03.入れ歯ができるまで
サムは手元の資料を眺めながら、真人に尋ねた。
「ちなみに、入れ歯の治療の手順ってどんな感じなんだ?」
先ほどまで、それぞれの補綴物について説明を受けていた。
インレーやクラウン、ブリッジについては、どのようなものなのか理解できた。
しかし、入れ歯については、歯を失った部分を補う取り外し可能な装置という説明だけでは、実際にどのようにして作るのかまでは分からなかった。
真人はサムの質問を聞き、少し考えてから口を開く。
「入れ歯の場合は、まず口の中や歯茎の形を取るところから始めます。それから、上の顎と下の顎がどのような位置関係にあるのか、噛み合わせはどうなっているのかを調べます。そのあと、人工の歯を仮の歯茎に並べたものを実際にお口の中に入れて、見た目や噛み合わせ、発音などに問題がないかを確認するんです。そこで問題がなければ、最終的に完成した入れ歯をお口に入れてもらい、実際に噛んでもらって確認します。痛みがあったり、強く当たる部分があれば、そこを削って微調整してから装着します。こうした治療をだいたい1週間に1回のペースで進めていくので、どうしても時間がかかるんですよね………。それに、完成したらそれで終わりというわけではなくて、そのあとも何度か来院してもらい、調整していきます」
真人はジェスチャーを交えながら説明した。
口の中の形を取るところでは、自分の口元を指さし、上下の顎の位置関係についても手を動かしながら説明する。
サムは真人の手の動きを追いながら、説明を聞いていた。
型を取るだけで完成するわけではなく、噛み合わせや見た目などを確認する工程も必要になる。
さらに、完成した入れ歯についても、口の中に合わせて調整しなければならない。
真人は一通り説明を終えると、サムに確認した。
「えっと……これでわかりますか?」
サムは頷いた。
「まぁ、だいたい分かった。時間がかかる理由もしっかりしてるんだな」
真人はホッとした。
製作に時間がかかることだけでなく、どのような確認をしているのかも伝わったようだった。
リンは自分のメモを見ながら口を開く。
「口の中に入れる入れ歯……慣れるまで時間かかりそうですね」
真人はリンの方を向いた。
入れ歯は、完成して口に入れたらすぐに何でも問題なくできるというものではない。
使い始めたあとにも、慣れるまでの時間が必要になる。
「やっぱり使い始めてから最初の1週間くらいは、口の中に何か入っているような強い違和感や、痛み、話しにくさが出ることもあると思います。だからといって、早く慣れようとして無理にずっと付けている必要はありません。最初のうちは30分〜1時間ずつ装着して、少しずつ慣らしていくことをお勧めします。食事も、いきなり硬い物を食べるのではなく、柔らかくて噛み切りやすい物から始めるといいですね。もちろん、ご家庭でのお手入れもしっかりしてもらう必要はありますが……。そうやって少しずつ使っているうちに、個人差はありますけど、だいたい2週間~1か月ほどで慣れていきます」
真人は資料に載っている入れ歯の写真を示しながら説明した。
入れ歯を使い始めたばかりの頃は、口の中に異物が入っている感覚が強く出ることもある。
また、食事や会話についても、これまでと同じようにできるとは限らない。
そのため、無理に長時間使用するのではなく、少しずつ装着する時間を延ばして慣らしていくことになる。
食事についても、最初から硬いものを食べるのではなく、噛み切りやすいものから始める。
リンは真人の説明を聞きながら、手元のメモに視線を落とした。
「はぁ~~……気が遠くなりそうですね」
「まぁ、何事も最初のうちは慣れるまで時間がかかるからな」
マイクもリンの言葉に続いた。
真人は頷き、さらに説明を付け加える。
「痛みがかなり強い場合や合わないなって感じたら、無理せず使用をやめて、うちに持ってきてもらえれば調整しますから安心してください」
真人は笑顔で言った。
完成した入れ歯であっても、実際に使ってみなければ分からない部分がある。
そのため、装着したあとも必要に応じて調整を行う。
サムは真人の説明を聞いて頷いた。
「アフターケアもばっちりか」
「まぁ、それができることですから」
真人は笑いながら答えた。
直樹もサムたちに向けて口を開く。
「慣れないと感じたら、自己判断せずに必ず歯科医師……。院長先生や志帆先生、大地先生に相談してください」
サムは、わかったと頷いた。
入れ歯を作るまでの流れだけでなく、完成したあとの使用方法や調整についても説明を受けることができた。
真人と直樹は一通りの説明を終えると、医療ギルドを後にした。
「いやぁ……何とか終わったね~」
「そうですね」
2人はほほえみデンタルへ向かって歩いていた。
サムたちに補綴物についての説明を終え、今回の目的は果たすことができた。
真人は隣を歩く直樹に声をかける。
「っていうか、直樹君すごいね」
「何がですか?」
直樹は真人を見る。
真人は先ほどの会議室でのやり取りを思い出していた。
「技工物を作ることができなかった理由……。よくあんなスラスラと出てきたね」
「連絡が取れなくなったのは事実ですから」
直樹はそう答えた。
確かに、日本にいた頃に依頼する予定だったところとは、異世界に来てから連絡が取れなくなっていた。
そのため、技工物を作ることができずにいたのも事実だった。
「まぁ、それはそうなんだけどさ……」
真人は直樹の返答に苦笑する。
医療ギルドの職員たちに対して、あの場で説明できる内容をすぐに答えたことには驚かされた。
直樹はそんな真人に、別の話を切り出した。
「……それはそれとして、今回説明した技工物はごく一部。ほかにも口腔内装置とかもありますからね」
「………そうなんだよね~」
真人も頷いた。
今回説明したのは、インレーやクラウン、ブリッジ、入れ歯などの補綴物だった。
しかし、ほほえみデンタルで取り扱う予定のものは、それだけではない。
「自費もありますけど、今回は保険診療分のみ」
「いつかは全部説明しないといけないんだろうけど………。一気に説明しても向こうの人たちも色々困るだろうしねぇ……」
真人はそう言いながら歩みを進めた。
今回の説明でも、初めて聞く言葉にリンやギルたちが何度も聞き返していた。
ひとつの補綴物について説明するだけでも、何のために使うものなのか、どのように治療するのかなど、伝えることは多い。
一度にすべてを説明するのではなく、必要なものから順番に紹介していくことになる。
直樹も真人の言葉に頷いた。
「焦らず少しずつ頑張っていきましょうね」
「うちの事務長頼もしい!!」
真人は笑いながら直樹に言った。
しかし、直樹はその言葉を聞くと、少し間を置いてから口を開いた。
「………そのことですが」
「うん?」
真人が直樹を見る。
直樹はそのまま尋ねた。
「うちって法人化できるんですか?」
「………そ……れは………わかんない」
真人は答えに詰まった。
そもそも、ここは日本ではない。
日本で予定していた開業の形を、そのまま当てはめられるのかどうかも分からなかった。
直樹も真人の返答を聞いて頷く。
「ですよね」




