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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第一一章 母娘Ⅱ

 「いつも、発動時は消耗が激しいんですか?」

 一通りの検査を終え動けなくなった藍華を部屋まで送ってくれた辰巳は寝台に彼女を寝かせて聞いた。

 「サン・グラールを発動したらこうなります」

 「大変ですね」と、辰巳は本心で思っているのか疑問に思うぐらい能天気に言った。

 まぁ、他人事だし他国のソルダのことだ。彼が藍華を心配する義理は何処にもない。

 「そう言えば聞きました?来須先生と黒崎さん、君のお母さんの仲のこと」

 「いいえ」

 「どうして聞かないんですか?」

 「興味がありません。其れに日本では裏切り者もしくはトライゾンの間者が居る可能性が示唆されていました。状況から見て黒崎博士のことだったのでしょう。其れだけ分かれば十分です」

 「本当にそうですか?」

 藍華はベッドに横になったまま椅子を持って来て腰かける辰巳を見つめた。居座る気満々のようだ。

 辰巳はニコニコしながら藍華を見ていた。今の藍華の状況を面白がっているようにも見えるが、細く開いた目の奥にはギラギラと光る闇色が存在していた。

 「本当はそうでありたいんでしょ。傷つきたくないから真実を知ろうとはしない。其れを知られたくないから興味がないふりをする」

 図星だった。でも、其れを今日会ったばかりの何を考えているか分からない優男に教えてやる気はなかった。だから小馬鹿にしたような笑みを浮かべ「いつから心理学者に鞍替えしたんですか?」と、皮肉ってやった。

 すると彼は「あはは、そうですね」と笑った。

 本当によく分からない男だと藍華は思った。

 「来須先生はね、とても凄い人なんですよ」

 話が急に分かり、聞いてもいないことを辰巳はべらべらと話し始めた。

 「一二歳で科学ノーベル賞を受賞した天才。君のお母さんとは元恋人関係。元カレの為に此処までするってことはまだ来須先生に未練でもあるんでしょうか」

 辰巳の表情は変わらない。人に警戒心を抱かせない為なのか、其れが元からの彼の顔なのかは分からないが、彼は人の好い笑みを浮かべたまま話続けるので藍華は黙って聞くことにした。

 彼の考えていることが分からなかったからだ。

 彼が考えなしにこんな話をしているとは藍華には思えなかったからだ。勿論、母親に裏切られた哀れな娘を同情して話してくれているようにも見えない。真意を探る為にも藍華は彼の話を聞くことを選んだのだ。

 「君のお母さんも天才です。一四歳の時にハーバード大学の博士号を修得。しかもサウロンに対抗する為、君達ソルダを世界で初めて造った人もであります。此れから先も世界が続くのなら歴史に名を刻まれそうな人ですね。

 ねぇ、藍華ちゃんは知っていますか。どうして、彼女がソルダを造ったのか」

 問いかけの形式を取ってはいたが彼は決して藍華からの返答を望んでいるわけではなかった。其れが分かったから藍華は返事をしなかった。

 「黒崎さんの家族はね、サウロンに殺されたんです。彼女の目の前で。父親も、母親も、妹もみんな。そして彼女一人だけが生き残った。

 頭の良い人は哀れですね。馬鹿なら人の遺伝子にコアを移植しようなんて考えつかなかったでしょう。そうすれば罪人クリミネルになんてものにならなくてすみました。

 来須先生もね、頭が良いから普通の人では無理なことでも自分にならできるって思って、其れを実行しようとしているんです。其れがどんな罰を生むか考えもつかない。頭の良い人って実は馬鹿なんじゃないかって私は時々思います」

 話の途中で懐に隠れていたコツメカワウソが出てきてきゅんと甘えて来たねので辰巳はいったん話を中断して「コツメカワウソのタマです」と藍華にタマを紹介し、タマの頭を撫でた。タマは気持ちよさそうに自分の頭を辰巳に擦りつけている。

 「あなたはどっちなんですか?」

 頭が良いのか、其れとも馬鹿なのか。藍華は聞いたが彼がニコリと笑みを深めただけで答えてはくれなかった。

 「藍華ちゃん、こんな諺を知っていますか。

 虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」

 其れは仁美や来須がもし此の先も世界が続くのなら歴史に名前が残るといった話に繋がっていた。其のことに藍華は直ぐに気がついた。

 「世界を救った英雄として歴史に名を刻まれるのか、其れとも・・・・・。どっちなんでしょうね」

 ソルダはサウロン対抗できる唯一の人間。其れを開発した仁美が英雄扱いされるのは分かる無くもない。だが、辰巳は『其れとも・・・・』と続けた。続けた先を彼は言わなかった。

 「此の部屋の鍵は開けておきます。好きなように動いてください」

 「あら、私は逃げ出すかもしれませんよ。其れでよろしいのですか?」

 「いいえ、あなたは逃げません。賢いあなたは今の状況で逃げることができないと分かっています。そう、船舶免許も持たない、海図も読めない。ただの中学生であるあなたには一人逃げ出し、船を使って島国である日本に帰ることはできない。

 ほらね。頭の良い人って馬鹿ですよね」

 言いたいことだけ言って辰巳は部屋を出て行った。結局彼が何を言いたかったのか藍華には分からなかった。人の好さそうな、けれど絶対に信じることができない笑みで全てを覆い隠している。

 トライゾンよりも、来須よりも、仁美よりも彼が一番得たいが知れないと藍華は思った。

 此の部屋に鍵がかかっていないことは彼が出て行った時に鍵をかける音がしなかったので分かったが今の藍華は動くことができない為、今日一日は大人しくするしかなかった。





 次の日、辰巳が藍華に朝食を持って来てくれた。その際、外に出てもいいのかと聞いたら遠くに行かなければいいと言われたので、出ることにした。

 折角の朝食だが、藍華は食欲がなく外の空気を吸いに研究所を出ることにした。辰巳が説明してくれた通り、念の為、藍華に三人の白鬼隊がつくことになった。年齢は一六歳ぐらいの男三人だ。

 藍華は三人のことを居ないものとして考え、彼らに案内されてではあるが研究所の外に出た。やはり室内に居続けるのは思ったよりも精神的苦痛だったらしい。敵国というのもあるが。

 外に出て、ふと息を吐いただけなのに藍華は初めて呼吸ができた気がした。

 トライゾン、日本の北に位置する国であり、年中雪で覆われていることが特徴だ。其のせいか、此の国の人間の肌は雪のように白い。

 日本の夏に慣れている藍華にはトライゾンの気候は厳しい。だが、寒いと言うよりも風の冷たさ、空気の冷たさが肌に当たり痛い。まるで針でも刺されたかのようだ。

 藍華は確認するように足を慎重に前に出す。でなければ、膝のぐらいまで足が地面に沈むこともあるからだ。其れぐらい積もった雪は深い。研究所から見え、かつ少しだけ街の風景が見える位置まで行くと藍華は足を止めた。

 藍華の監視役は黙ってついて来るだけなので本当に要るのか疑問に思ってしまうが気配はあるので一定の距離を持って彼らが居ることはわざわざ後ろを見なくて分かった。

 藍華は特に何もするわけでもなく街を見つめた。研究所は高台に位置しているようで、街を一望することができる。

 藍華は街を見ながらコアと対話をしていた。

 『雪国で戦闘になった場合、日本のように戦うのは可能?』

 <無理だよ。使うのは君だ。君が積雪の中での戦闘に慣れていないのなら。コアは万能じゃない。其れにあくまでも使うのが人間なら限界だってある。勿論、投資もするよ>

 『やっぱり一人では無理か』

 <何、逃げ出すの?逃げないって言っておきながら>

 『いつまでも此の状況に居続けることはできない。其れに彼らが私を殺さないとは限らない』

 <確かに、一理はあるね>

 『サウロンの気配がするって言ってたね。やっぱり生きているサウロン?』

 <生死は分からない。でも、気配だけで言うのならサウロの数は増えたり、減ったりしている>

 『増えたり、減ったり?』

 <其れ以上は分からない>

 やはりサウロンの気配を辿っていくしかないのかと藍華が考えていると後ろに居た白鬼隊の三人が声をかけて来た。

 「おい、検査の時間だ」

 「あら、話せたのね。ずっと黙ってついて来るだけだからてっきりお人形かと思ったわ」

 「俺達の役目はお前の監視だ。会話は含まれていない」

 藍華は心の中で訂正を入れた。彼らは人形だ。言われたことをすることしかできない。操り人形マリオネットだ。

 藍華は今は大人しく従うつもりなので踵を返し、研究所に戻った。研究所に入って直ぐ辰巳と会った。検査の時間が近づいているので迎えに来てくれたようだ。

 「其の格好で出たの?」

 藍華は確かに長袖長ズボンの格好をしているが、コートも着ず、薄着の状態だった。

 「寒かったでしょう」

 「と、言うよりは痛いって表現が適切ですね」

 「嗚呼、其れ。私も此の国に来て初めに思いました。確かに寒いっていうよりは風も空気も冷たすぎで痛いですね。でも、次からはせめてコートを着てください。其れぐらいは用意できますから」

 「分かりました」

 「あと食事、摂ってないですよね。毒なんて入っていないので摂って下さい」

 其れに関して藍華は分かりやすいぐらい嫌な顔をした。

 「どうかしましたか?」

 「どうかしました」

 「何です?」

 「食事は運ばなくていいです。私の分は要りません」

 「餓死しますよ」と言われて藍華は少し考えた。

 「どうしました?」

 「体重計ありますか?」

 「ええ」

 「測りたい」

 「何ですか、急に」

 唐突な藍華に意味が分からずさすがの辰巳も驚いている。

 「測ったら話します」

 意味は分からないが辰巳は取り合えず藍華の言う通りにした。検査室に行き直ぐに体重計を用意してくれた。藍華は体重計に乗り、数値を確認した。

 最初は減っていた体重だったが今測ってみると変化はなかった。一定の数値まで下がってからはもしかしたら変わらないのかもしれない。

 「白鬼隊の人達は食事は摂っているんですか?」

 「当然です」

 「睡眠も?」

 「幾ら敵のコアを移植しているとはいえ人間ですからね」

 「お腹もすくんでしょうか?」

 「中にはそういうことを言う白鬼もいます。基本的には不愛想な子達なのでそういうことを言う子は少ないですが」

 「そうですか。宮家さん、私に食事は要りません」

 「何故?」

 「私はもう何日も食事を摂っていません。お腹がすかないのです。体重は最初は減っていましたが今では変化はありません」

 「お腹がすくかないか」

 辰巳は独り言のように呟き、何かを考え始めた。

 「遺伝子の検査もしているし、其れの結果次第ではとても面白うことが分かるかもしれませんね。楽しみです」

 「其の結果、私にも教えていただけますか?」

 「ええ、勿論です。では、今日の検査に移りましょうか」

 「はい」

 今日の検査、とうよりも実験になるが。実験はラポール、サン・グラールを何時間まで発動が可能なのかというものだった。正直、藍華にはかなりきついものだった。発動は体に負荷がかかる。勿論、使ううちに慣れてはいくが、其れでも負荷がかからないわけではない。

 藍華は発動が勝手に解けるまで続けられた。


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