9話:ろくでもない現実オチ
花秦が消えた。
首を斬られた後、データの塊のように光の中に消えていった。
死。
少なくとも、俺にはそうとしか形容できなかった。
「天晴! 今までのどの勇者よりも、圧倒的に強かったでござる!」
「……」
「しかし、拙者の『居合』は必殺必中! 煙幕などものともせぬのだ! がっはっは!」
女子高生の命を奪った下手人の高笑いが、異世界の教会にこだまする。
俺はと言えば、大盾の裏に座り込んで絶句しているだけだ。
これはなんだ? 何が起こっているんだ? 悪夢だと言われた方が納得できる。
「さァさァ、もう一人の勇者よ! 次はおぬしの番にござる」
「……」
「今度こそ名乗りを上げさせてもらおうか! 拙者は魔王様が直々の配下・魔性四天王が1人、"力の寄兵衛"! おぬしに決闘を申し込む!」
「あー……」
まだ理解が追い付かず、自らも命の危機が迫っているのに、呆けた声を出すことしかできなかった。
「むゥ……やいやい、勇者よ。おぬし闘う気はあるのか!? 闘うなら闘う、逃げるなら逃げる、ハッキリせぬか! 何もせんなら斬ってしまうぞ! さァ!」
「……」
大量殺人鬼が、何やらごちゃごちゃ言っている。
闘うか、逃げるか? 知ったこっちゃない。
俺たちはつい先週まで、平和ボケした世界でゆったり過ごしていたんだぞ。それを無理やり引っ張り出して、殺して、何様のつもりだ。
「……なあ、勇者ってなんなんだ? 俺たちに何の責任がある?」
「ほう? 面白いことを言うな、勇者よ。勇者の責任とは当然、勇猛であることでござる! 勇気ある者と書いて勇者、見れば分かる当然なことでござるよ」
「ふーん、そうか……」
勇者になったつもりは無いだとかは、今はいったん置いておこう。
置いておくにしても、こいつの言うことはただの言葉遊びだ。
俺には、勇気はない。
俺に、勇猛である責任はない。
『……あなたはそこに居てくれれば良いわ。あとで骨くらい拾ってね』
花秦の最期の言葉を思い出す。
彼女は勇猛だったんだろう。強敵に立ち向かって散ったとか、そういうのを抜きにしても、だ。
彼女は物事を自分で判断して、他人にまで影響を与えられる、そういう勇気を持っていた。クローバー刈りについてこいだの、盾を持ってタンクをやれだの、そういう役目を俺に押し付けてきた。
俺には、そんな勇気がない。興味もない。ずっと何も判断せずにいたい。
そんな俺が勇者に選ばれたのは、こいつの責任論と大きく矛盾するじゃないか。ハイ論破。
「……はあ。もう、なんでもいい」
「む? 闘う気になったでござるか?」
言葉遊びには言葉遊びで返そう。
「じゃあ俺は、何もしない。ただここに居ることにする。それが、守る物がなくなった勇者のやるべきことだ」
なんの脈絡もない、それっぽいだけの言葉が口をついて出た。
俺は盾に体重を預けながらゆっくりと立ち上がり、大男を見据えた。
なんてことはない。指示待ち人間らしく、『そこに居てくれれば良い』と言われたから、それに従うだけだ。
……言い訳だ。もはや逃げる気力もないのだ。世界が悪いんだ。スネて居座ってやる。
「ほう。それがおぬしの道か。天晴でござる!」
イカれた魔物は、俺の適当な返事に納得したらしく、太刀を構えてこちらを見据える。
はあ。これが俺の最期か。まあ、らしいっちゃらしいのかな。
そうして音もなく放たれた斬撃が、俺の首を断ち斬る……
……ことはなかった。
「なぬ!」
怪物によって振りぬかれたはずの刀は、勇者の首筋に触れるか触れないかというところでピタリと止まっていた。
「なんだ!? これ以上振れぬ!」
「……? うわっ」
死を覚悟してぎゅっと瞑っていた薄目を開けてみると、困惑した侍の顔面が目の前まで迫っていた。
俺は突然の顔面に驚いて転ぶ。手を離した大盾がドガン、と派手な音を立てて倒れる。
なぜ自分は死んでいないんだ、と状況を理解できずにいると、目の前で唾を飛ばしながら喋っていた男の表情が歪んだ。
「ぐゥっ!? がああっ!! 何事でござるか!?」
見れば、男の周囲にキラキラ輝く何かが大量に纏わりついている。お墨付きを貰った俺の魔力感覚を信じるならば、教会全体に充満していた魔力が男に吸い込まれるように移動している。急激に。
いったい何が、と顔を見まわしてみると、1枚の紙が目についた。魔法陣である。花秦が死に際に持っていた魔法陣が、光っている。
なんだ? 魔法が発動したのか? 時間差の罠でも敷いていたのだろうか?
「はァ、はァ……なぜ聖性の魔力が拙者に反応してるでござる……"ばりあー"が効かなくなったでござるか? ぐばっ!」
魔物は片膝をつき、口から青い血を吐き出す。
よくわからないが、自称四天王は相当ダメージを食らっているようだ。腕を斬りつけられてもピンピンしている奴がこうなっているのだから、かなりの深手なのだろう。
男は魔力を振り絞り、先ほどの電話的オブジェクトを召喚する。
『おい! やっと出やがったなテメェ!』
「めふぃー殿、帰還口を頼む! 死にそうでござる!」
『はぁ!? クソっ、わかった! バカが、二度と出ていくんじゃねえぞ!』
電話相手がそう言うと、男の耳元にあった電話口(文字通りの口)が巨大化し、人ひとり丸呑みできるほどのサイズへと変貌した。
「!?」
「がはっ、勇者よ……見事な闘いであった。まさか"ばりあー"を破るとは、見事な合わせ技でござった」
そう言って、俺たちに未曽有の被害をもたらした怪物は足を引きずりながら大口に飲み込まれていった。
大男を飲み込んだ巨大オブジェクトは闇の中に消え、俺の異世界での初戦闘は敵の撤退によって決着となった。
「……なんなんだよ……」
-----
それからのことは、よく覚えていない。
教会の外でごちゃごちゃ話しかけてきた兵士たちを無視し、俺はいつもの宿へ帰って、寝た。
ショックで寝付けないかとも思ったが、ベッドに倒れたらすぐ意識が落ちた。気疲れしていたのだろう。
それで、今目が覚めた。朝7時。まるで健康優良児である。寝たのが早かっただけか。
「……腹が減ったな」
友人が死んでも腹は減る。思えば、最後に飯を食ったのは昨日の昼、彼女に貰った完全栄養食1本きりであった。
「……」
思うことはいろいろあるが、俺はとにかく食堂へ向かった。
モーニングにもセットがあった。手近な席に座り、とりあえずセットを頼む。
「お待たせいたしました。モーニングでございます。こちら、お箸をつけさせていただきます」
「……」
パンを口に運ぶ。水を飲む。カップスープに口をつける。熱い。サラダを食べる。ベーコンを食べる。水を飲む。
食べ終わったらとっとと部屋に戻ろう。そう考えながらカラカラの喉を潤していたとき、彼女は突然俺の向かいに座った。
「……………………あ?」
突然の相席者に呆然とする。
「お客様はいかがなされますか?」
「そうね、それじゃこの人と同じものを」
「かしこまりました。すぐにお持ちします」
「ありがとう」
どこかで聞いたような会話。
「…………」
「何見てんのよ。あんた、ひどい顔ね。髪もくしゃくしゃだし。食堂に来る前に顔を洗うべきよ」
「な、……」
「? 何よ」
「なんで、生きてるんだ……花秦」
「……はあ?」
-----
四天王・寄兵衛は、息も絶え絶えながら帰還口によって魔王城に帰還した。
「かたじけないでござる、めふぃー殿」
「かたじけないじゃねえよアホ、言うべきことがあんだろうがボケ」
電話魔法や帰還魔法の宿主である四天王・"智のメフィスタ"は、問題児の勝手な行動にブチ切れ散らかしている。
「ああ、報告か! げほっ、勇者を7人討ったでござる! かなり戦力を削ったでござるよ」
「……」
「めふぃー殿? ぐぼっ!」
メフィスタは大莫迦大男の呆けた顔をブン殴り、静かにキレ散らかす。
「……寄兵衛さん? 勇者を殺して、何か意味がおありで?」
読者諸兄姉にはメフィスタとやらの口調が突然変わったように見えるかもしれないが、本来彼女の口調は落ち着き払った丁寧なもので、キレた時だけ口汚くなるキャラクター性なのだ。
「? 殺せば数が減るであろう!」
「勇者は不死身なんだよクソアホがぁーっ! テメー、アタシの発明した聖性バリアー使って意味ねえ特攻して来やがって! 人間共に解析されたら長年の研究がパーじゃねえかボケええぇぇっ!!」
「不死身!? そんなはずなかろう! 生きとし生けるもの、命は平等に1つでござる!」
「テメー、今度こそブッ殺してやる! どんだけ強くてもバカは居るだけ無駄だって、アタシもやっと分かったわクソバカが!!」
「むゥ! 鍛錬でござるか、めふぃー殿! 満身創痍にござるが、受けて立つ!」
メフィスタは莫迦男にトドメを刺さんと全力の攻撃態勢を取り、寄兵衛は全力でそれを躱し続ける。魔王城の日常である。
それにしても、勇者は何度死んでも神によって復活するという当然の事実を知らないのは、この世界ではよっぽどの大莫迦者しかいないであろう。
-----
「……それじゃあ、俺たちは死なないのか? マジで?」
「最初に説明されたでしょバカ! 話を聞かないにも程があるわよ!」
「今ここが夢でしたってオチでもなく?」
「じゃあ確かめてあげるわ、よっ!」
花秦に頬を引っ張られ、痛みとともに彼女の生の実感が湧いてくる。
「ほ、ほうか……」
頬を離された俺は力が抜けて椅子に深く座り込み、人生で一番大きい深呼吸をした。
「よかったあぁぁ……生きてたのか……」
「……はぁ。本当、バカね……」
「ああ、そうだな……」
バカでもなんでもいい、なんでも良かった。
これがろくでもない現実オチだとしても、彼女は生きていたのだ。
良かった。そうとしか言えなかった。




