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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第一一章 母娘Ⅲ





 藍華の検査結果

 遺伝子異常により睡眠、食欲については麻痺している為本人は何も感じてはいないが疲労は徐々に蓄積されていることが分かった。

 此れが続くと生命維持に係わるのでコアが睡眠、食欲が必要ないように体を作り変えていることも同時に判明した。其の為、今の藍華は人間のように睡眠も食欲も摂る必要がないのである。此処まで進化したソルダは少なくともトライゾンには居ない。

 「遺伝子抑制剤を服用させたら元に戻りますかね?」

 辰巳の質問に翔真は藍華の検査結果を睨みながら何やら深く考え込んでいる。

 「仁美、お嬢さんに移植されたコアは特殊なものだったのか?」

 「いいえ、ごく普通のものです」

 「なのにお嬢さんだけが此処まで進化したのか」

 「コアの認知によってコアとの対話は可能。もしかするとコアは黒崎藍華の意志によって進化するのか」

 少し離れた所で作業していた瞳には翔真の呟きは聞こえなかったようだが、隣で一緒に藍華の検査結果を見ていた辰巳には聞こえていた。

 「薬を服用させてみますか?」

 「いいや、要観察としよう。此の検査は日本でもしたのだろう」という問いは仁美に向けられたものだった。

 「はい。藍華自身には何も伝えてはありません。というか、検査をしたのは私なので此のことには直ぐに気づきましたが、検査結果を改ざんしたので日本で知る者はいないでしょう」

 と、仁美は断言した。

 隼人が検査した時はまだ進化の途中だったので此処までの結果は出なかった。定期的に検査をし、藍華の生活に変化がみられるようになってから検査結果にもはっきりと異状がみられるようになったのだ。





 其の頃、藍華はサウロンの気配を感じることのできるコアの案内に従いって通路を歩いていた。勿論、後ろには白鬼隊が三人ついている。昨日の連中とは違うメンツだ。其のせいか、日本のソルダである藍華に明らかな敵意を剥き出しにしているのが分かる。どうやら白鬼隊と言っても様々居て、中には意志のある者も居るようだと藍華は自分の中で白鬼隊の認識を改めた。

 ともかくサウロンの気配を辿っていくと真っ白な両開きのドアに行き着いた。中に入ろうとしたがドアは開かなかった。どうやら此処から先はパスがないと入れないようだ。

 「随分と、此の研究所に興味を持って頂いているようだな」

 背後から威厳のある声がした。白鬼隊は慌てて通路の隅により敬礼をした。

 「ブルーマー・クリフト。階級は将軍だ」

 「日本国ソルダ、黒崎藍華です」

 ブルーマーは値踏みをするように無遠慮に藍華を見つめた。不快ではあったが顔には出さなかった。

 「此の扉の先が気になるのか?」

 「適当に歩いていたらたまたま行き着いただけです」

 「其の割には淀みなく此処まで来たように思えるが」

 どうやら最初から藍華の様子を見ていただ。

 此の研究所には至る所にカメラがあるので監視を藍華をつけなくても様子を見るのは可能だ。其のことには勿論、藍華も気がついている。其れでも彼女は首を傾け「何のことでしょう」と問いかける。其の表情は本当に何を言われているのか分からないと見受けられるのでブルーマーは内心、大した演技力だと藍華を褒めた。

 また、監視カメラで監視されていたことも先程のブルーマーの発言から全てを見られていたことにも関わらず其れでも表情に出さずにとぼけて見せる藍華の肝の据わり具合にブルーマーは関心した。

 「此れで一四歳とは恐れ入る。我が隊に欲しい人材だな」

 ブルーマーの言葉に口こそ挟みはしなかったが控えていた三人の白鬼隊はあからさまに顔を歪めた。

 「お戯れを。祖国を攻め、力任せに連れて来た者が仮にトライゾンのソルダになりたいと志願してあなたは其の者を信じることができますか?

 味方のフリをして背後から刺す。というのは常套手段だと私は思っています」

 仁美のことを示唆しているともとれる言葉だ。だが、笑顔と言うベールを羽織った藍華の真意を読み解くことはブルーマーにはできなかった。辰巳と同じ人種だと藍華が知れば激怒しそうな感想を抱いたことは勿論、藍華も気づいてはいない。

 「だからこそ、部下を信じる必要はない。キリがないからな。私はただ部下を使うだけだ」

 「そうですか。ところで、其のお顔はサウロンに?」

 「嗚呼」

 ブルーマーは顔の上半分を黒い蝙蝠のような仮面で隠していた。初対面で此の姿に驚かないものはまずいない。だが、藍華に気にした様子は見受けられない。勿論、驚いたに決まっている。其れでも顔に出さなかったことでブルーマーの藍華に対する評価は更に上がった。ますます欲しい人材だと思った。

 「国境の虎の噂は知っています。さぞ、サウロンを恨んだでしょうね」

 「そうだな。だからこそ私は歩みを止めるつもりはない。サウロンは根こそぎ狩る。其れが私の職務だと思っている」

 「其の為に私は必要とお考えですか?」

 「君はとても器用なサンプルだ。白鬼隊が更に進化できる可能性を持っている」

 此の扉の向こうからは間違いなくサウロンの気配がする。研究所内を見た限りではクリミネルと同じように白鬼隊の隊員を作る為に保存されているサウロンは確かに居た。だが、其れとは別に此の扉の先からするサウロンの気配。

 「時に、将軍。此の扉の先には何があるんですか?」

 「パスがなと入れないので詳しくは知らない。白鬼とは別に人造人間の研究だそうだ」

 「人造人間?ホムンクルスのような?」

 「質問されても私は其の答えを持ってはいない」

 「失礼ながら将軍は此処で最も高い階級に位置するとお見受けしますが、其の将軍でも入ることができないのですか?」

 「確かに此の中では高位だ。だが、研究所は研究者の領分。素人の私が関わるべきことではない」

 ブルーマーの意見は尤もだ。其れでも藍華には引っかかった。上司ですらも入れない領分があってもいいものなのだろうか。だが、捕虜の分際で其処まで介入すべきではないと藍華は思ったので口には出さなかった。

 ブルーマーと別れた後は特にすることもなかったのでぶらぶらと研究所内を歩き回り、研究者達がコアを取り出すところを見学したりなどしていた。そんなことをしていると当然、会いたくもない人間に会ってしまうのは仕方がないことでもある。

 同じ研究所内に居れば何処かで必ずは会ってしまうものだ。

 「あまり、うろつかないでくれる。迷惑よ」

 仁美は溜息交じり冷たい言葉を冷たい眼差しと共に投げつけた。慣れっこである藍華は其処で激怒するような子供じみた真似がしない。

 「何処に行こうが私の勝手です」

 「自分の立場が理解していないようね」

 「理解していますよ。あなたに騙されて此処まで誘拐された捕虜だと。あなたこそ自分の立場を理解した方がいい」

 「日本が此処まで攻めて私を裏切り者として処断するとでも思っているの?」

 藍華の言葉を日本は必ず自分を奪還する為にトライゾンを攻め落とし、そして裏切り者である仁美はただではすまなくなると解釈した仁美は鼻で笑い飛ばした。対して藍華も「あはは」と声を上げて軽く笑った。

 「裏切り者は裏切られるのが常。来須翔真の愛故の行為でしょうけれど、私には彼があなたを愛しているようには思えませんね」

 「彼が私を裏切ることはないわ」

 「同じことを黒崎指令もあなたに対して思っていたでしょうね」

 勝成のことを言うと僅かだが仁美の眼が揺らいだ。どうやら多少なりとも心はあったようだ。だが、二人はまだ知らなかった。勝成がもう此の世には居ないことに。

 「聞きましたよ。サウロンとあなたの因縁」

 「誰に聞いたの?」

 「其れって重要?」

 重要なことではない。仁美にとって触れられたくない過去なので余計なことを言った人間に怒りを覚え反射的に聞いてしまっただけだ。

 「家族を目の前で殺されて、サウロンを憎んで、そして家族を守れなかった己の無力さを呪いましたか?」

 仁美の答えなど期待していなかったのか、興味がなかったのかおそらく両方なのだろうが、藍華は彼女の返答を待たずして話し始めた。しかもわざと仁美の傷口を抉るような方法で。

 「ソルダはあなたの憎しみの権化みたいなものですね」

 「黙りなさい」

 仁美の眼には怒りの炎を揺らめいていた。だが、藍華は止めなかった。仁美の怒りを嘲笑するように彼女は続けた。

 「妹が居たんだってね。もしかして、愛睦にそっくりなんじゃないですか?」

 「あなたには関係ないでしょ」

 「そう、関係のないことだった。でも、巻き込んだのはあなた。自覚がないわけではないはずよ」

 仁美は答えなかった。其れを肯定ととった藍華は更に言葉を紡いだ。

 「妹に注げなかった愛情を愛睦に注いだ。そして非常に不愉快なことながらあなたにそっくりの私をソルダとしてサウロンと戦わせることによって自分ができなかったことを私にさせた」

 藍華は再び嘲笑を仁美に向けた。

 「くだらない家族ごっこ。くだらない復讐ごっこ」

 「ごっこですって!」

 怒りで握りしめた手は力が入りすぎて真っ白になっている。だが、仁美は気づかずに更に力を籠め藍華を睨みつける。

 「ええ、ごっこですね。だって愛睦はあなたの妹じゃないし私はあなたじゃないもの。あなたは私達をあなたが失った者に見立てて起こった現実に蓋をしただけ。

 私も愛睦もあなたの第二の人生ではないし、私はあなたの復習の道具になるなんて真っ平ごめんよ」

 言うだけ言って藍華は踵を返した。一人残された仁美の眼にはまだ怒りが宿ってたが其れとは別に悲しみもまた宿っていた。

 藍華の言ったことは全て事実だった。

 自分にそっくりの藍華を嫌悪した。無力で家族が殺されるのを黙って見ることしかできなかった自分を思い出す。藍華を見ているとまるで自分を見ているようで嫌だった。

 けれど愛睦は違った。妹の、時子の生き写しで。失ったあの頃の幸せが戻って来てくれたとさえ思ったのだ。其れが全て自分の弱さが作り出した幻想ぐらい仁美には分かっていた。

 でも、どうすればいいのか分からなかった。どんなに言い訳をしても自分が赦せなかった。其の分、自分にそっくりな藍華も赦せなくなった。藍華は関係がないと分かっていた。其れでもどうしようもない感情が渦を巻き仁美の体を縛るのだ。

 三〇年前、世界に突如として現れたサウロン。

 通常兵器は効果がなく、人間はあまりにも無力だった。たくさんの人間が目の前で死んでいった。たくさんの街が滅んでいった。家を失い、家族を失い、一人生き残った仁美は憎しみを糧に生き続けた。其れ以外に生きることができなかったのだ。

 憎しみを捨てた時、何も残っていない現実に耐えられず自ら死を選んでいただろう。三〇年経った今でさえあの頃のことを思い返すとそう思うのだ。

 其れが正しいとは思わない。でも、間違っている糾弾するなら答えを教えて欲しかった。

 仁美の行為を糾弾する人間は居ても答えを教えてくれる人間は一人もいなかったのだ。


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