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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第一一章 母娘

目が覚めた時、其処はよく見る白い天井だった。藍華が寝かされている部屋は全てが白で統一されている。其処はクリミネルと同じだが、此処がクリミネルでないことを藍華は知っていた。

 記憶の最後は仁美と謎の男。関係性は不明。

 藍華の身を拘束しているものはない。ただ、首には黒いチューカーがつけられていた。日本を攻撃してきたトライゾンのソルダも同じものをつけていた。

 藍華は起き上がりドアに手をかけてみた。当然だが、鍵がかかっている。次に辺りを見渡してみると天井には監視カメラがついており、窓一つない部屋だ。藍華は監禁されている。

 此処はおそらくトライゾン。自分は誘拐された。ならば騒いだところで事態は好転しない。生かされているということは何かに使うという目的があるから。ならば騒がなくても向こうから接触はしてくるはず。藍華はそう判断してベッドに腰かけ誰かが来るのを待つことにした。





 「奴さんはどういう状態?」

 監視カメラで藍華の様子を監視しているのは今年入隊したばかりの若い軍人だった。

 「来須先生。其れが大人しいものですよ」

 翔真は画面に映る藍華を見た。藍華は部屋の中にあるものを確認した後は特に騒ぐこともなくベッドの上に腰かけた。後は特に何かをする様子はない。

 「随分、肝の座ったお嬢さんだ。此れから彼女と話に行く」

 「ではお供を」

 「いや、必要ない」

 「しかし、相手は日本のソルダです。何かあっては」

 「此処で暴れるようなタイプじゃない」

 「もしもということがあります」

 反対する新人軍人に「問題ないだろう」と言ったのは来須と同じく藍華のことを気にして様子を見に来たブルーマーだった。慌てて椅子から立ち上がり敬礼をしようとした新人軍人をブルーマーは制した。

 「万が一ということもあるから外で何人か待機させる。其れでいいな」

 「はい」

 ブルーマーの許可も得たことで来須はブルーマーから命令を受けた軍人数人を連れて藍華の部屋を訪ねた。勿論、部屋の中に入ったのは翔真一人だ。

 「初めまして、黒崎藍華さん。私はトライゾンの研究者、来須翔真と言います」

 「日本国ソルダ、黒崎藍華です。私の母、黒崎仁美と一緒に居た方ですね」

 「おや、あの状況でよく見ていますね。さすがだ」

 「私一人を招く為の招待状にしては些か派手すぎましたので。あのような招待状を出す人に興味があったのですよ」

 嫌味を笑顔で言う藍華。対する翔真も笑顔で受け流す。

 「私の実験の為に協力をお願いしたいんです。其の為に多少は手荒な真似をしてしまいました無礼はお詫びします」

 「お願い?失礼ながら此方に選択権があるようには思えませんが。其れとも今から選択権をくださるのですか?でしたら私は直ぐに日本に帰りたいのですが」

 「ははは。本当に肝の座ったお嬢さんだ」

 さっきの丁寧な言葉遣いや振る舞いは取っ払って、翔真は声を上げて笑った。どうやらこっちの方が彼の本性のようだ。

 「そうですね、今の言い方では語弊がある。黒崎藍華さん、残念ながらあなたに選択権はありません。私の実験に付き合ってもらいます。と、言ったらどうします?自力で逃げますか?」

 「其れは其れで面白そうですけど、幾ら私でも一人で逃げ切るのは無理ですよ。痛いのもキツイのも嫌いなんで」

 「賢明な判断だ。じゃあ、今から簡単な検査を受けてもらう」

 「其の前に質問をいいですか?」

 「どうぞ」

 藍華は自分の首に嵌められたチョーカーを差した。

 「トライゾンのソルダも付けていましたね。何なんですか、此れ」

 「何に見える?」

 「質問で質問を返されるのは好きではありませんが、敢えて言うのなら首輪」

 「何だ、分かっているじゃないか」

 「私が知りたいのは」

 「分かっている。機能だろ。自分じゃ外せない。無理に外せば首が飛ぶ。命令違反した場合は電流が流れるようになる。其れと俺達はソルダではなく白い鬼と書いて(びゃっ)鬼隊(きたい)と呼んでいる」

 「私も私の仲間も其の白鬼隊と同じように白髪に赤目という容姿になったことがあります」

 「お前らと同じ敵のコアを移植している。ただ違うのはお前らは自分達の意思で発動後の力の使い方を選べるがトライゾンは発動時は常に最大限にコアの能力を使えるように力を維持できる調整している」

 「そんなやり方でもつんですか?」

 「基本は一二歳からそういう訓練をしている。後、短命なのは遺伝子異常と体にかかる負荷が原因だ。だから肉体強化剤と遺伝子抑制剤を使用後は常に投与している。寿命は二〇歳までだな」

 藍華達と寿命は同じだ。でも、藍華達は白鬼隊と違って力を最大開放はしていない。体の負荷を考え無意識に抑えていると仁美から説明を受けている。ならば、其の薬を投与すれば日本のソルダはもっと長生きできるかもしれない。

 薬自体は日本でも開発しているがあまり効果はない。トライゾンとは根本的に作り方が違うのかもしれない。上手く其のデータを入手できたらと藍華は心の中で思った。

 「行くぞ」

 「はい」

 此処は敵国。藍華は一人。見方はゼロ。だから藍華は大人しく言うことを聞くことにした。極力逆らわず、けれど、視線は常に周囲に向け、周りに何があるのかどの通路が何処に繋がっているのか、職員の数。戦闘員の配置など、分かる範囲で藍華は頭に叩き込んでいく。

 「検査が終わった後は少し日本のソルダのことを聞かせてもらうぞ」

 「私よりも黒崎博士に聞いたらどうですか?残念ながら私はよく知らないんですよ」

 「自分のことなのに?」

 「自分のことでも専門的なことなんて理解できませんよ。医療関係者でなければ人は自分の内臓の詳しい機能なんて知らないでしょ。疑問にも思わない」

 「確かに」

 「ご理解いただけたのなら彼女に聞いてください。もっとももう聞いた後のようでしょうけれど」

 「でも、お嬢さんにしか分からないこともある」

 「私にしか?」

 「嗚呼。お嬢さんはコアと対話できるんだろ」

 「日本では私のみです。けれど此処では普通のことではないんですか?」

 「と、言うと?」

 「白鬼隊はコアの力を最大限解放した姿なのでしょ。人間一人では其れを行うのは現状不可能です。私はコアに頼み、そうしました」

 鷹人も恐らくそうだろう。と、藍華は思っている。けれど、彼は死んでしまったので確かめようがない。ちくりと胸の辺りが痛んだが藍華は顔に出ない様に自分の表情を常に意識した。

 「トライゾンにコアとの対話を成功させた者は居ない。力の開放は此方で強制的に行っているものだ。お嬢さんはどうやって対話をしている?」

 「どうと言われましても、普通の人間と話すのと同じ感覚です。自身の中にあるコアの存在を認知し、受け入れるだけで会話は可能です」

 「簡単そうに言うけれど日本でコアの対話ができるのはお嬢さんだけだ」

 「其れはコアの認知が言う程簡単ではないからでしょう」

 「何故?」

 「コアを認知する。其れ即ち己が人でないことを認めること。あなたは自身が化け物であると自覚できますか?」

 「難しい話だ」

 「そういうことです。人は自身が人間であると認知している。そして其の認知を人は簡単には捨てられない。誰も、誰かと同じでありたいと、普通でありたいと願うものです」

 「そうかな?超能力とかに憧れるのと同じで、人は特別な者でありたいと願うものだと俺は思うがね」

 「いいえ。其れは実際に超能力を持っていないからです。持っていないから憧れる。其の力の強大さなど自覚もしないでしょう。使い手が人間である以上、どんなに自分の意志でどうにかなる力でも、感情一つで力に飲み込まれることだってあります。人は無意識に其れを恐れ、拒絶するものです」

 「ふむ」と翔真は藍華の言ったことを考えた。藍華の一言は自分の研究を進めるうえで何かとても重要なことを示している気がしたのだ。

 「もし、人間性を捨てられたら」

 翔真がそんな呟きを漏らしている時藍華はコアに話しかけれていた。

 <藍華、此処は妙だ。サウロンの気配が充満している>

 「何処の方角か分かる?」と、藍華は心の中で問いかけた。

 <あっちだ>とコアが示してくれた方には他と変わらない通路が存在している。

 「どうかしたかね?」

 「いいえ」

 クリミネルにもサウロンは居た。コアを取り出す為や研究の為に捕獲しているからだ。だが、其のことでコアはとくに何かを行ってくることはなかった。此処がクリミネルではないから忠告の意味で言ったとしても「妙だ」という言葉は不自然だ。何とか彼らの眼を誤魔化して調べてみる必要がある。と、藍華が考えていると前から「来須先生」と仁美、そして若い男が一緒にやって来た。

 「嗚呼、来たか。お嬢さん、仁美は知っているからいいね。隣に居るのは宮家辰巳。俺の助手で、此処でのお嬢さんのお世話係」

 「よろしくね、藍華ちゃん」

 優しい草食系男子をイメージさせる男だと藍華は思った。最も、其れは見た目だけだと藍華はいつか訪れる未来で知ることになる。

 「好きで此処に居るわけではないので、よろしくしてくれなくて結構です。後、気安く呼ばないでください」

 「其れは失礼」

 「宮家君、彼女を検査室に。仁美は俺と来てくれ」

 「はい」

 仁美は一度も藍華を見ることなく翔真について行った。

 「じゃあ、行こうか。藍華ちゃん」

 呼び方を変えるつもりがないらしい辰巳に溜息で返し、藍華は大人しく従う。連れていかれた検査室で藍華はラポールとサン・グラールを発動させ、更にコアとの対話までさせられた。

 サン・グラールの発動には相当な体力が消耗される。其の為、立てなくなった藍華を辰巳が支えた。敵に助けられるなど屈辱だ。今すぐ突き飛ばしたい気持ちがあったが今の藍華には指一本動かすのも億劫だった。


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