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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
新章 トライゾン決着編

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帰宅

長く更新できなくてすみません。

お待たせいたしました。

 藍華が目を覚ましてから一週間が経った。

 其の間に藍華は蒼空といずなに会い、新しく仲間になったという白鬼隊のメンバーを顔合わせをしませた。

 そしてまるで死んだように眠る舞子の見舞いにも行った。

 誰もが藍華の目覚めを喜んでくれたというわけではなかった。

 ソルダの中でも異例が続く藍華のことを不気味に思う職員も居た。其れでも其の殆どが目に涙を溜め「良かった」と言ってくれた。

 けれど、実感はない。

 隼人の許可を得て特別に藍華は愛睦と一緒に家に帰った。

 外の世界は藍華が知っている日本とは全く違った。すぐ其処に一面の海が広がり、漁船と思しきものや軍艦のようなものもある。

 大きなデパートのようなものはなく、テレビで観た小さな何世紀か前の日本の年号が『昭和』だった頃をイメージさせるような町並みだ。

 「此処が今の家よ」

 そう言って連れてこられた家には確かに愛睦の部屋も藍華の部屋もあった。だが、当然のことながら帰って来たという感じはない。

 「意外に散らかっていないのね」

 「お節介な連中がお節介をして来るからね」

 「だろうね。あなただけじゃあ此の家は今頃、ゴミ邸よ」

 ははは、と笑いながら家に入る。

 視界の隅で僅かに愛睦が笑ったのが見えた。

 たった二年。けれど、されど二年だったのかもしれない。

 藍華が眠っている間に変わったのは日本における状況や環境だけではない。愛睦も変わってしまった。

 昔は甘えん坊で我儘で時々、本気で憎んだこともあった。

 けれど今、藍華の目の前に居るのは二年前よりも背が伸び、少し大人びた顔をする姉。

 甘さや我儘さを完全になくすことは出来なくても状況をしっかりと判断し自分なりに動くことのできるようになった、背伸びをすることを覚えてしまった双子の姉だった。

 「かなり苦労をかけたみたいね」

 「暮らしに困ってはいないよ。藍華がソルダをしていたからということで暮らしに困らないだけのお金は貰えているし、しいて言うのなら少し娯楽が足りないから暇かな」

 「そう。確かに此処じゃあ欲しい本とかは手に入りそうにないわね。でも、インターネットは充実しているでしょ」

 「其れでも足りないよ」

 冗談を交えながら藍華は愛睦と一緒に部屋を見て回る。と言っても豪邸と言うわけではないから五分もあれば十分だ。

 家の中はどれも簡素で、何の感情も入っていない様な冷たさがあった。そういうふうに感じるのは此処がまるで自分の知らない他人の家だからだろうか。生まれ育った家の気配を持たない。そんなことを悲しんでいることに藍華は驚いたのだ。

 自分が思っていた以上にあの家に固執していたことに。ただの窮屈な箱だとしか思っていなかったのに。

 だが、一四年も暮らしていたのだ。情が湧いても可笑しくはない。

 「授業にエヴァンジルやサウロンについて今は学ばせているのね」

 愛睦の部屋の中に在った教科書は一般教養だけではなくクリミネルについての教科書もあった。

 手に取ってパラパラとめくってみるとかなりオブラートに包まれ、いろいろ省略されてはいるがクリミネル発足に至るまでの歴史が簡単に書かれていた。

 そして其処には司令官として父勝成とソルダの開発者として仁美の写真が載っていた。

 「正直、最初は分からなかった。急に戦争みたいなことが起こって、お母さんやお父さん、其れに藍華も居ない状態で日本を脱出して。私が全てを知らされたのは全てが終わってからだった」

 「・・・・・」

 「お母さんとお父さんは死んだ。藍華は植物状態。何が何だか分からなかった」

 「・・・・・・愛睦」

 「あの家で、私だけが部外者だった」

 「っ」

 愛睦の目から大量の涙が零れ堕ちていた。

 基本的に仁美に甘やかされて育った愛睦。仁美が愛睦を怒ることはなく、愛睦が泣くような状態になったことがなくて此れが藍華が記憶する限り初めての愛睦の涙だった。

 「ごめん、ごめん、愛睦」

 そんなありきたりな言葉しか出て来なかった。

 抱きしめた愛睦の体は小刻みに震えていた。怖かったのだろう。怖くが無いはずがなかった。其れでも彼女は一人耐え続けて来たのだ。

 ただ一人の家族となってしまった藍華を失うかもしれないという恐怖に。


 私達は家族だった。

 でも其れは心通うものではなく、お互いに何処か余所余所しいものでまるで同じ家に住んでいるだけの他人だった。

 仁美と勝成は藍華と愛睦をソルダの実験にした罪悪感があったのだろう。

 藍華自身も自分のことを見てくれない二人をそういう連中だと飽きらめていた。

 なんという皮肉だろう。

 私達は失って初めて知ったのだ。

 本当はお互いのことを気にかけている、何処にでも居る普通の家族と変わらなかったことに。

 お互いに言葉が足りな過ぎて、すれ違っていただけのただの家族だったことに。


 「ごめんね、愛睦」

 藍華の目からも涙が一筋流れた。

 零れる涙がこんなにも温かいのは其処に心が宿っているから。

 其のことにもう少し早く気づけばよかったと藍華は肩にあたる愛睦の涙の温かさを感じながら自嘲した。

 そしても二度と同じ過ちを繰り返さない様に、愛睦と手を取り合って必ず此の地獄を生き残って幸せになろうと思った。


 藍華は此の時、本当に意味で手に入れたのだ。

 死ねない理由を。生きたい理由を。

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