弱さから目を背けた代償は大きかった
前回の更新からかなり長い間開けてしまい申し訳ありません。
引き続き「戦慄のクオリア」をよろしくお願いします。
隼人が出て行き、遠子も久しぶりの家族の再会なので気を遣い病室から出て行ってしまった。其の為病室には藍華、愛睦、フェイクの三人だけになった。
誰も口を開きはしない。重たい空気が辺りを漂う。およそ、家族の感動の再会には程遠い空気だ。
藍華の目は愛睦にもフェイクにも向いてはいない。
彼女は静かに外を見つめていた。
愛睦にとっては二年と言う月日が流れていたとしても藍華にとっては朝目が覚めた時と同じ感覚なので全ての出来事が昨日のことのように思い出される。
其のせいで此の二年であったことを簡潔に報告されても直ぐには呑み込めなかった。そんな混乱を察してか愛睦とフェイクはただ黙って藍華を見つめた。
「Amazing grace how sweet the sound
Taht saved a wretch like me.
I once was lost but now am found,
Was blind but now I see.」
藍華は何となく口ずさんだ歌に愛睦は苦笑する。
「久しぶりに聞いた」
「私、愛睦の前で歌ったことあったっけ?」
愛睦は静かに首を左右に振った。其の眼には僅かだが涙が浮かんでいた。
「でも、何度か聞いたことがった。無意識なんだろうけど、一人の時によく口ずさんでいるのを」
つまり愛睦は盗み聞きをしていたといことだ。暗にそう示唆する愛睦に藍華は苦笑した。
彼女の目が濡れているのは久しぶりに聞いた藍華の歌声で漸く家族との再会を実感することができたからだ。
母も父も死に、唯一の生き残りである双子の片割れはいつ目覚めるかも分からない状態。そんな中幾ら見知った人の支えがあったとしても不安と恐怖は埋まらなかったのだろう。
勝成の死を隼人から聞かされた藍華は心の中で哀しい嘲笑した。
母に裏切られているとも知らずに死んだ哀れな父と。けれど其れを知らずに死ねてある意味では幸せだったのかもしれない。
「其の歌は」
今まで黙っていたフェイクが愁いを帯びた悲しい笑みを浮かべながら囁くように言った。
「あなた方がお腹の中にいる時に黒崎博士・・・・仁美さんが歌っていたのです」
「・・・・・」
藍華は目を見開きフェイクを見つめた。愛睦もなんとも言えない顔をしている。
「穏やかに微笑みを浮かべながら、大事そうに日増しに大きくなるお腹を撫でながら」
「何故、あなたが其れを?」
「・・・・俺は黒崎仁美と来須翔真の息子です。あなた方とは父親違いではありますが兄になりますね」
愛睦は既に知らされていたのだろう。驚くこともなく静かに其れを受け入れていた。
藍華は混乱する頭で、でも来須と黒崎博士が恋人であったことは事実なので間に子供がいても可笑しくはないと思い至り、混乱は直ぐに引いた。
けれど同時に最初の子であるフェイクをソルダ開発の実験に使った母を赦せないとも思った。
彼女にとってはやはり復讐が大切だったのだ。子に対する愛情よりも何もよりも。
母はいつだって冷たかった。「愛している」と言われたことも言ったこともない。いつも事務的な会話しかしない。冗談を言って笑い合った記憶などない。
自分がソルダだと其の為に生まれたのだと知らされた時も悲しくはなかった。母にとって自分はただの道具。道具に人間と同じように愛情を注げなど土台無理な話だと。
でも藍華には記憶があった。
白い服を着た女性が椅子に腰かけ大きくなった腹部をさすりながら藍華が幾度となく口ずさんだ歌を紡いでくれる記憶。
記憶の中の女性は幸せそうで、でも何処か愁いを帯びていて其の矛盾した感情が歌にも表れていた。
記憶の中に焼き付いて消えない記憶の女性が母であるなら彼女は自分達が生まれるのを本当に心から待っていてくれたのだ。其れは道具の誕生を喜ぶマッドサイエンティストではなく、子を持つ母親としての姿。
其れでも彼女がこんな狂気にも似たことをしてしまったのは忘れられなかったからだ。
彼女は情が深すぎた。
家族に対する愛情が深すぎた。
後悔は毎日波のように押し寄せ、徐々にけれど確実に彼女本来の心を呑み込み、狂気と言う嵐に変えた。
戦争が彼女を狂わせたのだ。
毎日、毎日、ソルダとして大きくなる子を、ソルダとして機械的に戦う子を見て母は何を思っただろう。
今となっては知る術すらない。
失われてしまった。
其れが拒絶し、歩み寄りを諦めてしまった藍華と愛睦が支払った代償
「・・・・して」
絞り出すように藍華の口から声が漏れた。
嗚咽も同時に零れそうになり藍華は奥歯を嚙み締めた。
あふれ出る涙を誰にも見られたくなくて両手で顔を覆った。
「どうして、もっと早く言葉を重ねなかったのだろう・・・・・・どうして、理解してあげられなかったのだろう」
もう遅い後悔を人は幾度となく繰り返す。
人間とはなんて愚かな生き物だろうか。そんな自嘲さえ今の藍華には忌まわしい。
「・・・・・して、気づかなかったのだろう」
「仁美さんも同じです」
ただ静かに兄は言う。
「弱さに目を背けたのは何もあなただけではない。仁美さんも、勝成さんも、愛睦さんも、そして恐らくは来須翔真も、其れに俺だって」
誰もが弱さを抱えている。其れに気づくのはいつだって何か痛手を負った時。
「後悔はいつだって先には立ってくれない」
噛み締めるように呟くフェイクの言葉に愛睦はそっと目を逸らし、藍華はただ泣き続けた。
静かな、落ち着く色合いを意識されてつくった石の塊に彼女の噛み殺した鳴き声だけが悲しく響いた。




