03.それぞれの再出発
あすかは陽菜、しおり、すずと一緒にストレッチをしていた。
体を伸ばしながら、ゆっくりと息を吐く。
「あた……あ~~~~~のびる~~~」
あすかの声に、周りから笑い声が漏れる。
あすかはそのまま目を閉じ、呼吸を整えた。
(大地先生とまさかまたペアを組むとは……)
大地とは、前の職場で訪問診療をしていた時にペアを組んでいた。
一緒に訪問先を回り、仕事をしていた相手だった。
前の医院を辞めることになった時も、何か特別な約束をしたわけではない。
「またどこかで」
形式的な挨拶だけをして別れた。
その時は、本当にそれだけだった。
辞めたあと、あすかは一月ほどのんびりと過ごした。
そろそろ新しい職場を探そうと思い、歯科衛生士の就職サイトを開いた。
できることなら自宅からなるべく近いところがいい。
そう思いながら求人を見ている時、ほほえみデンタルの名前が目に入った。
求人の内容を確認し、そのまま応募した。
そして就職が決まった。
スタッフが全員決まったところで、一度顔合わせをするという話になった。
あすかも医院へ出向いた。
そこで見覚えのある顔を見つけた。
「あれ?大地先生?」
「あすかさん。なんでここに?」
「いやいやこっちのセリフですって」
真人が2人を見た。
「2人とも知り合いなの?」
「前の職場で訪問診療でペアを組んでました」
「はい」
「すごい偶然だね」
「本当に」
そのあとは笑いながら、開業に向けて一緒に手伝いをしていた。
また同じ職場で働くことになっただけでも驚いた。
それなのに、実際に開業することになった場所はもっと想像していなかったところだった。
あすかは伸ばしていた体を戻した。
「いやぁ……まさか異世界開業するとは」
隣でストレッチを続けていた陽菜が答える。
「ほん……とうに……」
陽菜は少し体勢を変えた。
「というか、みんな思ってますよ」
「本当にね……」
あすかも再び体を伸ばす。
陽菜もストレッチを続けながら、ほほえみデンタルで働く前のことを思い出していた。
陽菜はほほえみデンタルを見つけるまで、歯科衛生士なんて二度とするもんかと思っていた。
前の職場で院長とガチ喧嘩をした。
言い合いになった末、院長から言われた。
「お前の代わりなんていくらでもいるんだよ辞めちまえ!」
その言葉にカチンと来た。
完全な売り言葉に買い言葉だった。
「こんなくそ職場言われなくてもこっちから辞めてやるよ!!」
そう啖呵を切って、衛生士服を脱ぎ捨てて出て行った。
その後、その医院は不正請求やらなんやら、いろいろやっていたことがバレたらしい。
医院は保険診療ができなくなり、院長も保険医として診療できなくなったらしいが、リークしたのは陽菜ではない。
以前一緒に働いていた衛生士仲間からその話を聞いた時に思ったことは一つだった。
(ざまぁ)
辞めた直後は、本気で歯科衛生士を続ける気がなかった。
「あ~~~……衛生士なんか辞めて一般企業に転職しようかなぁ……。働けるか知らんけど」
あの時、院長との言い合いで手が出なかった自分を褒めてあげたい。
陽菜は地元へ戻り、地元の仲間とつるんで1年ほど過ごした。
それだけ時間が経ち、心も落ち着いた。
そろそろ本格的に就職活動をしようと思った。
ただ、地元ではいつ素が出るか分かったものではない。
なるべく違うところがいい。
かといって、前の職場から近いところも嫌だった。
条件を考えながら調べていた時、衛生士仲間からほほえみデンタルの話を聞いた。
本当に衛生士を辞めるかどうかは、面接をしてから決めればいい。
そう考えて面接を受けた。
そして、陽菜は再び歯科衛生士として働くことを決めた。
陽菜は伸ばしていた足を戻した。
「いやぁ……まさか衛生士を続けることを決めるとは……」
しおりがストレッチをしながら陽菜を見る。
「うう……え、衛生士……辞めるつもりだったんですか?」
「まぁね」
「資格があるのにもったいない……」
「いろいろあるのよ」
陽菜は笑いながら答えた。
しおりはそれ以上追及はしなかった。
そのまま体を伸ばしながら、自分の以前の仕事を思い出す。
しおりはイラストレーターとして働いていた。
辞めたきっかけは、自分の作品をパクられたことだった。
同じ会社の同じ仲間に、まさか裏切られるとは思わなかった。
もちろん上層部にも訴えた。
だが、聞き入れてはくれなかった。
もうどうでもよくなり、その会社を辞めた。
あとから知った話では、作品をパクった相手が上層部の人間と不倫していたらしい。
そのため守られていたということだった。
その後、就職した会社は長続きしなかった。
心に大きな穴が開いた状態で、何をやってもやる気が起きなかった。
それでも働かなければ家賃が払えない。
光熱費もかかる。
食費も必要になる。
派遣に登録し、なんとか働いていた。
働いていないと、嫌な考えに陥りそうになっていた。
そんな頃、休みの日にメンテナンスのため通院している歯科医院へ行った。
そこで、いつも見てくれている歯科衛生士から、今勤めている歯科医院を辞めるという話を聞いた。
どこに勤めるのか聞いたことで、ほほえみデンタルを知った。
場所を調べると近所だった。
ホームページを見ると、スタッフ募集というページが目に留まった。
そこには、0からクリニックを作り上げて盛り上げていきましょうと書かれていた。
気が付いたら応募していた。
しおりはゆっくりと上体を起こした。
「いやぁ……、まさか本当に0からのスタートとは」
すずが体を伸ばしながら答える。
「……大変ですけど……皆さんと力を合わせて作り上げてくクリニック。……わたしは楽しいです」
「それはそうかもね」
陽菜はすずを見る。
「それはそれとして、すずちゃん体柔らかいね」
「昔から柔軟だけは欠かさずやっていたので……」
あすかもすずを見た。
「すごいね~~~」
「えへへへ……」
すずは照れ臭そうに笑った。
そのまま柔軟を続ける。
すずは学生の時、卒業後の進路を決めるため就職活動をしていた。
しかし、なかなか内定がもらえず焦っていた。
もともと人見知りが激しい。
緊張すると、なかなか言葉が出てこない。
特に大勢の人がいる場所が苦手だった。
それでも頑張って面接を受けた。
だが、結果は連敗だった。
気が付けば4年生。
本来ならとっくに内定をもらって、内定式をしているはずだった。
それなのに卒論と、決まらない就職活動に追われていた。
「終わった……もう人生詰み……」
公園のベンチで項垂れているところに、声をかけられた。
顔を上げると、自分を心配そうに見つめる夫婦がいた。
その夫婦が真人と志帆だった。
「大丈夫?なにかあったん?……見たところ就活生っぽいけど」
すずは思わず泣きだし、就活連敗中であることを打ち明けた。
志帆はすずの頭を撫でて、なんとか落ち着かせた。
真人はポタージュの缶を持ってきて、すずに手渡した。
すずはお礼を言ってポタージュを受け取った。
「ん~~~……お嬢さんが嫌やなければやけど……今度開業するんやけどといっても1年ちょっと後やけど……。受付スタッフとして働かん?」
「えっと、それまではしばらくバイトとかしてちょっとつなぐ形になるかもだけど……」
「……いいんですか?」
「逆に聞くけどいいんか?」
「ぜひお願いします!!」
すずは真人と志帆にお礼を言って、ほほえみデンタルへの就職を決めた。
開業は1年後。
大学卒業後、すずは医療事務専門学校に入学して、医療事務としての基礎知識を学んだ。
在学中に資格も取得した。
そして、約束どおりほほえみデンタルに就職した。
すずはゆっくりと体を戻し、一緒にストレッチをしている3人を見る。
(あの時声をかけてもらえなかったらどうなってたんだろう)
「皆さんと出会えてうれしいです」
陽菜がすずを見る。
「やだ、どうしたのいきなり」
「なんとなくです」
あすかとしおりも笑った。
4人は笑いながら、そのままストレッチを続けていた。




