第一二章 先へⅢ
藍華を救出に向かったのはクリミアからは伯明率いる部隊とソルダ二名、他は日本軍(クリミアとの繋がりはなく三〇年前までは日本の国土を守る為に居たが現在ではただのお飾りとなっていた)。
片足を失った状態のいずなが何故か両足を揃えて、立って歩いて来た時にはクリミアも隼人も驚いた。
「私も黒崎の救出に向かわせてください」と強い意志を仁美に宿したいずなを隼人は見つめた。自身の覚悟を推し量ろうとする目にプレッシャーを感じながらもいずなは負けじと隼人を見つめた。すると、ふと予期せずして緊張で満たされていた空気が一気に軽くなり、隼人の口元には笑みが刻まれていた。
「いいだろう」という隼人の言葉には当然、クリミアもいずなの両親も反対を示したが隼人は完全無視をしていずなに言った。
「ただし、検査をして異常がなければだ」と。
そうしていずなは藍華救出作戦に加えられることとなった。出立の際、植物状態となった舞子に必ず藍華を連れて戻ることを伝えて。
舞子の母もいずなの両親も泣いていた。
「必ず帰って来てね」と舞子の母は言った。
「あなたが決めたのならもう止めない。其の代わり約束してね。何があっても生きることを諦めないって。必ず此処に帰ってくるって」
「勿論よ、母さん」
「いずな、お前は強い子だ。父さんと母さんの自慢の娘だ」
そう言って見送ってくれた三人を抱き締め、彼らの温もりを心に刻んでいずなは日本を立った。
乗り込んだヘリには蒼空、伯明、夏帆や顔見知りもいるが殆ど知らない人間が多かった。そして一番厄介なのが日本軍だ。
救出作戦の前に隼人が言っていた。
「今回は戦争になる。そうなると当然、クリミアの軍隊だけでは足りない。だから日本軍にも参加してもらうが、彼らはクリミアと違ってソルダは身近にない。其のせいか『ただの子供』という認識を持って不快な思いをさせるかもしれないが、作戦が終了するまで極力いざこざは避けてほしい。
情けない話だけれども、子供の君達に大人になって対応してほしい」
総理というのはもっと偉そうな人だと思っていたが、思ったよりも若く、そして人の好さそうなタイプに見えた。
しかし、子供に大人への対応を望まれる大人とは実に情けないとトライゾンへ向かうヘリの中で思っていたいずなの耳に日本軍の情けない声が聞こえた。
「何で、餓鬼が乗っているんだ」
作戦前に説明は受けていたはず。其れでも敢えて大声で罵りの意味を込めて聞く人本軍とは確かに総理の言っている通り、大人げないといずなは心の中で溜め息をついた。
「餓鬼の出る幕じゃねぇだろ」
「いや、隊長ただの餓鬼じゃないですよ。此奴らはソルダって化け物なんですから」
伯明も蒼空も完全無視をしている中でいずなは視線だけを動かし『隊長』と呼ばれた男を見た。人相の悪い巷の破落戸共と変わらないなという印象を抱き、気づかれる前にいずなは視線を逸らした。
「餓鬼が足手まといなんじゃねぇの」
関わり合いになりたくないから無視をしていたクリミアだったが、クリミアの兵は態度や口にこそ出さないが、今まで命がけで戦い自分達を守って来たソルダを馬鹿にされていることにい苛立ち始めていた。
「なぁ、お嬢ちゃん」
隊長と呼ばれている男がいずなに近づき、いずなの後ろにある壁に手をついた。そうすることで顔を近づけ、人相の悪い顔で笑顔を作られると何とも下品な笑みになるなといずなは今知られたら殴り合いの喧嘩になりそうなことを心の中で考えていた。
「こんなほそっこい腕で本当に戦えるのか?俺はお守りは御免だぜ」
隊長はいずなの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。微動だにしないいずなの代わりに伯明が隊長の腕を掴み、いずなに触れる前に止めた。
「其の辺にしときな。仮にも軍人。作戦前に支障をきたす恐れのある行為は止めてもらいたい」
「何だと?一般人が偉そうなことをほざいてんじゃねぇよ」
日本軍にとってクリミアの軍隊は一般人と分類されているようだ。だから此処まで侮られる。実際にはクリミアの方が彼らよりも経験豊富な百戦錬磨の軍人だとは考えない。
日本をサウロンから守る為に戦い傷つき、其のせいで死んでいった仲間も大勢いる。其の中で安穏とした日々を過ごして来た人間に一般人扱いされるのはクリミアからしたら身の程を弁えろという話だ。
さっきまで態度に出さない様にしていたクリミア軍から明らかな怒りが放出された。勿論、其れを感じないほど日本軍は馬鹿ではない。
「何だ、やろってのか?」
「お前ら、止めておけ」と制止する伯明を隊長は「黙れ腰抜け」と言って殴り倒した。其れは余計にクリミアに怒りをつけた。
ヘリの中での内部分裂。ヤバいと思った時、獣の牙が隊長とクリミア軍の間を割る様に飛んできた。
「其の辺にしておけとおっさんは言わなかったか」
今まで黙っていた蒼空は立ち上がり、クロを発動させていた。
「日本軍の人もさぁ、俺達みたいな餓鬼にちょっかいかけんなよ。今回の作戦は総理の配慮で俺達とアンタらは殆ど関わらない。なら、何処で誰が死んだかなんて作戦の最後にしか分からないんだから足の引っ張りようがねぇだろ」
いつもの蒼空なら完全に売られた喧嘩は買っていた。だが、今回は違う。言葉を選び、場を整えようとしている。舞子や藍華の救出でいろいろ忘れていたが鷹人は死んだのだ。そして蒼空は鷹人の弟。
だから蒼空は鷹人の代わりをしようとしているのかもしれない。現に、隣に座るいずなには彼と鷹人が重なって見えた。其れは勿論、伯明にも同じだった。
日本軍の侮辱はクリミア全体の侮辱。其れは死んでいった仲間に対する侮辱でもあるのだといずなは感じていた。
「餓鬼が生意気ぬかしてんじゃねぇぞ」
隊長は蒼空の胸倉を掴み、殴りかかろうとした。だが、蒼空は動かず隊長を見つめた。其の目は殴りたきゃ殴れよと語っている。
戦いでの経験は少なくとも喧嘩の経験は誰よりも豊富な隊長だ。此処で彼を殴れば自分の敗北が決まる。そう確信した隊長は乱暴に蒼空を放して、席に戻った。
一触即発の雰囲気はまだ残っているが、取り合えず蒼空のおかげで何事もなくトライゾンに到着した。ヘリがトライゾンに着く少し前に既についていた艦隊がトライゾンの研究施設に向かって派手な砲撃をしていた。トライゾンは其れに対抗すべく、砲撃を日本艦隊に向けている。
艦隊が囮だとは気づかずに既に開戦していたのだ。
「派手だね。じゃあ、こっちも行くか」
何て呑気に言う伯明を鼻で笑い、先に日本軍がパラシュートを背負ってヘリから飛び降りた。彼らは表から突入し内部の敵を蹴散らし、派手に暴れまわる。つまり、彼らも囮なのだ。そして、別動隊として伯明率いる部隊といずな、蒼空が裏から研究所に乗り込んで藍華を探し救出する。
「ちょうどいいかもしれない」
「何が?」
天井裏から様子を見ていた藍華は後ろに同じく天井裏から下を見ていたコウににやりと笑いかけた。コウは背筋がゾクリとなるような嫌な気配を感じた。
「様子から見て此処に来たのは日本軍。そして此処は今、混乱状態」
「そうだな」
「脱出する前に戦利品ぐらいあってもいいじゃない」
「戦利品ならもう」と言ってコウは先程パソコンからコピーしたメモリーカードを見せた。
「そっちじゃないわ。彼らが持っているソルダの研究データよ。彼らはソルダの寿命を延ばす可能性のある薬を既に開発しているわ。其れを盗むのよ」
「・・・・確か、君達は二〇歳までは生きられないんだったね」
「理論上はね。既に一人、戦闘とは別の意味でソルダから死者が出た」
藍華は鷹人のことを思い出し、顔を悲しみで歪めた。
「・・・・肉体の限界が来たのよ」
「そうか」
理論と現実は違う。藍華自身、後どれくらい生き残れるのか分からないのだ。
「なら研究データを管理している所に行こう」
「ええ」
藍華とコウは天井裏を伝いながら目的の場所を目指した。
研究のデータを管理しているところにはまだ研究員が居た。また日本軍も其処まで進軍してはいないようだ。今のうちにとでも考えたのだろう。彼らは持てるだけの研究データをかき集めていた。
命あっての物種というが彼らにこそ其の言葉が不釣り合いな人間性はないだろう。此処まで進軍されていないのなら着の身着のまま逃げた方が生き残れるのにと藍華は呆れ半分関心半分で思った。
「私が片づける。終わったら下りてきて」
「了解」
およそ一四歳の少女が口走るには不釣り合いな言葉が当たり前のように出てくる。其れほど彼女が修羅場を経験してきたのだろう。運命とは残酷だとコウが一人感傷に浸っている間に藍華は研究員を全員倒していた。非戦闘員である彼らを倒すのは藍華にとって造作もないことだった。
「殺したのか?」
「気絶させただけよ。其れよりデータを」
「分かった」
コウがデータをコピーしている間、藍華は周りに気を配っていた。
「よし、終わったぞ」
「なら此のままあなた天井裏を使って脱出して」
「お前は?一緒に行かないのか?」
「会わなきゃいけない人が居る」
「・・・・・分かった」
一四歳の少女を此の場に残すのは心苦しいが非戦闘員である自分が残ったら絶対に足手まといになると判断したコウはあっさり彼女を置いていくことを決めた。状況判断の速さと己を知っていること。其れは簡単なようでいて難しい。しかもこんな小娘相手なら尚更。
でもそんなことを一切に気にせず、大人として扱ってくれる彼を藍華は好ましく思った。
「俺には妹が居る。美玖ってんだ。日本に帰ったら会ってくれ。きっといい友人になる」
「ええ」
「気を付けて」
「あなたも」
二人はお互いの手を強く握りあい分かれた。コウが天井裏に上り、完全に気配が消えた所で藍華も動いた。




