついて歩く。
リンもギルの横に並んで歩く。
しばらく歩いていると、リンが大地とあすかの方へ顔を向けた。
「本当にごめんなさい」
リンが大地とあすかに謝る。
今回の同行について、リン自身も今日になって初めて聞かされたという。
取材の準備も慌てて行ったらしく、突然のことに戸惑っていたのは彼女も同じだった。
大地はそんなリンを見ながら、苦笑いを浮かべる。
「いやいや……リンさんは悪くないというか」
「悪いのはサムさんというか……」
あすかも大地の言葉に続いた。
そもそも、今回の話を勝手に進めたのはサムだった。
患者への許可は取っていたものの、実際に診療する大地たちには何の相談もなかった。
リンも仕事を任されただけなのだから、謝られても困ってしまう。
二人の反応を聞いたギルも、思わず口を開いた。
「本当にあの人……仕事はできるのに、思いついたら一直線なところをどうにかしてほしい」
ギルがため息をつきながら言う。
サムが歯科という新しい医療分野に強い関心を持っていることは、大地たちもよく知っていた。
これまでも医療ギルドとして様々な協力をしてもらっている。
その熱意には感謝しているが、今回のように当事者への相談が抜けてしまうのは困りものだった。
「仕事熱心なのはいいんですけど……」
リンも呆れながら言う。
広報担当として歯科のことを広く知ってもらいたいという気持ちは、リンにもある。
ただし、取材する側にも準備が必要なのだから、事前に知らせてほしかったところだった。
サムの行動について話しながら歩いているうちに、目的地が近づいてきた。
ギルは前方へ目を向け、足を進める。
そして、ある建物の前で立ち止まった。
「つきました。ここです」
ギルが建物の前で止まり、言う。
大地とあすかも足を止め、目の前の建物へ視線を向けた。
そこには、二人が想像していた介護施設とは違う建物があった。
大地は建物を見上げながら、思わず声を漏らす。
「……ほ~~……立派な」
「……介護施設って言うより」
「なんかホテルって言うか……」
想像していた建物と違って驚く2人。
日本にいた頃にも、様々な介護施設へ訪問診療に行っていた。
もちろん、施設によって建物の規模や設備が違うことは知っている。
それでも、目の前にある建物は、二人が思い浮かべていた介護施設の印象とは少し違っていた。
そんな二人の反応を見て、ギルが説明を始めた。
「あ、廃業したホテルを買い取って施設にしたんです」
「結構な大規模工事しましたよね~」
「ほんとうに……」
リンも当時の工事について知っているらしく、ギルの説明に続いた。
もともとホテルとして使われていた建物を、介護施設として利用できるように改修したのだという。
大規模な工事が必要だったという話にも、大地とあすかは納得した。
最初から介護施設として建てられたものではなかったのだ。
「あ、元はホテルなんだ」
「なるほど……」
大地は改めて建物へ目を向けた。
元がホテルだと聞けば、先ほど感じた印象にも納得がいく。
日本にいた頃の経験から、ある程度の設備や環境を想像していたが、こちらでも同じように考えてよいのかは分からない。
実際に中へ入ってみなければ、どのような施設なのかも分からなかった。
そんな二人に、リンが今日の患者について説明を始めた。
「今日の患者さんは、ローランさんと言って御年58386歳です」
「ごま……」
「え?え?」
大地とあすかは、そろってリンを見る。
今、何歳と言ったのだろうか。
聞き間違いかと思ったが、どう考えても自分たちが知っている人間の年齢ではなかった。
リンは二人の反応を見ながら、さらに説明を続ける。
「種族がエルフでして……。かなり高齢なんですよ」
エルフ。
確かに、この世界には人間以外にも様々な種族が存在している。
長寿の種族がいることも理解していた。
しかし、実際に五万歳を超える患者を診察するとなると、話は別だった。
大地は腕を組み、考え込む。
「う~ん……はたして日本の基準が当てはまるご老人なんだろうか……」
日本で訪問診療を行っていた頃は、当然ながら人間の患者を対象にしていた。
高齢者の口腔機能や、加齢に伴う変化についても学んできた。
しかし、相手は五万歳を超えるエルフである。
そもそも、日本で学んできた加齢による変化が、そのまま当てはまるのかさえ分からない。
あすかも大地の言葉に頷いた。
「ちょっとそれは聞いてなかったかも……」
二人は顔を見合わせた。
訪問診療の経験はある。
必要な道具も書類も準備してきた。
しかし、患者の年齢については、想像をはるかに超えていた。
日本と同じように考えられないことは、これまでの診療でも経験している。
今回も実際に患者と向き合い、状態を確認しながら進めるしかない。
そう考えながらも、気になることは多かった。
2人は不安を抱えたまま建物内に入っていく。




