第9話 未来の私へ、安易に約束しちゃダメです
3年生も卒業し、私達2年生が最上級生になり寒さも和らぐ啓蟄を迎えました。最後のクラス分けとなる進路選択は4人とも理系国公立を選択しめでたく来年も同じクラスになることが決定しました。相も変わらず図書室で勉強とアプリを嗜んでいると休み時間を迎えたとたんに知らない男子が私の肩に触れ私の時が止まる。
「よっ。普段図書室おるんや。」
とっさのことに全身に悪寒が走り拒絶反応を示す。
紗希 「ぃやっ!」
手を払いながら振り向き座ったまま後ずさりするとなんですかこの人という目で睨む。睨まれた方もなぜか呆然と立ち尽くしている。しまった。注目を集めてしまいました。でもなぜ触られたのか状況が分からずおどおどしていると由早も立ち上がり静かに問いただす。
由早 「何?」
怯える私と男子の間に体を入れ私を後ろに下がらせる。と同時に瑞希も立ち上がる。
瑞希 「氶くんそれお姉ちゃん。」
あ、瑞希の知り合いでしたか。でも「それ」ってひどくないですか?物じゃないですよ。いや知り合いだからと言っていきなり背後から触ってくるとかなかなかのチャラメンですね。瑞希さん友達は選んでくださいね。
氶太良「え?あ、ごめん。ほんま似とんな。」
いや、似ているもなにも後ろからじゃ区別つかないでしょ。進学校なのにお馬鹿さんが多いですね。入学希望者数減っちゃいますよ。彼の名は「空城」じゃなくて「谷八木 氶太良」親が某漫画のファンでこの名前を付けたらしい。時間とか止められるのですか?そう言えばさっき私時止められましたね。
瑞希 「どうしたの?」
私は触られた怒りが収まらないが瑞希はそんなことはお構いなしに話を続ける。
氶太良「いや、たまたま見かけたから声かけただけやけど。」
声かけるのと触るのは全然違いますよ。
瑞希 「今度からちゃんと確認してね。お姉ちゃん泣かしたら怒るよ。」
一応フォローは入れてくれたみたいですが、泣く程の事ってなにされるのですか、怖い。
氶太良「ごめん、ごめん。」
軽いですね。本当に反省していますか?声かけただけなら早くどっか行ってください。勉強とかアプリの邪魔ですよ。
氶太良「じゃあ、あ、お姉さんごめんね。」
右手を顔の前にしてごめんのポーズをとるとあっさりと引き下がり離れた席に腰掛け勉強を始めた。
紗希 「誰ですかあの失礼なチャラいの。」
私はまだ怒りが収まらず瑞希に詰め寄る。内弁慶。瑞希はそんなことないよと困った表情が見て取れる。そんなことあるのです。
瑞希 「部活の後輩のお兄ちゃんで谷八木氶太良君。」
それ知り合いなのですか?
紗希 「なんか遊び慣れている感じなので気を付けてくださいね。あれすぐ手を出しそうです。」
私の危機管理防災センターから警報が出ていますよ。不愉快。
由早 「確かにちょっとなれなれしいね。」
由早さん正解。由早は自分の所有物を勝手に使われた不快感のような雰囲気を醸し出していた。それは不正解。
瑞希 「いや・・・そんな事無いと思うよ。」
姉が不快な思いをした相手をなぜかばうのですか。あれの方がいいのですか?「それ」と言われたので「あれ」と対抗し器の小ささを露呈させる。瑞希の少しの違和感を見逃さず由早がありえない質問をする。
由早 「付き合っとん?」
え?暫時の沈黙が流れる。私は都花の方を向き「そうなの?」と視線を送るとゆっくりと首をひねり視線をそらされた。え?そういうことなのですか?お姉さん知らされていませんよ。当の本人はどこか遠いところに焦点を合わせて「んー」と考え込んでいる。考えがまとまってないのか確かめる様に一つずつ返事を返す
瑞希 「付き合ってはないけど、そんな知らない人でもないよ。」
「うんうん」と頷く都花に「そうなの?」とまた視線をやると、またゆっくりと視線をそらす。なにこの子かわいい。
由早 「いつからなん?」
芸能リポーターの様に由早の追及がつづく。
瑞希 「いつからとかは無いんだけど、初めて話したのは半年くらい前で中学生の妹さん迎えに来たときかな。」
知らなかった。半年間も気付かないなんてなかなかのステルス機能ですね。そして私は知らないのに都花は知ってそうですね。お姉ちゃんそれもショックですよ。
瑞希 「でも付き合ってはないからね。もう許してね。」
しかし私は追及の手を緩めない。
紗希 「でもすごくなれなれしかったですよ。肩とか触ってきて。それに付き合ってはの「は」はなんですか?」
私と由早に詰め寄られた瑞希は助けを求めて都花に泣きつく。
瑞希 「いっちゃん。由早ちゃんと紗希がいじめるよぉ。」
嘘泣きをして庇護欲をそそる瑞希の技だ。
都花 「もう許したげて。」
勢いよく瑞希の前に出て体を張って庇う。いえいえ。ここは都花のお願いでも聞けませんよ。面白くなってきたのでこれからですよ。自分の恋バナだと怒り心頭ですが、人の恋バナとなれば話は別です。悪い人ですね私。次はどの手で攻めようかと思っていると頭の中のフィラメントが刺激され電球に灯りが点るようにピンっとひらめく。
紗希 「バレンタイン・・・」
ここまでを口にしただけで瑞希の口元がかすかに引きつったのを私は見逃さなかった。
紗希 「渡しましたね。いっちゃん。」
予定を変更して瑞希ではなく嘘の付けない都花に聞く。この辺の機転というか性悪さは我ながら流石と感心する。
都花 「えーと。それを私が答えるのは・・・」
都花さんもうそれ答えですから。
瑞希 「いっちゃん!!」
都花 「あ!ごめん。」
語るに落ちるとはこのことですね。(定型文)
瑞希 「もう・・・渡しました。これで満足ですか。」
口を尖がらして不服そうに認める瑞希にもう少し聞きたいことがありましたが、ここで始業のチャイムが鳴り後ろ髪を引かれつつもこの話題は一旦休憩。しかし意外とあっさり認めましたね。まんざらでもないという事ですか?瑞希と谷八木が結婚した場合私は谷八木にお姉さんと呼ばれるとか気の早い妄想をしてしまいました。
放課後HR終了と共に教室を飛び出す瑞希とそれを追う都花。どうやら私たちの追及から逃れたいらしい。そんな事では逃げられませんよとスマホを取り出しLIMEを送る。「父上に報告する用意があります。至急戻られたし。」スマホをポチポチしながら由早と会話をしていると、きゅきゅきゅっと廊下と上履きのこすれる音が近づきてきた。不機嫌そうに教室に入ってくる瑞希に挨拶をする。
紗希 「おかえりなさい。」
都花もゆっくりと教室に入ってきた。何も言わずにバタンと鞄を机の上に置く。沈黙が流れるとしびれを切らした瑞希が口を開く。
瑞希 「もう、なんなん?」
紗希 「お姉ちゃんとして心配なんですよ。話してみ。」
嘘です。興味本位です。
瑞希 「家では言わへん?」
私のことは面白おかしく言ったのに自分のことは言われたくないとか虫がいいですねとか思いましたが、私と違いガチっぽいので嫌だというなら許容してあげなくはないです。
紗希 「正直に答えたら言わないですよ。」
私は嘘はたまにつくが、約束は違わない。瑞希もこの点は信用してくれているみたいです。
瑞希 「何がききたいの?」
ため息をつきながら観念したように力なく答える。
由早 「どっちから?」
観念した瑞希に由早がど直球を投げ込む。
瑞希 「氶君から・・・」
紗希 「でもOKはしていないと?」
こくんと頷く。
由早 「え?でもバレンタインデーは渡したの?」
確かに矛盾ですね。謎は深まるばかりです。なんでしょうかこの思わせぶりな態度。わが妹ながら魔性の女ですね。と勝手に認定していると都花が助け船を出す。
都花 「みぃちゃんはちゃんと断ったんだけど、「好きでいてもいい?」って言われて紗希ちゃんと違うから駄目ですって言えなかったの。」
都花さんそれ私を軽くディスってませんか?私が冷たい女みたいな。私の気のせいならいいのですが。
都花 「で、何回か話しているうちに仲良くなってきて、ねぇ?」
瑞希はなにも答えずにこくんとだけ頷く。
由早 「好きなん?」
おお。ぐいぐい行きますね。今度は下を向いてふるふると首を振る。このNOのサインは信用ならない。矛盾が多すぎますよ。
紗希 「キスした?」
この質問も我ながらおかしいでしょう。「好きなん?」に対し首を横に振った人にする質問ではないと思いながらもどうしても聞きたかったのですよ。こういうのは嫌いですが、正直興味が無いわけではありません。首をさらに下げた瑞希を心配して都花が庇う。
都花 「もうやめてあげて。由早ちゃんも紗希ちゃんもひどいよ。」
確かに悪乗りしすぎました。瑞希も下を向いたまま動かない。あれ?本当に怒っています?泣いています?どうしよう。由早も焦っているらしくちょっと挙動がおかしい。
由早 「ごめん。ほんまごめんって。もう聞かへんから、機嫌直して。はい、のど飴なめる?」
制服のポケットから慌ててレモン味ののど飴を出す。いや、のど飴は関係ないでしょ。受け取る瑞希。受け取るのですか・・・
由早 「紗希も謝って。」
あれ?3対1っぽくなっていませんか?由早はのど飴で許されたのですか?
紗希 「ごめんなさい。」
見えないでしょうけどぺこりと頭を下げた私に対して瑞希は無反応。都花の袖を引っ張って近くに呼ぶと都花がしゃがみその耳元に瑞希がささやく。
都花 「「許さへん。」・・・だって。」
自分でしゃべってくださいよ。口きくのも嫌ってことですか?
都花 「紗希ちゃんが悪いけど謝ってるから。ね、許してあげようよ。」
都花さん棘がありますね。ちょくちょく棘がありますよ。私の事嫌いですか?それでも私と瑞希の仲を取り持ってくれているのですね。主に瑞希のためだと思いますが。
紗希 「わかりました。どうしたら許してくれますか?」
また都花の袖を引っ張ってささやく。それいりますか?そのシステム面倒くさいな。
都花 「「ゆーこと一つ聞いてくれたら」・・・だって」
この返しは危険です。約束は違わないが信条の私は迂闊に「はい」とはいえないじゃないですか。小学生じみた金銭的要求もさることながら、幼稚園級の願い無限増殖法、はたまたバレンタインのような対人スキルが要求される事象は無理。どんな面倒事を提案されるのかと戦々恐々で尋ねる。
紗希 「具体的にはどう言う事ですか?」
都花 「「土曜日お買い物に一緒についてきて。」」
それくらいなら構いませんよ。もっと無理難題を言われると思っていたので拍子抜けです。
紗希 「わかったから機嫌直してください。」
都花 「ほんとにいいの?」
あれ?都花の意思で話しているのですか?瑞希に聞かずに答えているってことは何か知っていますね。どういうことでしょう、都花は瑞希の味方のはず・・・その都花をして「いいの?」と言わしめるって危険が危ないじゃないですか。
瑞希 「紗希ちゃん約束ね。」
時すでに遅しと瑞希が約束を確定させる。顔を上げた瑞希はいつもと変わらず穏やかな表情でも目の奥は笑っていない。ってさっきまでの沈んだ感じはフェイクですか?なんか約束させられるし、これ以上聞けない雰囲気だし、してやられた感が半端ない。
紗希 「ついて行くだけですからね。」




