05.初めての味と長い1か月
しばらく待っていると、大地とあすかが注文した料理が運ばれてきた。
店員が笑顔で皿を持ってくる。
「ホルンラビットの炒め物で~す」
2人の前に置かれた皿の中には、肉とキノコが炒められている。
バターのような香りが漂い、空腹だった2人の食欲をさらに刺激した。
大地は運ばれてきた料理を見つめる。
「うまそ~」
あすかも皿の中の肉へ視線を向けた。
「ホルンラビット………。ウサギ肉でしょうか?」
大地は料理を見ながらフォークを手に取る。
ホルンラビットの肉をひとつ刺すと、そのまま無表情で歌いだした。
「……う~さ~ぎお~いし……」
あすかが大地を見る。
「ちょっと大地先生。……まぁ、子どものころは『うさぎ追いし』を『うさぎ美味しい』って勘違いしてましたけど」
大地はフォークに刺していた肉を見ながら笑う。
「ごめんごめん。さ、食べようか」
大地はフォークをいったん置いて手を合わせる。
あすかも同じように手を合わせ、いつものようにいただきますと言う。
大地は再びフォークを手に取り、ホルンラビットの肉を口へ運んだ。
噛みしめた大地の動きが一瞬止まる。
「………うっま……」
あすかも肉を口へ運ぶ。
しっかりと味わいながら、料理に使われているものを確かめるように口を動かした。
「おいしい……。バターの香りに多分これはニンニク??がいいアクセント」
大地ももうひと口食べる。
「ソースがしっかり絡まってて相性抜群だね」
大地もあすかも、おいしそうに肉を口へ運んでいく。
肉だけでなく、一緒に炒められているキノコにもソースが絡んでいる。
先ほどまで空腹の限界を迎えようとしていた2人のフォークは止まらなかった。
その様子を見ていた店員が、近くを通りながら笑った。
「クスクス……おいしそうに食べてくれてありがとう」
大地とあすかは顔を上げる。
自分たちが食べているところを見られていたことに気付き、2人とも照れ臭そうに笑った。
「あはは……どういたしまして」
「お恥ずかしい……」
店員は笑いながら離れていく。
2人は少し照れながらも、再び料理を食べ始めた。
空腹だったこともあり、皿の上の料理は少しずつ減っていく。
なんの肉なのか分からないまま注文したものだったが、味については何の問題もなかった。
お肉を堪能した2人は、満足そうに口周りを拭く。
大地は食べ終えた皿を見てから、椅子の背もたれにゆっくりと体を預ける。
満たされた腹に息をつき、そのまま力を抜いた。
「は~……お腹いっぱい。おいしかったね」
あすかも満足そうに頷く。
「ですね……。そういえばあたしたち、この世界の料理食べたことないですね」
大地は一瞬黙る。
「…………そうだね」
大地は頷く。
(本当は買い物のときに色々食べ歩いたけど……それは内緒にしておこう)
以前、市場へ買い物に行った時に、この世界の食べ物を口にしている。
大地はそのことについては何も言わず、そのまま黙っていた。
あすかは食事を終えた皿を見たあと、大地へ声をかける。
「お腹も満たされましたし……帰りますか?」
「そうだね」
大地とあすかは席を立ち、会計を済ます。
店を出て、再びほほえみデンタルへ向かって歩き始める。
先ほどまでの空腹はなくなり、訪問診療の打ち合わせも終わった。
あとは戻るだけだった。
歩いている途中、大地があすかへ声をかける。
「ねぇねぇ、あすかさん」
「はい?」
あすかが大地を見る。
大地は歩きながら、そのまま話を続けた。
「診療が本格的に始まって色々あったけどさ、まだ一か月たってないんだよ?知ってた?」
あすかの足がわずかに止まりかける。
「……ひぇ……色々と忙しくって時間感覚なくなってた」
開業してから、診療だけをしていたわけではない。
患者への説明。
医療ギルドとのやり取り。
新しく始める訪問診療。
企業健診についての話。
それ以外にも、次々とやることが出てきている。
毎日の中でいろいろなことが続いていた。
大地もその時間を思い返しながら口を開く。
「この間院長が、レセプト点検しているの見て、ゾッとした」
あすかは大地を見る。
「え?あたし体感3か月くらい過ぎてるんですけど」
「ね……怖い怖い」
2人は顔を見合わせる。
いろいろなことがありすぎて、実際に過ぎた時間と自分たちの感覚が合わなくなっていた。
大地とあすかはそのまま、ほほえみデンタルへ向かって歩いていった。




