06.守るためにできること
サムはほほえみデンタルを出ると、小走りで医療ギルドへと戻っていた。
企業歯科健診。
歯科訪問診療。
どちらもこれまで聞いたことのない医療だった。
それでも、ほほえみデンタルから新しい話を聞くたびに、サムはワクワクしていた。
今まで自分たちにはできなかったことが、少しずつできるようになっていく。
それだけでも大きな変化だった。
(ほほえみデンタルへの問い合わせも増えてきたからな……。市民の健康状態がよくなるならいいさ)
医療ギルドの長として、サムにはいろいろとやりたいことがあった。
市民の健康状態をよくしたい。
今よりもできることを増やしたい。
そう思っていても、それを実現するための道具がない。
新しい医療技術が生まれたとしても、なぜか教会はそれを奪っていく。
その結果、市民の健康状態がよくなることなんてなかった。
医療魔法なんてもので治せるのは怪我程度だった。
ポーションで治せる風邪はある。
しかし、それで歯の状態を元に戻すなんてことはできなかった。
歯が痛いと訴える者に医療魔法やポーションを使えば、痛みや炎症が多少よくなることはある。
だが、それだけだった。
原因となっている歯そのものが治ったわけではない。
多少よくなっても、結局また悪化する。
それを繰り返し、どうすることもできなくなったら、こちらで抜く。
サム自身、何人にもそのような処置を施してきた。
抜くしかなかった。
そのあと、何も食べられなくなって衰弱していく者もいた。
どうにかしたいと思っていても、どうすることもできない。
そんな現状がずっと続いていた。
そこへ、すい星のごとく現れたのが“ほほえみデンタルクリニック”だった。
最初は何のことなのか分からなかった。
歯科と言われても、それが何をするところなのかすら分からない。
だが、真人たちから説明を聞いていくうちに分かった。
そこは、自分たちがずっと助けてほしかったことができるところだった。
歯を抜くしかなかった状態になる前に治療をする。
口の中をきれいにする。
悪くならないようにするための方法を教える。
自分たちにはできなかったことを、ほほえみデンタルの者たちはやろうとしている。
向こうも何やら医療ギルドに協力してほしいところがあるらしい。
ただ、いろいろと制度が違うせいなのか、そのことについてはまだ詳しく話してくれない。
それについては、そのうち話すとした方がいいだろう。
向こうも探りながら、いろいろやってくれているようだしな。
サムは医療ギルド本部の前で足を止めた。
教会には、まだほほえみデンタルの情報は行っていない。
教会に潜り込ませている“カラス”からは、そう聞いている。
だが、学校健診や企業歯科健診、歯科訪問診療と、ほほえみデンタルはいろいろなことをやろうとしている。
それなら、教会に知られるのも時間の問題だろう。
サムは一度息を整え、それからギルド内へと入っていった。
「ただいま~」
「……ほほえみデンタルに行ってきたんですか?」
マイクの声が返ってくる。
サムは一瞬だけ間を空けた。
「まぁな………。マリアは?」
「副マスターは今日は来ていませんよ」
“は”に力が入っていたように聞こえたが、気のせいだろう。
「………まったく……何のために配置しているのやら」
マイクの言葉を聞きながら、サムは何も言わなかった。
真人には内緒で、ほほえみデンタルの近くには“カラス”を配置している。
ほほえみデンタルのスタッフは、見るからに武闘も魔法もできなさそうだった。
それなら、教会のやつが近づいてきたときにすぐ対処できるようにしておいた方がいい。
ほほえみデンタルの安全のために。
真人たちには知らせていない。
知らせないまま、何かあったときにはすぐ動けるようにしている。
「ま、一応マスターとしてだな………」
「はいはい」
マイクはそれ以上何も言わなかった。
サムもそれ以上説明することなく、そのままギルドの中へと戻っていった。




