第一二章 先へⅣ
藍華は来須の姿を探していた。
「止まれ、黒崎藍華」
藍華の前に白鬼隊三人が立ちはだかる。
「ラポーム」
白鬼隊の身体能力は高く、普通の発動では勝てない。そして時間もない。だからこそ藍華の取る行動は一つだった。
体を悲しい色のした炎で包まれ死んでいった鷹人の光景が脳裏を過る。あの炎は命の灯。戦いの中で傷ついたものがコアが、そして其れを扱うソルダが流す涙の色だった。
だからこそ悲しくはあっても怖くはない。生きて帰ると約束した。ならば生きる為の最善をとらなければならないのだ。たとえ其れが死と隣り合わせの行為であっても。
「エヴァンジル最大解放。ラポームよ、わが命を吸い高まれ」
全身の筋肉が悲鳴を上げる。髪は白く、目は赤く染まった。そう、白鬼隊のように。
「なっ、我らと同じだと」
驚く白鬼隊の女に隣の男が声をかける。
「落ち着け。報告によると、日本のソルダは白鬼になった後直ぐに死んだそうだ。どうせ奴も」
「同じ」だと言おうとした瞬間、男の体は宙に浮いていた。
「ゼフェル」
「ルルーシャ、前」
「えっ?」
宙に浮かび、地面に激突するゼフェルに気を取られていたルルーシャは一瞬で間合いを詰めて来た藍華に気づかなかった。
「ルルーシャ」
「イスファーン」
藍華からルルーシャを助けようとしたイスファーンは藍華のラポールに払われ、壁に激突。其のまま意識を失ってしまった。
「どうして、同じ白鬼なのに。どうしてこんなにも違いの!」
赤子の腕を捻る様に容易く倒れていった仲間を見てパニックになっているルルーシャに藍華は告げる。「覚悟が違う」と。
覚悟。そんなものは確かに白鬼隊にはない。生まれた時から戦うことを運命づけられ、其の為だけに生かされてきた。守るべきものも守りたいと願うものもない。そんな状態で覚悟など決まるはずもない。
仲間は二人やられた。応援が来るまでにはまだ時間がかかる。自分も敵に倒されるのなどルルーシャは思った。だが、藍華は抵抗しないルルーシャの横を通り過ぎるだけで特に手出しはしなかった。
「私を、殺さないの?」
「何故?」
「私は敵よ」
「邪魔をするなら排除する。だが戦意喪失した人間にかまけているほど暇ではない。其れにあなたは何か勘違いをしている」
「勘違い?」
「私は誰も殺していない」
そう言われてルルーシャは慌てて二人に駆け寄った。脈はしっかりしている。二人とも気を失っているだけだった。
「どうして、敵なのに」
「敵ならば殺さなければならないのか?」
「私達には其れが常識だった」
「同じ人間でも?」
「そうよ。私達は殺して来た。サウロンに憑依された人間も、そうでない人間も」
「そう」
たった一言で片づける藍華に驚き、目を見開いた。
「生きる為に必要ならそうすればいい。私には必要ない。だから殺さない。其れだけだ」
そう言って藍華は再び走り始めた。そんな藍華をルルーシャはもう追おうとは思わなかった。
白鬼隊やただの研究員、訓練された軍人も中には居た。だが藍華は誰一人殺さずに先に進んだ。
「黒崎藍華」
藍華の前に立ちはだかったのはブルーマだった。藍華が厄介と考える国境の虎
「仲間が助けに来て勢いづいたか。だが、逃がしはしない」
「将軍はご存知ですか?此の研究所が本来は何の為に作られたのか」
「何を急に」
「私の国でトライゾン製の時空転送装置が何体も発見されています。そして其の場所には必ずサウロンが出現します」
「何が言いたい?」
「突如として現れ、世界を侵略したサウロン。其れが一人の人間によって作られていたということです」
驚愕に満ちた目を一瞬だけしたが直ぐにブルーマは状況を見極める為に藍華の観察を始めた。さすがだと藍華は舌を巻いたが勿論、馬鹿正直そんなことを態度に出しはしない。
「来須翔真と黒崎仁美は蘇生実験をしていました。そしてサウロンは其の過程で生まれた」
「そんな馬鹿な話があるはずがない」
「でも、将軍だっておかしいと思っていたのでしょう。幾ら此処が研究所で研究員しか居なくても現場監督を務めていらっしゃるご自分に入れない場所があるなんて」
「其れは」
確かに疑問に思っていた。けれど軍人である以上与えられた任務を完璧にこなすべきだ。私情は要らないと疑問を封じ込めていたのは事実だったのでブルーマは反論できなかった。
「私は来須翔真を探しています。彼だけは何とかしなければまた同じことを繰り返すだけです」
「トライゾンは今日本軍と交戦中。だから彼は此の機に乗じて逃げ、新たなる場所で再び蘇生実験を再開し、其の結果生まれるサウロンと悲劇を止める為か?」
「ええ。サウロンがいなければソルダに意味はない。なら、もう必要ないでしょう。其れに此れ以上の激化はまずい気がします」
「まずい?」
「魔女狩りですよ」
クスリと藍華は自虐的に笑った。だがブルーマには直ぐに藍華が何を言いたいのか分からなかった。
「サウロンとの戦いが激化すればするほどより強いソルダが生まれます」
「其れはまぁ、そうだな。倫理には反するが、生き残る為にソルダの強化は必須だ」
「じゃあ、戦いが終わった後は?」
此処で漸く藍華が何を言いたいのか理解したブルーマは今度こそ隠さずに驚愕した。
「そう、平時に置いて戦時下での英雄など虐殺の象徴に過ぎない。ソルダは強すぎる」
「だが、サウロンから人々を守ったのも事実だ。そんな、魔女狩りなど」
「憑依された人間も殺しています。幸い、日本のソルダにはまだ居ませんが。其れでも戦いが終わればソルダの居場所がなくなる。戦いが終わって全てが幸せになるなど夢物語。現実は其れほど甘くはありません。
フランス革命の英雄ですらも魔女狩りにあい、処刑されているんですよ。同じことが自分達の身に起きないと何故言えます?」
ブルーマは答えられなかった。
人間は優しいが、優しいだけの生き物ではない。生きる為なら何処までも残酷になれる。其れは日本ではソルダ、トライゾンでは白鬼として具現化されている。
「分かった。ただし私も同行しよう。其れと首輪は外しておく」
藍華は「魔女狩り」のことしか言わなかった。其の先のことは敢えて言わなかったのだろう。だが、ブルーマには藍華が本当は何を危惧していたのか分かる。
そう、魔女狩りが始まれば、ソルダは嫌でも自衛に走る。そうなれば今度は人間とソルダの闘いになるのだ。何の因果か。
「ありがとうございます。では、行きましょう」
藍華から外れた首輪は地面に落ちた。此れで漸く自由の身になったが安心してはいられない。まだ、やるべきことがあるのだから。
「嗚呼、行こう」
翔真は研究室の裏口から逃げる為に走っていた。手には今までの研究データがあった。まだ研究は成功してはいない。だから、此処で死ぬわけにはいかなかったのだ。
「待ちなさい、来須翔真」
藍華とブルーマが漸く翔真に追いついた。
「今君の仲間が大勢押しかけてきたせいで忙しんだ。用なら後にしてくれるかい?」
「私もそうしたいのは山々ですが、そういうわけにもいかないんですよ。研究室に開かずの扉がありますよ。許可がなければ入れない。其処には白鬼が居ました。やせ細り、お世辞にも健康的とは言えない子供達でした」
「そうか、見たのか」
翔真には悪びれた様子が全くない。
「手に持っているものは蘇生実験と関わりあるものですね」
「其処まで知っているのか」
「では、本当にそんなことをしていたのか!」
藍華の後ろに控え、成り行きを見守っていたブルーマが初めて怒鳴り声を上げた。
「ええ、していますよ」
「何て悍ましいことを。天罰が下るぞ」
「もう下ってるでしょう。サウロンなんて未知の化け物による侵略が」
そう言って翔真は拳で壁を強く殴った。すると藍華、ブルーマと翔真の間を分けるように上から壁が下りて来た。
「防護壁」
茫然とブルーマが呟いた。
「待ちなさい」
慌てて藍華が防護壁の中に入ろうとしたが間に合わなかった。完全に防護壁が閉じる前に翔真は最悪の事態を二人に突き付ける。
「そうそう、此処に来る前に自爆スイッチを入れておいたからさっさと逃げた方がいいよ」
「なっ」
「じゃあね」
翔真の気配は完全に防護壁の向こうへと消えた。
「やむを得ん。此処は撤退しよう。黒崎藍華」
「ええ」
悔しみを滲ませながらも藍華とブルーマは防護壁に背を向けた。防護壁が閉じた以上は裏口からの避難は無理だ。仕方がなく藍華とブルーマは正面突破するしかなった。ただ、裏口近くまで来てしまったので正面の出口まではかなりの距離がある。爆発に間に合うかは分からない。
「翔真」
何とか研究所を脱出できた翔真を仁美が後ろから呼び止めた。
「・・・・仁美」
まだ研究上内に残っていると思っていた仁美が知らない間に外に出ていたことに翔真は少し驚いた。
「君も逃げて来たのかい?いやぁ、運が良いね。あの戦火の中を逃げれたのだから」
「ええ、本当に運が良いわ。たまたま用が合って裏口の近くに居たの。そうしたらあなたと藍華の話し声が聞こえてね」
「そうか、全部聞いていたのか」
「あなたがサウロンを作っていたって本当?」
「サウロンというよりも蘇生実験をしていただけなんだけどね。サウロンは其の副産物だよ」
「どっちでも同じよ!」
仁美の眼は涙で濡れ、顔は歪んでいた。
「私の家族はサウロンに殺されたのよ!」
「知っているよ。だから君には本当のことを言わなかっただろ」
「私は、私はサウロンを倒す為にソルダを、自分の子をソルダに」
「嗚呼。君はとても良い働きをしてくれたよ。特にあの黒崎藍華って子はとても興味深い被験体だ。ソルダの回復力も応用すれば私の実験に大いに役立つ」
此の人は何処までいっても実験にしか頭がない。其処に居る人間のことなど目には入っていないのだろう。そんな人を何故自分は愛してしまったのだろう。
「あなたの為に勝成さんも裏切ったのに」
仁美は翔真に銃口を向けた。其れは護身用に彼女がずっと隠し持っていたものだ。其のことからもきっと自分は心の底では彼のことを疑っていたのだと仁美は初めて気がつき、くだらない恋愛ごっこだったなと自虐的に笑い、引き金を引いた。
白銀の中乾いた銃声が鳴り響き、純白のベールを赤く汚した。
其の様子を少し高い位置から辰巳が見ていた。
「キュン」と泣き、タマが辰巳の上をよじ登り肩にまで来た。
「やぁ、タマ。お使いご苦労様」
頭を撫でるとタマは嬉しそうに頭を手に擦りつけてくる。
「辰巳様、行きましょう」
「そうだね。藍華ちゃん、縁が合ったらまた何処かで会おう」
眼下では研究所が爆破され燃えていた。何の色もない場所に燃え盛る炎はまるで其処にだけ力強く花が咲いているようで美しかった。
「辰巳様」
「分かっているよ」
辰巳は促されて黒服の男と一緒に其の場を後にした。
第一幕は此処で終了となります。此処まで愛読下さりありがとうございます。
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