04.変わらない想い
ほほえみデンタルでは、大地とあすかが訪問診療の準備を進めていた。
明日はいよいよ、異世界で初めての訪問診療を行う日だった。
2人は必要な道具を一つずつ確認し、忘れ物がないかチェックしている。
大地は確認していた道具を見ながら、あすかに声をかけた。
「うん。道具とかは問題なさそうだね」
「いよいよ明日からですからね」
あすかも道具を確認しながら頷いた。
初めて訪れる場所ということもあり、明日は医療ギルドのギルが案内を兼ねて同行してくれることになっている。
まずは約束した時間に医療ギルドへ向かい、そこからギルの案内で訪問先へ向かう予定だった。
「約束の時間に医療ギルドに行ってから、ギルさんが案内をしてくれる手はずだもんね」
「……あ~~緊張するな~」
あすかはそう呟いた。
日本では何度も訪問診療を経験してきたが、今回は初めての土地での訪問診療になる。
道具の準備を進めながらも、いつもとは違う緊張があった。
そんなあすかに、大地がからかうように声をかける。
「え~??向こうでさんざん訪問診療してきたのに?」
「向こうは日本ですよ?こっちは異世界!勝手が違うじゃないですか!!」
あすかは大地に抗議した。
日本と同じように考えられないことは、これまでの生活や診療でも十分に分かっている。
ましてや、患者の自宅を訪問して治療を行うとなれば、どのような状況なのかも実際に行ってみなければ分からない。
大地は笑いながら謝った。
「ごめんごめん。でも、分かるよ。僕も緊張してるから」
「へぇ~~大地先生でも緊張するんですね~」
今度はあすかが大地をからかう。
先ほどの仕返しと言わんばかりの口調だった。
大地もその言い方に気付き、苦笑する。
「あ、さっきの仕返し?」
「さぁ?どうでしょ」
あすかは肩をすくめて答えた。
大地は苦笑しながら、再び口を開く。
「まあ、でも初めての土地で、勝手の分からない場所で、訪問診療を一緒に行ってくれる人があすかさんでよかったって思ってるよ」
大地は笑いながら言った。
あすかはその言葉を聞いて、一瞬ぽかんとした。
先ほどまでからかい合っていたが、大地が言っていることはあすかにも分かる。
歯科という言葉すら通じない異世界。
何もかも日本とは違う基準で動いており、自分たちが当たり前だと思っていたことも通じない。
そのような場所で、今度は患者の自宅へ赴いて診療を始めることになる。
訪問診療の経験があるとはいえ、何もかもが日本と同じように進むとは限らない。
それでも、同じように訪問診療を経験してきた仲間が隣にいる。
分からないことや困ったことがあっても、互いに確認しながら進めることができる。
あすかも大地の言葉に頷いた。
「まぁ、確かにそうかも」
2人は改めて、互いが一緒に訪問診療へ向かうことの心強さを実感していた。
大地は準備していた道具に目を戻しながら、口を開く。
「なんで僕たちがここに来たのかは今でもわからないけど」
「目の前に困っている患者さんがいたら手助けをする」
あすかが大地の言葉に続いた。
大地も頷き、そのまま言葉を続ける。
「予防を通じて人生や生活の質を豊かにする。笑顔でおいしいものを食べれるように。って言う医院の理念のもと僕たちは頑張るだけだからね」
「はい!」
あすかは大地の言葉に返事をした。
訪問診療に必要な道具は、ひとまず確認が終わっている。
しかし、明日に向けて確認するものは、まだ残っていた。
大地はあすかへ声をかける。
「さて、明日は大事な一発目だからね!道具だけじゃなく書類にも不足がないかしっかり確認しようね!」
「合点!」
あすかも頷いた。
2人は手分けして、訪問診療に必要な書類を一つずつ確認していく。
初回の訪問診療では、患者の基本情報を確認するための書類や、治療内容について説明するための文書などが必要になる。
以前、医療ギルドでサムに説明した内容を踏まえながら、準備していた書類を確認していく。
大地が一枚ずつ書類を確認し、あすかも自分が担当するものについて不足がないか確かめていた。
そんな2人の様子を、智子と志帆が眺めていた。
先ほどまでは緊張した様子もあったが、今は2人で確認を進めている。
「緊張しとったみたいやけど、大丈夫そうやね」
「訪問診療に関してはベテランの二人ですからね……」
智子も大地とあすかの様子を見ながら答えた。
2人とも日本にいた頃から訪問診療に携わってきた経験がある。
今回が異世界で初めての訪問診療とはいえ、必要な準備や診療の進め方については理解している。
志帆も頷きながら口を開いた。
「外はあの二人に今後は任せるとして、あたしたちは中をしっかり守っていこうね」
「そうですね」
智子も頷いた。
大地とあすかが訪問診療へ出ている間も、ほほえみデンタルでは通常の診療が続く。
訪問診療を始めるからといって、医院での診療をおろそかにするわけにはいかない。
志帆と智子がそんな話をしていると、診療室から大和の声が聞こえてきた。
「志帆先生~~。クリーニング終わったんでチェックお願いいま~す」
「はいよ~」
志帆は大和の呼びかけに返事をした。
そのまま大和の方へ向かい、患者のチェックに入る。
智子は再び、準備を進めている大地とあすかへ目を向けた。
2人は引き続き書類を確認している。
智子は先ほど大地が口にした医院の理念を思い返した。
「人生や生活の質を豊かにする……ねぇ……」
智子はそう呟くと、静かに目を閉じた。




