第23話 煙は無くとも噂は立つ
今日は月曜日。気温も高くなかなかに過ごしやすい。電車も空いていて最寄駅から座ることができた。週の初めとしては良い感じです。そして今週を乗り切れば終業式です。これを乗り切ればしばらく誰とも合わなくていい。しかしなぜ今日は由早が同じ電車に乗っているのでしょう?いつもは2本後の電車に乗ってくるのに。私がお礼を言うかの監視ですか?
由早 「朝早いのも良いね。」
まだ少し眠そうに座ったまま『うーん。』と右手を挙げてその手を左手で掴んで背伸びをする。
瑞希 「座れるしね。」
そう2本あとの電車はほぼほぼ座れないです。
紗希 「で、なんでこの電車乗ってるんですか?」
由早 「姉妹水入らず邪魔しちゃった?」
瑞希 「由早ちゃんそれはないから。」
即否定の妹。ひどい。考えているようなので答えを待った。
由早 「もうすぐ春休みだし、なんとなくかな。」
いや、もう一年あるじゃないですか。春休みなんてあっという間ですし。と突っ込みたくなりましたが、穏やかに車窓から外の景色を見ている由早。暁天の碧霄に溶け込む彼女の黒髪に見とれ言葉が発せなかった。もう一年あるじゃない、もう一年しかないんだ。彼女の表情がそう言っているように思えた。
学校に着くといつもの通り身だしなみを整える。教室に入ると都花が出迎えてくれた。
都花 「みぃちゃん、紗希ちゃんおはよう。」
後ろからひょこっと由早が顔を出す。
都花 「あれ?由早ちゃん早いね。おはよう。」
瑞希 「おはよう。」
由早 「おはよう。」
紗希 「おはようございます。」
いつもの通り席につくとまた日常が始まると思っていましたが、なぜか視線を感じる。確認の為に周りを見渡すと一人の女子と目が合い意を決した様にこちらに向かってくる。え?なんですか?私何かしましましたか?
女子 「谷八木君と付き合ってんの?」
あーそれですか。この子も私と瑞希区別がついてないのですね。無言であっちと指をさし教えてあげます。
女子 「あ、ごめん。」
瑞希の方へ向かうのを確認してやれやれと鞄を開けて荷物を整理する。
女子 「谷八木君と付き合ってるんですか?」
え?何んで私にはため口なのに瑞希は敬語なんですか?区別ついていたのですね。ついてないのは情報提供者の方ですね。
瑞希 「友達だよ。もう直ぐ来ると思うから確認する?」
ニッコリと笑って応対するいつもの瑞希ですね。しかし目が笑っていない。都花も察しているようで表面上は微笑んでいるが笑っていない。何この二人。茶道部怖い。
女子 「あ、いえ、大丈夫です。」
女子も気圧されたのか恥ずかしいのか断りを入れる。そういうことを聞く時点で気があるか、ゴシップ大好きかしか無いと思うのに何がしたいのでしょうか?そこでひるむなら最初から・・・と思いましたが、前提が私が対象だったと思うとちょっとイラッとしました。
瑞希 「そっか。氶くんに何か伝えることある?」
瑞希が追撃をかける。前者であれば谷八木が瑞希に好意を寄せているのを知っていての勝ち戦をする気なのでしょうね。後者でもこの関係を継続したい谷八木が友達というのは確実。親切に対応している風ですがもはやトラップ。
女子 「あ、ほんと大丈夫です。」
この応対で敵を作らないとか本当どうなってるのですか。
由早 「みぃちゃん。すごいね。」
由早も感心しているようです。我分身ながら感心します。そこに状況を知らない上の丸と日富美が登校してきた。
蒼甫 「おはよう。」
宗磨 「おっはよう。」
日富美が息を荒くして私と由早に駆け寄る。
宗磨 「瑞希ちゃんと氶って付き合ってんの?」
私と由早はポカーンです。いや貴方それ本人に聞いてくださいよ。ってか今その話で瑞希さん少し機嫌がすぐれませんでしたよ?先ほどの女子も気になるようでそれとなくこちらをうかがっている様子です。
由早 「あかんわ。間が悪いわ。」
独り言のようにつぶやく由早に日富美は理解できずに私に説明を求めている様子ですがスルー。そこに渦中の人谷八木が登校してきた。
氶太良「おはよう。」
数人の視線を集めた谷八木は「?」という表情で回りを見渡す。
瑞希 「おはよう。友達の氶君。」
そう言ってにっこりと挨拶を返した。
氶太良「え?」
都花 「おはよう。」
都花も会話を流すかのようにあいさつしましたが谷八木の耳には入っていかないようです。瑞希のあまりにも無慈悲な「友達」という言葉が彼の思考を駆け巡っているようです。「俺、何かした?どうしたの?」とか聞けたらいいのでしょうが今の彼は冷静に判断ができずに膠着しています。
由早 「こじらせるから早くクラスに戻らせて。」
見かねた由早が日富美に促す。
宗磨 「お、おう。」
なんとなく状況だけ理解した日富美が話をそらし、谷八木を自分のクラスへと誘う。そして始業のチャイムが鳴りいつも通りの自習が始まる。いつも通りの図書室にいつも通りのメンバー。しかし谷八木は挙動不審なのが離れていても伝わってきます。魂が抜けたかのようにうなだれたかと思うと、鋭い眼差しでこちらを窺ったり。これを放置しているとストーカーになるのでしょうか?瑞希さんも気づいているくせに放置とかひどいのではないでしょうか?とか思っていたらそれとなく辺りを見渡した瑞希が立ち上がりごく自然に谷八木の横を通り過ぎた。目で追いかける谷八木と言葉は何も交わさなかったものの私は紙切れが机の上に置かれたのを見逃さなかった。それに気づいた谷八木を観察する。折りたたまれた紙を広げた谷八木は食い入る様にその紙切れを見つめた。みるみる表情が華やいできた。何が書かれていたのでしょうか。恐るべし瑞希。しかしこれでいつも通りの日常に戻りました。ん?日常に男子4人が含まれているのは腑に落ちない様な気がします。
そして放課後を迎えた。細かい事はさておき日常は最高です。今日も20の駒をかけたゲームにいそしみます。アッシェンテ。
由早 「今日はてごわいね。」
紗希 「『今日は』とは心外ですね。」
私の方が7:3くらいで勝っているのに上から目線とかありえません。今日は調子がよさそうなので攻勢をかけます。
由早 「みぃちゃんの半分くらいあったらいいのにね。」
由早は劣勢ながらも突破させてくれない。なかなか辛抱強い指し筋ですね。半分くらいというのは気を使っての表現でしょうか。要は私が0なので足して2で割れということなんでしょうね。逆を言えば瑞希は・・・と考えていると視線を感じたこんなところで視線感じるのは奴しかいない。
静臥 「あ、ごめん。」
私の視線に気づいた茶園場が私の視界に入らない場所に移動した。それはそれで気が散るのですが。
紗希 「何か用ですか?」
以前なら「邪魔です。どっか言ってください。」と言うところです。どうです。成長しましたね。
静臥 「あ、いや。ちょっといいかな。」
今対局中ですよ。しかも優勢。指し間違えたらどうする気ですか。対局中だよねという雰囲気を醸し出して由早の方を窺う。
由早 「あ、私はいいよ。どうぞ、どうぞ。」
そうだった。いい加減学習しようよ私。由早がこの場合こういう返しをするのは考えればわかることで。
静臥 「ごめん。ここだとあれなんで。」
あれって何ですか?自分の言いたいことだけを言って茶園場は廊下に出てしまいました。このまま放置プレーで行かないという選択。
由早 「紗希ちゃん。」
由早ママの圧に勝てるわけもなくすごすごと立ち上がる私。
紗希 「わかっていますよ。準備とかあるじゃないですか。」
何の準備?と自分でも思いましたがそこは長年の付き合いで酌んでくれたようです。
由早 「そうやね。じゃあいってらっしゃい。」
しぶしぶ送り出された私は外野の視線が気になりましたが、今回は誰もこちらを気にしていない様で好奇の目にさらされることなく教室を出ることができました。部室の前に茶園場はおらずずっと先の階段の踊り場に彼を見つけました。そんなに遠くまで行かなくても。逆に何を言われるのか怖いですよ。
静臥 「ごめん。こんなこと僕には関係ないとか言われたらそれまでなん・・・」
何ですかこの人。予防線とかいらないですよ。普段はしっかりしてるっぽいのになんだか今日はおどおどしていますね。それは面白い。
紗希 「いや、主文をお願いします。」
おどおどした表情が意を決した表情になる。怖いしいい予感がしない。
静臥 「あ、ごめん。その、金ケ崎さんって誰かと付き合ってる?」
ほら・・・え?なにそれ?想定外です。
紗希 「え?瑞希と間違えてるんじゃないですか?」
ここにきて私と瑞希を間違えるとかありえないです。ほんとに好きなんですかね?
静臥 「いや、妹さんと谷八木じゃなくて金ケ崎さんと日富美。」
わけが分からないことだったので意味を理解するのに時間がかかりました。
紗希 「ありえないですよ。だいたいどこ情報ですか?」
面白くありませんが、出所が気になる好奇心。私が答えるまでの時間緊張していた茶園場の表情が和らぐ。何それあると思ってたのでしょうか?
静臥 「うちのクラスの女子の間で結構有名な噂になってるよ。」
彼の周りの女子はろくなのがいませんね。学生の本分は勉学ですよ。
紗希 「で、鵜呑みにして、確認して、本当だったら諦めてくれたのですか?」
もしそうだとしたら誰にも言わないでね的な感じで嘘をつくのもありかと。
静臥 「いや、そういうわけじゃないんだけど。」
あぁ、まどろっこしいですね。
紗希 「ほら、こういう質問するって性格悪いじゃないすか?どこがいいのですかね?容姿ですか?」
容姿なら仕方ないですね美少女で心をざわつかせて申し訳ないです。
静臥 「いや、じゃなくて・・・」
じゃないんですか!傷つきますね。じゃないとしたら責められたい人ですか?
紗希 「え?マニア?」
畳み掛ける私の言葉が終わると一瞬間を取って茶園場はこらえきれないといった感じで笑い出した。
静臥 「ご、ごめん。そのまんまの感じというか、つんとしているのに和む感じがね。あぁ、もちろん容姿も好みです。」
容姿が付け足しみたいで腑に落ちませんが、彼に慕われたところで仕様が無いのでいいですけど。
紗希 「じゃぁ、噂は事実無根なので。」
静臥 「あの・・・」
紗希 「これ以上いるとまた茶園場さんと噂になりそうなので失礼します。」
静臥 「ダメかなぁ?」
紗希 「迷惑です。」
茶園場の表情を見ることもなく私はその場を離れた。部室に戻ると由早が一人で棋譜を並べていた。あれ?さっきの勝負は?何も聞いてくる様子はなかったので由早の正面に座った。
由早 「で?」
あ、やっぱり報告いるのですね。
紗希 「私が日富美さんと付き合ってるって噂が流れているらしいですよ。」
私は取るに足らない事だと伝えるテンションで由早に話した。
由早 「ないわぁ。受けるね。」
無いのは同意しますが受けません。
紗希 「迷惑です。」
由早が棋譜を並べることを止めて駒を並べ始めたので私もそれに応じて並べ始める。さっきの勝負はなかったことになっているのですね。
由早 「で、茶園場君は心中穏やかではなかったのでその確認もしくは玉砕覚悟のアタックですか?」
おお、すごい由早さん見ていたみたいですね。
紗希 「そんなところですね。」
由早 「そしてその紗希の態度だとけんもほろろというわけやね。」
私が振り駒をして由早が先手となった。3四歩を何でもお見通しという感じにパチンと自信ありげに指した。
紗希 「また嫌な思いしたくないですからね。」
私も7六歩で応戦する。しばらく無言で指し続ける。意外と集中できこの試合はかろうじて私が勝った。
由早 「で、どうするの?」
色々な噂や好意に対しての身の振り方の質問なのでしょうが、正直ピンとこない。煩わしい。放っておいて欲しい。だんだんと思考がマイナスに向いてしまい由早にあたってしまった。
紗希 「由早には関係ないです。」
由早 「そ。」
しまったと思いましたが由早のあっさりとした回答に何も言えなくなりました。無言で帰る帰り道。なんか気まずい。校門に瑞希と都花を待たせているのでそこまでに何とかしなくては。
紗希 「あの・・・」
由早 「何?」
こわっ。由早さんこわっ。声のトーンが怒っていらっしゃるのを物語っていますね。
紗希 「いつも心配をかけて申し訳ないです。」
由早 「だね。」
ちょっとイラッとしますがここは下手にでないとですね。
紗希 「言いすぎました。機嫌を直していただけないでしょうか?」
由早 「じゃあ茶園場君と仲良くできる?」
あかん条件が来ました。由早とは仲直りしたいがこの条件は飲めません。
紗希 「無理です。」
ごめんなさいのきれいなお辞儀をする私。これだけははっきりしています。無理。
由早 「やっぱりダメかー。」
くすくすと笑いながら私の腕をグイッと引っ張る。下を向いていた私はバランスを崩しこけそうになる。
由早 「危ないなぁ。」
危ないのは由早が引っ張ったからだし、機嫌が別段悪くなさそうだしもう訳が分かりません。
由早 「よし。こっちもごめんね。競争。」
何か吹っ切れたかのようににこっとして校門へと駆け出した。つられて私も駆け出すが頭の中で複数の「?」が存在しましたが、瑞希たちと合流し雑談をしていると何時の間にか忘れてしまいました。




