第一二章 先へⅡ
話は少し前に遡る。
コウが天井裏から開かずの扉の先に進んでいる頃
藍華はベッドの上に居た。特に何もすることもなく、何かをしたいと思うこともなくただ汚れ一つない純白の天井を見つめていた。其処へ辰巳が飼っているコツメカワウソのタマが来た。
タマの首には鍵のようなものがつけられていた。以前、辰巳が藍華の部屋を訪れた際、タマの首には何もついていなかった。わざわざ藍華の部屋に以前にはなかった奇妙なものをぶら下げて来たということは辰巳からの贈り物ということになる。
何を考えているか分からない男からのプレゼント。裏に何かあるといのは分かっているが、無視することもできず藍華はタマの首についている鍵を取った。
藍華の知る中で鍵のかかっているドアは一つのみ。だが、藍華の部屋の前には白鬼隊の誰かが必ず張り付いている。藍華は自由に動くことは許されているが監視付になる。捕虜なのだから当然だろう。寧ろ、自由を許されていること自体が有り得ないのだ。
藍華は鍵を持ったまま一応、部屋の外に出てみる。すると其処に白鬼隊の見張りはいなかった。藍華は後ろにひょこひょことついて来るタマを見つめた。
「此れもお前のご主人様の計らいか」
タマは可愛らしく首を傾ける。もし、タマに人間の言葉が話せるのならば「なんのこと?」と言いそうな仕草だ。
藍華は肩を竦めて気になっているドアへ向かうことにした。辰巳の言いなりになるのは非常に不愉快だが、手をこまねいていても仕方がない。
ドア付近になると監視カメラの数も減り、最終的になくなってしまう。本来なら、藍華が一人で歩いているところを監視カメラで見ている誰かが上に知らせて然るべき処置がとられるのだろうが、誰も来ないところを見るとどうも辰巳はいろいろと策を弄し、監視を手薄にしているようだ。
辰巳は味方ではない。だが、完全に自分の敵だと言い張ることもできないのも現状。今の状況が辰巳の独断専行なのか誰かの指示によるものなのは不明だが考えても仕方がないことは考えないようにする。
其れに藍華の見張りのつもりなのか小さな足を動かして、タマがぴったりとついて来る。だが、藍アは気にせず、ドアに鍵を差した。思った通り、ドアは開いた。
そして今に至る。
藍華は、携帯用のカメラで写真を取ったり、データをUSBにコピーしている男を見つけた。
「何をしているんですか?」
藍華には男の背中しか見えなかったが明らかに緊張しているのが分かる。振り返った男は藍華を見て、驚き、其の後直ぐに安心した。声をかけた藍華が驚くぐらい彼は分かりやすい態度を見せた。
「黒崎藍華」
「私をご存じで?」
「一方的にになるがな。俺はジャーナリストの流コウ。此処には篝隼人の依頼で来た」
「総理の?」
「嗚呼。此処のデータとかまぁ、いろいろな」
「つまりスパイですか」
「平たく言えばそうなるな。ところでお前はどうやって此処に入ったんだ」
藍華は視線を後ろに向けた。つられてコウも見ると胸を反らし、藍華が此処に入れたのは自分のおかげだと言いたそうにしているコツメカワウソを見つめた。
「此の子の主人が此処の鍵をくれたんです」
「其れ、明らかに罠だろう」
「でしょうね。でも、動かないわけにはいきませんから」
「大した度胸で」
「あなたはどうやって」
「俺はあそこから」と、言ってコウは天井を差した。
「何のトラップもなかったのですか?」
「嗚呼」
此処には監視カメラもない。其れなのに部屋にも天井裏にもセキュリティは施されていない。警備がザルとしか言いようがない。其れとも此れも宮家辰巳の為せる業なのかもしれない。
「分かったことを教えて頂いてもよろしいですか?」
「嗚呼。ちょうどコピーも終わったところだ。けど、念の為隠れよう」
コウが再び天井をさすので仕方がなく藍華もコウに続き、天井裏に行くことにした。
「まず、此処で研究されているのは蘇生方法だ」
「蘇生?」
「嗚呼。しかも驚くことに。日本の市街でサウロンが出現しただろう。しかも、旧市街から来たわけでもなく、突然出現した」
「ええ」
「三〇年前、世界に突然現れた時と同じだ。そして、日本で見つかった時空転送装置」
藍華はコウが何を言いたのか察し、顔色が青ざめてた。
「トライゾンが世界にサウロンを送り込んだって言いたいの?」
「察しが良くて助かる」
コウは肯定した。簡単に肯定するが其れはとても受け入れられるものではなかった。
今、世界がサウロンによって苦しめられている。おまけに、世界のせいで日本だけではない世界の人口が半分以上は減っているのだ。そして、今も減り続けている。此れは紛れもない、世界に対するトライゾンの背信行為だ。
「正確に言うと、トライゾンの中でも知っている者は極一部に限る。多分、あの『将軍』って男は知らない。お前の母さんもな。知っているのは来須翔真と宮家辰巳。其れからトライゾンの上流貴族ってところだ。王家は知らないだろうな」
「何故?最高権力者なのに」
「今の女王テレサ・マックフェイスは一六歳で世間知らずのお嬢様。家臣の言いなりだ。家臣も建前上は敬ってはいるが軽視している。お前を此処に連れて来たのだって王女様はお前が世界の為に喜んでトライゾンと手を組んだと思っている」
「日本に戦争を仕掛けてきたのよ。其の為の軍事費だって動いたはず。其れにかなりの軍も動かされているのよ。其の様子を見たら幾ら何でも疑問に思うでしょう」
「だから世間知らずのお嬢様なんだよ。其れを見ても疑問に思うどころか『道中気を付けてね』と笑顔で送り出す不始末。こういうのはまず使者を立ててお伺いを立てるとかの段取りを一切知らない」
藍華は呆れて開いた口を閉じることができなかった。
「成程、だから此処で行われていることは知らないのね」
「嗚呼」
きっと彼女は国主である以上「知らなかった」では通らないことにすら知らないのだろう。
何も知らない。其れはある意味で幸せな頭だと藍華は思った。
「其れで、話を戻すけど蘇生実験とサウロンの関係は?」
「蘇生実験の過程で生まれたのがサウロンなんだ」
驚きのオンパレードで停止しそうになる思考を藍華は根性で動かした。
「実験ってことは元になるものが当然あるはずよね」
「嗚呼。実験の元になっているのは人間だ。此処最近ではソルダも使っているみたいだがな」
藍華は思い出した。初めてサウロンと戦った日のことを。ディアーブルは言った『同じ』だと。其れはやはり自分達も同じ人間だと言いたかったのだろう。其れを思うとやるせない気持ちと知らなかったこととはいえサウロンを殺し続けて来た自分に吐き気を感じだ。そんな藍華に気づいたのかコウは心配そうな表情をする。
「大丈夫か?」
「ええ、問題ないわ。そろそろ私が居ないことに研究員が気づくかもしれないから戻るわ」
「嗚呼」
バンッという爆発音と地響きが二人を襲った。
「何?」
いきなりのことだった。
「此処じゃないな」
まだ、爆発音と地響きは続いている。
「もしかして、此の研究所は攻撃を受けているんじゃないか?」
絶え間なく続く爆発音と地響きは砲撃されていると推測するには十分の要素があった。
「急いで戻ろう」
「ええ」
「一体、此れは何事です?」
研究所と繋がっている王城にも爆発音と地響きは伝わっていた。
テレサの護衛を務めているルドルフ・トロイヤードは冷静な表情を崩さず、テレサの質問に答えた。
「日本軍から砲撃をされているようです」
普段と変わらないルドルフの口調だけ聞いていたら業務報告と誤解しそうになるが其の内容はテレサにとって信じられるものではなかった。
「何故です!今はサウロンという未知の生命体と戦う時。人間同士で争って何になるのです!」
「自業自得ではないでしょか」
怒りを露わにするテレサに対し、ルドルフは何処までも冷静で何処までも無表情だった。
「自業自得とはどういう意味ですか?」
「トライゾンは黒崎藍華欲しさに日本に戦争を仕掛けたのですから、彼女を取り戻す為にも報復という意味で攻撃をされるのは仕方がないことです」
「何を、何を言っているのですか!あなたは!我が国が戦争を仕掛けるなど愚かしい」
「何故、そう思われるのですか?」
「何故って、今はサウロンと戦い勝利するのが人類の共通認識です。同じ人間同士で争うなど」
「其れはあなたの考えではありませんか、女王陛下」
「我が国の総意です」
「いいえ、国民も臣下もあなたの人形ではありません。ですので、あなたの意を汲み動くとは限らない」
「何を言っているのですか、あなたは」
テレサは本気でルドルフが言っていることが分からなかった。
サウロンを倒さなければ世界は存続が難しく、だから今は人間同士手を取り合って生きていくというのはテレサにとって当然の考えで、自分が考えていることは自分よりも優れた臣下なら当然分かっている事実のはず。
『あなたの意を汲み動くとは限らない』
其れはつまり、分かっていてもそう動く保証がないということだ。其処がテレサには理解できなかった。
彼女は知らないのだ。
自分達が生き残る為ならたとえ同じ人間でも蹴落とすことができる。人間にはそういう一面があることを。
「将軍は言っていました。黒崎藍華さんを招くと」
「其の為だけに動かすには軍事費がかかりすぎています。第一招くだけならあんなに軍人を連れていく必要はありません」
淡々と告げるルドルフにテレサは怒りを覚えた。
「知っていて、何故言わなかったのですか!」
何故、教えてくれなかったのかと怒るテレサにルドルフは変わらず無表情で答える。しかし、其の瞳には確かに侮蔑の色があった。だが、人の腹を探ることを知らないテレサは気づけなかった。
「少し考えれば分かることです」
逆に何故分からなかったのだと暗に問うてくる。テレサはそんなルドルフに持っていた扇をぶつけた。ルドルフならば避けることはできただろう。だが、彼は動かずテレサの扇が額にあたっても顔色一つ変わらなかった。其れが余計にテレサを苛立たせた。
「声明を出します。直ぐに降伏を。黒崎藍華さんには謝罪と一時的に日本への帰還許可を出してください」
「一時的ですか?」
「謝罪をした上で此方からもう一度黒崎藍華さんの協力を要請するのです」
「日本が応じるとは思えませんが」
「いいえ、此方の誠意を見せれば応えてくれるはずです」
何処から其の自信は来るのだとルドルフは心の中で突っ込んだ。
そもそも戦争を仕掛けておいてもう一度同じお願いをするなど恥さらしだと言われても仕方がない。だが、彼女は恥だとは思ってはないだろう。
謝ればいい。誠意を見せればいい。と本気で思っている。
反省をし、誠意を見せても過去は無かったことにはならず其の為に失われた命があることなど考えもしない。
此の世には平気な顔で悪事に手を染める者がいることすら知らない。世界は清いのだと、人は何処までも優しい生き物なのだと信じて疑わない。純粋で哀れな我が国の女王をルドルフは見つめた。其の先に祖国の悲しき未来を見るように。




