8話:冗談じゃない
それは突然だった。
はじまりの街の北門。昼のピークも過ぎ、出入りする者もほとんど居ない、そんな時間帯。
この世界で最も魔物が少なく、結界も張られているはじまりの街の周辺は平和そのものであり、世界政府直属の門番の仕事というのもほとんど受付フロントであった。
そんなのどかな昼過ぎ、門番2名の頭が、胴体から離れ落ちた。
ひとけの無い時間帯での出来事だったため目撃者はおらず、何故か警報も鳴らなかった。
「御免にござる」
2メートルをゆうに超えるであろう大男が、世界一平和な街の入口をまたぎ、堂々と闖入した。
平和を揺るがす大事件が起きたのだが、それからしばらくは表立って何も起きなかった。
「ヤァヤァ街の方、勇者の住処はどのあたりですかな?」
「え……えぇ、住処というとノーブルホテルでしょうか、街の真ん中へ行けば大きい白い建物が見えてくると思いますよ」
帯刀した大男にずいと顔をのぞき込まれた市民は初めは驚いたが、彼はこの世界ではそう珍しい出で立ちでもない。街に慣れない冒険者が話しかけてきたのか、とでも思い、何ともなしに道案内をした。
奇妙な喋り方の男は、かたじけない、とまたもや今日び聞かない口調で市民に感謝すると、ゆったりとした歩調で街の真ん中へ向かった。
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しばらく経った頃、大男は教会に来ていた。
彼が"ほてる"で聞き込みをした限りでは、勇者の大半は街の外に出払っているそうであった。(なにせ今日は、某ニート高校生ですら冒険に出かけている日なのである。なんと2日連続で。)
痛みに耐えて街の中まで来たのに無駄足か、とも思ったが、思わぬ収穫もあった。数名の勇者は街で"ぼらんていあ"活動をしている、との情報。しかも今日は全員同じ教会に行っているそうな。
これは好機にござる、と情報を頼りに街の西側の教会まで赴き、男は扉をばん、と開くに至るのだった。
「たのもー! 勇者はおらぬか!」
教会ではたくさんの子供たちとシスター、そして『はじまりの宿組』の勇者である数名の女子達がレクリエーションを催していた。大きな紙にみんなで1枚の大きな絵を描いている最中である。
「あ、え……」
「ええと……?」
「あのおじちゃんおっきーい」「こわい……」「ぼうけんしゃだ!」
突然現れた謎の男に、困惑する一同。
「はいはい、子供たち、お客さんをじろじろ見ると失礼よ。ほら、お絵かきを続けましょうね」
マザーが場を収め、不審者に応対する。ボランティアの勇者たちはオロオロしながらも、シスターと同様に子供たちの相手を続けることとなった。
「こんにちは、お客様。この教会にいかがなご用でしょう?」
「うむ! そちらの勇者たちに決闘を申し込みたいでござる!」
この世界では武芸者が勇者と決闘する、というのは珍しい話ではなかった。なにせ彼らからすれば、数十年に一度、異郷からやってくる強者達なのである。武に生きる者が手合わせしたくてしゃあないのは想像に難くない。
「はあ、決闘ですか。しかし見ての通り……」
勇者様たちは子供たちと遊んでいる途中で、と続けようとしたマザーの横を、ずん、とすり抜けて入る大男。
「ちょっとあなた! いけません、待ちなさい!」
マザーの静止が聞こえたのか聞こえていないのか、男は、ふむ、1人逃げておるな、と呟いたのちに大音声を張り上げる。
「心配せずとも、無辜の民に危害は加えぬにござる!」
大男は抜刀し、入口の近くにいた勇者にその大太刀を向けた。
「魔王様が直々の配下・魔性四天王が1人、"力の寄兵衛"! おぬしに決闘を申し込む!」
男が刀を振り回し始め、教会内は天と地をひっくり返したような大騒ぎとなった。
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「ぜえーっ……ぜえーっ……」
俺が追いつけるギリギリの猛ダッシュをするピンク髪のツインテ少女・花秦を追い、俺ははじまりの街へと帰ってきていた。
「ここが現場ね」
黄昏が降り、太陽とは逆向きに走ってきた俺たちがたどり着いたのは、大きめの教会のような建物であった。
この中に最上位魔物とやらが立てこもっているらしく、教会の周りでは鎧で武装した憲兵のような集団が厳戒態勢を敷いている。住人は既に避難しているのか一帯はイヤに物静かで、野次馬すらいない。
俺は教会の意匠をまじまじ見ながらこの世界にも宗教があるんだな〜とのんきなことを考えていたのだが、そんな俺を尻目に花秦は何かの準備を始めている。
「魔物が出たんだろ? 俺らも避難しようぜ」
「バカ! なんのために走ってきたと思ってんのよ。闘うわよ」
「あ、やっぱし?」
くそう。とんだ貧乏くじだぜ。なんだか、今さら異世界転移させられたことにムカついてきた。
どこから取り出したのか、手持ちのポーション的飲料を数本ゴク飲みしてありったけのバフをかけたであろう彼女が、憲兵たちと状況を共有している。マジで闘る気らしいな、この子は。ぎえー。やだなあ。
いっそ憲兵に、小娘の協力などいらんと一蹴されてくれれば良いと願っていたが、むしろ憲兵さんは俺たち勇者の到着に沸いている様子だ。頼りないぞ、おっさん達。
「なあ、正気でっか、こんな大勢の武装集団が膠着状態なんすよ。勇者っつっても『鍛錬組』と『宿組』でかなう相手じゃないって」
「この兵士たちはそんな戦力じゃないわ、警備員みたいなもんよ」
勇者様からの直球の戦力外通告に、警備員もとい兵士達はバツが悪そうな顔を思い思いに浮かべている。
「最上級って言ってもそんな脅威じゃないってことか? 選ばれしチート勇者なら余裕?」
「いえ? 私達で勝率は4割もないと思っていいわ」
「は!? じゃあなんでこんなザル警備なんだよ」
兵士達のバツはさらに悪くなる。すまんて。
「上澄みの連中は要人の警護に回されてるみたいね」
「え~現場優先してくださいよ、お偉いさん方」
「魔物は音もなく門番を殺して、結界も反応させず街に侵入してきたそうよ。どう見ても暗殺者か何かのやり口だし、ここにいる個体以外の魔物や人間の潜入も考えたら、現場って言うなら街全体が現場よ」
「げ、もう死人出てんのかよ……」
思ったより非常事態だった。花秦に着いて冒険に出なければこんなことには。いや、俺の行動関係なくこのイベントは起こって、俺たちの宿も危険にさらされていたのか。異世界も良いことばかりではないようだ。
「やっと事態が分かったみたいね。こういうときのための勇者よ。さあ、無駄話は終わり。バフが切れたらいけないわ」
「ねえ、ところで俺のポーションは?」
「あんたには全部効かないわよ」
……やっぱ俺の『無視』って紛うこと無きクソスキルでは?
「代わりに兵士の盾を借りてきたわ。あんたはその盾を構えて私の前に居れば良いから」
渡されたのは、屈めば全身をすっぽり隠せるような大盾だった。重っ。
入り口に向かいスタスタ進む彼女を追って、ズリズリ進む。
「前に? 後ろに居れば良い、じゃなくて?」
「タンクが後ろにいてどうするのよ」
「はは。ゲーム脳かよ」
「現実よ」
花秦はこの最悪な状況を端的に言い表し、地獄へ繋がる扉を開けた。
地獄は、さもありなん、異様な光景だった。異様と言うべきか、シュールと言うべきか。
「がはは! めふぃー殿は心配性でござるなあ! 大丈夫、きっと勇者はすぐ来るでござる!」
『だーもう! 話通じなすぎんだろテメェ! いいからとっとと帰って来いってんだこのボケナス!』
いろいろ起きているが、まず、教会の中にいたのはどう見ても人間だった。和装のような黒い装束に身を包んだ大男。腰には太刀と呼べる長さの刀を差している。
「しかしこの"てえぷ"という得物はじゃじゃ馬でござるなあ。これではいつまで経っても絵画を修復できん」
『んなことどーでもいいっての! があああ!!』
次に目立つのは、耳と口。といっても大男のものではなく、黒い耳と口の繋がった趣味の悪い現代アートのようなものが大男の傍にぷかぷか浮かんでいる。耳は男の口の近く、口は男の耳の近くに配置されており、男の発言を聞いたオブジェクトが男にキレ散らかす、ということを何度も繰り返している。
会話の内容を聞くに、オブジェクトは電話のようなものであろうか。魔界の電話はやはり趣味が悪いのだ。
「……厄介な相手みたいね」
「あ、うん。電話相手めっちゃキレてるし、あの侍ってば俺より厄介かも」
「そういう意味じゃないわよ! もう、調子狂う……」
やばい、こっちもキレたら収拾付かないぞ。静かにしとこう。
そして最後に、大侍はなぜか工作に勤しんでいる。諜報員工作とかではなく、紙とテープを使って何かをつくってあそぶ、あの工作だ。何やってんだろ……
平和な街に現れた奇妙な生物を観察していると、向こうもこちらに気付いたようで、工作の手を止めて向き直った。
「む! 勇者でござる! やはり来たか! めふぃー殿、失礼にござる!」
『あ゛!? おい! 待てバカ』
男がオブジェクトの耳と口を繋ぐ線ををブチンと千切ると、耳口電話は黒煙の中に消滅した。
「……あなたが侵入者ね。一応聞くけど、魔物ってことで良いのよね」
「うむ! 拙者は魔王様が直々の配下・魔性四天王が1人、"力の……」
口上を言い終わるのを待たず、花秦は俺の視界から消えたかと思えば、短剣で男を切り付けていた。
侍の右腕から青い血がぼたぼたと零れ落ちる。見てるだけで痛そうでキュッとなった。
「むっ! 名乗りを上げぬとは、決闘のなんたるかを知らぬでござるか? 今回の勇者は無知な者が多いようだのう! がはは!」
「切り落としたつもりだったのに、頑丈ね」
いつの間にか前線から引いて俺の後ろに陣取っていた彼女が歯噛みする。2撃目の準備なのか謎の魔法陣が書かれた紙を取り出して光らせている。どこにしまってるんだよ。
「え、花秦めっちゃ強いじゃん。俺なんも見えないんだけど」
「向こうが格上よ。聞いたでしょ、四天王って。それに……」
「?」
花秦は男に向き直り、攻撃を加えるでもなく口を開いた。
「勇者を殺したのね」
「ふむ。6人とも立派でござった。みな、子供や修道女を逃がすために散っていった、立派な兵でござるよ。やはり勇者は猛き者でなくては」
「そんなことまで聞いてないわ」
……え? 殺したって、え? 勇者って俺たちだよな? は?
クラスメイトが、6人死んだのか? 今日? 噓だろ?
「わかったでしょ。強敵よ、あいつは」
「いや、強さっていうか、は?」
冗談だろ。冗談だと思いたい。
そんなに関わりのあった連中じゃないが、死んで良いような奴は居なかっただろ。
ダメだろ。それは。
「大丈夫? 顔青いわよ」
「……大丈夫じゃ、ないんじゃないかね」
声が震える。死を身近に感じたからか、体がうまく動かない。
「……あなたはそこに居てくれれば良いわ。あとで骨くらい拾ってね」
「えっ?」
彼女はそう言うと、魔法陣を発動させた。教会じゅうに煙幕のようなものが充満し、各方面からパン、パン、と音が鳴る。
破裂する無数の魔法エネルギーの中を突き進み、少女は魔物の胴を貫かんと突進した。
「目くらましか。甘いっ!」
魔物──四天王"力の寄兵衛"は血まみれの利き腕をものともせず、太刀を振り去った。
刀の導線には花秦の首があった。
花秦しぐれの頭は胴体と別れ、教会の床にむなしく転がった。
「……………………あ?」
彼女に手を伸ばしたかった。だが、恐怖で体が動かなかった。情けない。
血が流れることはなく、彼女の身体は切断面からパラパラと消えていく。
10秒とせず、連日俺を連れ出したクラスメイトの肉体は消失した。
彼女の身体があった場所には、無情にも食料や魔道具、色とりどりのクローバーの束が出現しているだけだった。
どこに拾う骨があるんだ。
冗談じゃない。




