3話:そこまで惹かれないし
「お待たせいたしました。こちら、本日のランチセットでございます。お箸もお付けしております」
「ありがとう。いただきます」
食堂で俺の向かいの席に陣取る冒険者ファッションの少女、花秦しぐれは手を合わせ、俺と同じ白身魚やらのセットに箸を向ける。
「おいしい! やっぱりそこらのレストランで食べるよりここまで戻った方がいいわね」
行く方面にもよるが、転移者全員サービスの宿、通称『はじまりの宿』からはじまりの街郊外の狩場まではそこそこ距離がある。絶対戻ってこれないというほどではないが、歩きではややダルい距離。だが、その距離を往復する価値がここの食堂にはある──といった話を、花秦から聞かされながら飯を食う俺。彼女の話に興味はないが、相手がペラペラ話している間は自分は好きに箸を進められるので、裏を返せばありがたいと言えるかもしれない。
「今受けようと思ってるクエストが2人以上からなの。あんた、私とパーティを組んでくれない?」
俺に話が振られてしまった。仕方なく口を動かす。
「いやだ」
「即答ね。ただの採取クエストだから、あんたは着いてきてくれるだけでいいわ」
「俺以外にも誘えるやつはいっぱいいるだろ。同じ『鍛錬組』も10人くらいいたはずだよな?」
「あらかた誘ったけど断られたわ。街の冒険者も同様」
「へえ、まあ……そうか」
なんか、あんまり人望なさそうだもんな。
「何よその目! 別に私が嫌われてて断られてるわけじゃないわよ!」
「そうなのか?」
「そうなのよ! ただちょっと、クエストの場所が遠めってだけ」
「じゃあなおさら引きこもりを誘うべきじゃないな」
「ぐう……なんであんた、そんなに消極的なのよ……」
「さっきも言っただろ。ソシャゲの方が楽しいんだよ」
そんな俺の言葉を聞いた花秦は、本日何度目かの呆れたような顔をしたあと、少し逡巡し、真面目な顔で俺に問うた。
「……本当に、叶えたい『願い』も何もないの?」
「無いこたないけど……そこまで惹かれないし。命張って世界を救ってまで叶えたいことは、無い」
そう。
魔王を倒した勇者一行の願いを叶える。これこそ、一般的高校生であるはずの我々のうち、41人中30人以上がモンスターうごめく郊外へと積極的に赴いて戦っている理由なのだ。
時は転移直後。件の異世界青空教室の終盤に、バニー天使は衝撃的な告白をした。それこそが、『願いを叶える特典』である。どうやらこの『願い』に関するルールはアプリにも一切書かれていなかったようで、アプリ未読マンだった俺以外のクラスメイトも驚愕している様子だった。
『願い』についての主なルールは、
・転移前と転移後の両世界の発展を大きく妨害しないものであること
・過去の出来事や常識を改変するような『願い』も可能
・魔王討伐に成功し、『願い』が叶って転移前の世界に帰った後、全勇者から『願いを叶える特典』についての記憶は消去され、適宜記憶が調整される
といったところである。他にも細かいルールはあるが、重要なのはこのくらいだろう。
バニ天いわく、『願い』についてはできるだけ秘匿しておかないと、無用な諍いを生んでしまうらしい。まあ、俺もなんとなくそうだろうなと思う。人間は嫉妬の生き物だ。
「人知を超えた『願い』に手を出したっていいことないよ。俺は等身大で生きる道を選ぶ」
「めんどくささが勝ってるだけなんでしょ」
「言い方を変えれば、そうだな」
学年トップ級の美少女はパンをちぎってその口へ放り、珍獣を見る目で俺を見る。
「面倒だから『宿組』なの、たぶんあなただけよ。他の『宿組』はみんな、臆病……優しい性格だから仕方なくモンスターとの戦いに参加せずにいるのに」
「臆病ってのは無いんじゃないか。ただの学生としては『宿組』こそ正常な反応だ」
「……言葉の綾よ。ちゃんと良い様に言い直したじゃない。あと、あんたはしょうもない例外だって言ってるのよ」
「俺にも気を遣った言い回しをしてほしいもんだな」
先ほどから出ている『~~組』というのは、我々高校生勇者の大まかな区分である。大体文字通りであるが、一応説明しておく。
まず、他の街やダンジョンにガンガン遠征する『冒険組』。20名程度がここに属する。程度、というのは俺が人数をはっきり把握していないからである。まあ、だいたいこのくらいだったと思う。
5〜6パーティに分かれているようで、パーティ分けはクラスでのグループと大体同じ感じ。修学旅行の班分けみたいなものだ。
ちなみに、委員長クンこと風間の率いるパーティがかなりの快進撃を推し進めているようだ。へぇ〜。
次点に、転移地点であるはじまりの街の周辺で鍛錬をする『鍛錬組』。10数名程度。花秦はここ。
スキルがサポート系だとか、単純に冒険パーティ結成からなんとなくあぶれたとか、そういう理由ですぐ遠征には出かけられないが、魔王討伐に協力するという意思はある連中。『鍛錬組』内でのパーティを組んでいる奴らもいるようだ。花秦はソロ。可哀想に。
冒険に出る前に基礎レベルを上げていたり(ゲームみたいにレベルの概念があるようだ)、サポート能力に特化して、はじまりの街に一時帰省した『冒険組』のサポート枠をやってる奴もいるらしい。ふ〜ん。
そしてこの俺、片渡佑翔の所属する『はじまりの宿組』。長いので『宿組』とも。10名もいなかったはず。
まあ、気を遣ってか婉曲的な表現をされているが、要は不参加組ということである。それ以外に特記することは無い。な〜い。
「俺たちは世界を跨いだ誘拐事件の被害者なわけで、魔王討伐に参加してやる義務は無い。『願い』を諦める代わりに、神の施しで悠々自適な生活をするのを選んだ。それだけだ」
そう言いながら俺はランチセットを完食した。お冷も飲み干し、ごちそうさまを言おうと手を合わせ……
「待った。逃がさないわよ」
「おっと」
俺の両手の間には花秦の右手。手を合わせるのを妨害されてしまった。
「食後の挨拶を妨害するなんて、行儀が悪いんじゃないか」
「まだあなたの食事は終わってないわ」
いきなり何を言い出すのだろう、この子は。俺の食器にはひとかけらもご飯は残っていない。だとすれば、残っているのは……
「はあ。何、お腹いっぱいなのか? 頼まれたら食ってやらんことはないけど」
「あげないわよ! お腹いっぱいだとしてもあんたにはあげない! そうじゃなくて……あれよ」
「あ、あれは……!」
俺は彼女が指さした方を見る。その先にあった衝撃的な物とは!?
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「くう……」
完全にやってしまった。
まさか、絶品フルーツパフェに釣られてしまうとは……
「おいしかったなぁ……」
それにしてもあれは本当に絶品だった。名に恥じないとはこのことだろう。食堂に行くたび宣伝の張り紙が目に入っていたので、ずっとうっすら気になってはいたが、まさかここまでとは……異世界の食事情も、ずいぶん発展しているようだ。
我々異世界勇者は、公共施設の利用は基本タダだが、それは高品質な生活必需品を提供してくれる、というだけなのだ。勝手に転移させて仕事をさせる見返りとして、衣食住、それに魔王討伐に必要な武器や防具、魔道具など、多岐にわたる潤沢な品が無料だが、スイーツなどの嗜好品はフルプライスを払わなきゃダメだよ、というわけだ。ニート勇者はもちろん所持金ゼロゴールドなので、社会福祉だけで腹を満たして他の勇者の魔王討伐を待って日々を過ごすのみ。悔しいかな、よくできている。
そんな折に、鍛錬の副産物を売ってこっちの通貨をある程度得ている花秦からの文字通り甘いお誘い。毎日のランチセットに辟易していたというわけではないが(日替わりでメニュー変わるし)、甘党の俺にあの誘いを断るだけの固い意志は無かったのだ。
晴れてニート卒業、明日の採取クエストとやらの同行の約束を取り付けられてしまった。
現在は夜21時。俺はスマホで音楽を流しながら、自室で一人くねくねしている。普段ならここから深夜までスマホを弄ってくねくねパーリナイなわけだが……
「あー、もうだるくなってきた……」
後悔先に立たず。確か、8時に宿のロビー集合だったよな。早く床に着いておいたほうがいいだろう。すっぽかしたら花秦に何されるかわかったもんじゃない。
明日の日中にスマホを弄れないなら、今日中に済ませておきたいソシャゲの諸々があるな。俺は異世界だけでなく電脳世界の勇者でもあるのだ。おおいそがし。
とっとと済ませて寝よう。そうして俺はスマホに手を伸ばした。




