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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第一〇章 侵略Ⅱ

トライゾン軍は勝成に銃を向け、一斉射撃をした。だが、其の数分前に既に勝成はクリミネルに設置されている時限爆弾のスイッチを入れていた。トライゾン軍がしたのは勝成の死をほんの少し早めただけだ。其の証拠にクリミネルは、クリミネルが保有する研究データと侵入者を道連れに日本から消え去った。





 クリミネルの爆発は戦っている藍華達の所でも確認できた。また、クリミネルは日本の地下に張り巡らされた組織なので地面への振動は大きく、既に幾つかの建物が振動に耐えきれずに崩壊し、地面が陥没しているところもあった。

 爆発のことと一般人の避難が完了次第日本から撤退することは既に通信で知らされている。だが、藍華はまだ知らなかった。勝成の死を。クリミネルが爆発する前に既にシェルターに避難していると彼女は思っているのだ。

 「一般人の避難完了まで後もう少しよ」と夏帆が言った後に更なる悲劇が藍華達を襲った。

 「きゃっ」

 「舞子っ!・・・・・うわぁぁぁっ」

 舞子の体は宙を高く飛び上がり、地面に強く叩きつけられた。ぴくりとも彼女の体は動かない。頭からドクドクと血が流れていく。

 舞子を助けに行こうとしたいずなの足は片方無かった。切断された足はいずなの本体とは離れた場所に落ちている。落とされたいずなの足はもう二度と彼女の意思で動くことはない。

 何が起きたのか誰にも分からなかった。気がついた時には舞子は地面に激突し、いずなの足は切断されていた。

 「日本のソルダってこんなものか。世界初のソルダだと聞いていたから期待していたのに」

 「逆じゃない。世界初だから性能が悪いのよ。こういうのは回を重ねるごとに優れていくものだから」

 「嗚呼、未完成品ってことか」

 「いや、此の場合は中古って言った方が正しいんじゃない」

 白髪に赤い目をした青年、少女が知らない間に藍華達の後ろに立っていた。彼らが舞子といずなを倒したのだ。

 「貴様らぁ」

 「駄目、タカ」

 藍華が止める前に既に鷹人は白髪の男とぶつかっていた。イロンデルの特殊能力を使っても男の方が速度を上回っていた。

 「タカっ!!!!」

 鷹人の体は男が持っていた剣で貫かれていた。鷹人は体内に冷たい金属が侵入する感覚を味わい、体温が血と共に体外に流れていくのを感じていた。死ぬかもと思った。

 地面に倒れているいずなと舞子を見つめた。切断されたいずなの足は修復が始まっていた。出血多量で彼女が死ぬことはないだろう。舞子は分からない。頭を打っているから気絶しているだけかもしれない。

 次に藍華と蒼空を見た。トライゾン軍は言っていた『目的は黒崎藍華。残りは殺してもいい』と。此処で死んだら、藍華は連れ去られ、蒼空は殺されてしまう。鷹人にとって二人は大切な人だった。舞子もいずなも大切な仲間だ。葉が死んだと聞かされた時、傍に居て守れなかったことを悔いた。

 あんなに臆病な葉を戦いにいかせて死なせた。仲間の死を藍華は一人に背負わせてしまった。何で、あの時一緒について行かなかったのだろうともう遅い後悔を鷹人はずっとしていた。

 もう誰も失いたくはなかった。もう、誰にも泣いて欲しくはなかった。みんな大事だから。みんな大好きだから。笑っていてほしいのだ。そんな時、声が聞こえた。

 <力が欲しいか?>

 体内から響く其れはコアの声だと理由は分からないが鷹人には直ぐに分かった。

 「・・・・欲しい」

 <人間を捨てることになってもか?>

 「嗚呼、構わない。みんなを守れるなら人間性なんか捨ててやる」

 鷹人は体内に侵入してきた剣を握りしめた。驚く白髪の男を見つめ、彼は叫んだ。

 「心臓だろうが、命だろうが構わない。お前が欲しいと願うもの全てを与えてやる。だから、みんなを守れる力を俺に寄越せ」

 其の瞬間、鷹人の全身を光が襲った。髪は白髪となり、目は血のように赤く染まった。其れはシン国で起きた藍華の異変と同じであり、そして舞子といずなを襲った連中と同じだった。

 「・・・・タカ」

 血が飛んだ。鷹人がイロンデルを持ち上げ、スライドさせたのだ。鷹人を刺していた剣を持っていた男の首が地面に落ちていた。

 「貴様、よくも」

 仲間の死に激情した白髪の女が鷹人を殺そうとした。でも、女の前に居たはずの鷹人は気がついたら後ろに居た。イロンデルの特殊能力である瞬間移動を使ったのだ。そして、もう一度イロンデルをスライドさせた。野菜でも切るかのようにストンと簡単に人の首は落ちた。

 鷹人の動きは速すぎて、目視するのがやっとだった。

 実際に動いている鷹人自身も自分の動きに驚いている。人よりも速く動けるようになった分敵とぶつかる回数も増える。其れでも鷹人は疲労を感じない。新たに現れたトライゾンのソルダ達は鷹人の速さについて行けるようになっていた。ならば、と鷹人はコアに命じ、更に速度を上げた。

 まだやれる。もっとやれると鷹人はコアに言い続けた。

 だが、所詮は人の体だ。

 ドクン。心臓が一瞬止まりかけ、鷹人は大量の血を口から吐いた。口内を一気にまずい鉄錆が蹂躙する。

 「タカ」

 「鷹人」

 藍華と蒼空が驚き、鷹人に駆け寄る。鷹人の体を青い炎が覆った。

 鷹人は燃える自分の体を見つめ、燃え尽きた場所が灰となり天へと昇っていく様を見つめる。命が尽きかけているのを鷹人は感じていた。

 不思議と恐怖はない。

 「鷹人」

 「タカ」

 目を見開き見つめる蒼空と藍華を鷹人は見つめた。

 まだ戦いは続く。自分が死んでも、自分が死んだからと言って此の戦いが終わるわけじゃない。戦いが続く限り、誰かが傷つき続ける。だからもっと戦いたい。みんなを守る為に戦っていたかった。

 でも、こんなに美しい最期を迎えられるなら其れは其れでいいかもしれない。とも鷹人は思った。だからか、死ぬ瞬間、自分の死を悲しみ涙する二人を見ても鷹人からは笑みが零れた。

 鷹人は死んだ。

 「みんな、逃げて」

 夏帆は持っていた武器を乱射し、敵から藍華と蒼空を引き剝がした。

 「十鳥さん」

 「此れ以上、ソルダを失うわけにはいかない。勝手なことを言っているのは分かっているわ。でも、あなた達は私達の希望なのよ」

 「此処は我々に任せてください」

 「早く、シェルターに」

 日本軍は藍華と蒼空の前に立ち、銃を撃ち続けた。当然、ただの人間がソルダやサウロンに勝てるわけがない。でも、仲間の死を無駄にしない為にも藍華達は生き延びるしかないのだ。

 「行くぞ、藍華」

 「ええ」

 蒼空はいずなを抱え、藍華は舞子を抱えて、戦い傷つく仲間を置いて離脱した。

 いずなも舞子の体もまだ温かかった。二人ともまだ生きていた。呼吸もしっかりしている。どうやら気を失っているだけのようだ。

 「まだ、希望はある」

 蒼空は言った。自分に言い聞かせるように。藍華も静かに頷いた。

 「藍華っ」

 「・・・・黒崎博士」

 クリミネルの職員は勝成の指示でシェルターに避難している。仁美も避難していると思っていたのに、彼女はまだ市街に居た。

 「良かった、無事だったのね。他のみんなは?」

 「十鳥さん達が敵を食い止めてくれています。タカは死にました。桜井さんと一宮さんは気を失っています」

 「其れより、早く此処から避難しよう」

 「ええ、そうね」

 蒼空の言葉に仁美は頷き、二人の前を行く。だが、仁美の足はシェルターに向かってはいなかった。

 「そっちはシェルターの方角ではありませんが、黒崎博士」

 「こっちの方が近道なの」

 不思議に思いながらも藍華と蒼空は仁美について行った。其の先には一軒の空き家があった。と、言っても住民は既に避難しているので市街には空き家しかないが。

 空き家には白衣を着た一人の男が立っていた。流石におかしいと思った二人は脚を止める。

 「どうしたの、二人とも」

 後ろから足音がしなくなったことに気がついた仁美が振り返った。其処にはいつもと変わらない表情をした仁美が居た。

 「黒崎博士、何故みんなと一緒に避難しなかったんですか?」

 「あなたのことが心配だったからよ。あなたは貴重な研究材料。其れを失うわけにはいかないもの」

 仁美なら言いそうなセリフだ。もし「娘が心配だから」なんて言ったら直ぐに嘘だと判断していた。でも、彼女に変化はない。普段と変わらない。だから二人とも判断に迷いが出た。信じるべきなのか、そうでないのか。

 「私達を何処に連れていくつもりですか?此処はシェルターではないですよね。其れにあの男は誰ですか?」

 「藍華ちゃん、蒼空。仁美ちゃんから離れろ」

 「蓮城さん」

 後ろからやって来た伯明に気を取られている間に仁美は白煙を巻き、白衣を着た男は蒼空と藍華の腹部に拳をめり込ませて気絶させた。

 「翔真、他のソルダは?」

 「此の程度のソルダは必要ない。目的は黒崎藍華だけだ」

 「分かったわ」

 翔真は藍華を肩に担いだ。

 「待て、藍華ちゃんを返せ。仁美ちゃん、アンタ自分が何をしているのか分かっているのか」

 「私は此の世界からサウロンを駆逐する。其の為なら手段は選ばない」

 「違う、其の男は」

 伯明が真実を告げようとした時、応援としてきたトライゾン軍が放った銃声により伯明の言葉は掻き消され、仁美の耳に届くことはなかった。

 白煙が風に流され、視界が開けた時其処にはもう仁美も翔真も、藍華もそして敵もいなかった。





 「藍華ちゃんが攫われた」

 「まさか、仁美さんが裏切るなんて」

 目的を遂げたトライゾンは直ぐに日本から撤退した。だが、日本がトライゾンから受けた被害は大きく、市街地に張り巡らされていた結界は解かれ、市街にはサウロンが跋扈している。とてもじゃないが市街には出られない。

 其処で民間人を乗せたシェルターが向かったのは隼人がエデンと呼んでいる場所だった。

 近代文明とは名ばかり。御神木のように立つ大きな木を中心に広がる泉。

 シェルターの中に居ると外が全く見えなくなってしまうので何処に向かっているのか分からなかったが、こうしてついてみると其処が何処かの島であることは分かった。

 此処は隼人が避難用に密かに買い取っていた無人島だった。彼はいつかこうなることを予測していたのだろう。

 「民間人は何人生き残りましたか?」

 勝成が死んだ為、指揮は隼人自ら取ることになる。

 「一〇〇〇人です。残りはトライゾンやサウロンに」

 「白髪に赤目の人間が居たそうですね」

 「総理はあれが何かご存じなのですか?」

 「僕もまだ情報収集の途中なので詳しくは知りませんがあれはお察しの通りソルダです。彼らは(びゃっ)鬼隊(きたい)と呼んでいるようです」

 「シン国で藍華ちゃんの容姿が白髪に赤目へと変わったと報告を受けたな」

 「其れだけじゃないわ。戦闘中に神山鷹人も白髪に赤目に」

 伯明と夏帆は隼人を見つめた。

 「私は科学者ではないので其の先の話は遠子さんにお願いします」

 隼人の後ろに控えていた遠子に視線が集まる。

 「詳しくは何とも。ただ、容姿が変わった後に遺伝子やコアの形状に変化が起きたているのは事実です」

 「変化?」

 「はい。シン国帰還後、藍華さんは食事や睡眠を取らなくなったのも其の影響だと考えています。後は痛みなどの感覚が鈍くなっていますね。多分、二人ともコアの力を最大限解放したんだと思います」

 「最大限解放?」

 「はい。普段は体の負担を考えてソルダ達は無意識にコアの力をセーブしているんです。コアの力を最大限解放すると容姿にも変化が起き、其のせいで遺伝子やコアの形状が変化し、睡眠や食事、感覚などに異常が生じるのだと思います。あくまでも推測ですが」

 「治す方法はあるのか?」

 「対処方法としか言いようがありません」

 「他のソルダ達の様子は?」

 「桜井いずなは左足を失いましたが命に別状はありません。ただ、片足が無い状態では今後の戦闘は不可能かと。一宮舞子は命に別状はありませんが打ち所が悪かったようです、意識が戻るのは絶望的でしょう」

 つまり、植物状態ということだ。そして、神山鷹人は死亡し、黒崎藍華は連れ去られた。

 「神山蒼空は戦闘可能です」

 「動けるソルダは一人だけか」





 「・・・・・母さん」

 目が覚めたいずなはベッドの上に居た。記憶の最後は左足が地面を飛ぶところ。其のまま気を失ったようだ。そして、其れは夢などではなく、動かそうにも左足がないことが感覚で分かる。

 「良かった、目が覚めたのね」

 母のさくらと父の家定はボタボタと涙を溢す。大げさだなと笑おうとしたが、生きていることが嬉しすぎて失敗した。

 「・・・・・桜井」

 家定の後ろに蒼空が立っていた。

 「ごめん、ミスしちゃった。他のみんなは?」

 「・・・・・ごめん。守れなかった」

 「どういう意味?」

 蒼空は拳を握りしめ、いつも無表情で不愛想なくせに今は分かりやすすぎるぐらい痛みを堪えている顔をする。嫌な予感がいずなの中を駆け巡る。

 「何があったの?全部、教えて」

 「一宮は打ち所が悪くて、植物状態になった。藍華は連れ去られた」

 「・・・・鷹人は?」

 「Spontaneous Human Combustion。略してSHC」

 「?」

 「自然発火現象のことだそうだ。体の限界が来たら起こる現象だそうだ。鷹人は俺達を守る為にコアの力を使いすぎて」

 「其のSHCを起こして死んだのね」

 「嗚呼」

 「ごめん。私何もできなかった」

 「いずなのせいでも蒼空君のせいでもない」

 自分自身を強く責める二人に家定は優しく諭す。

 「君達は十分戦った」

 「そうよ。誰もあなた達を責められはしないわ」

 でも、二人の心は晴れない。

 「ごめん、暫く一人にして」

 いずなの病室を家定、さくら、蒼空は出て行き、一人になったいずなはベッドの横に置いてある車椅子に目を向ける。

 いずなはベッド策を持ち、体を起こす。其のまま体をスライドさせ、車椅子のひじ掛けを掴む。片足がないだけで普段できていることが難しく感じる。其れでも何とか一人で車椅子に乗ることができたいずなは其の足でというのは語弊があるかもしれないが舞子の眠る病室に行った。

 初めての車椅子は操作が難しく、所々にタイヤをぶつけたり、おまけにタイヤを回さないと移動ができないので腕が疲れる。其れでも何とか病室に行くことができた。

 白い部屋にある白いベッド。其れと同じくらい白い肌をした舞子は静かに目を閉じ、其処に居た。触れると体は温かく、心臓は動いている。呼吸もしている。けれど、何度呼びかけても舞子は目を覚まさなかった。

 「守る」と言った。守れると思っていた。でも、実際はいずなは片足を失い、藍華は攫われ、鷹人は死んだ。

 此れが現実。此れが人間の限界。なんて無様なんだろう。

 「いずなちゃん、もう起きて大丈夫なの?」

 花を入れた花瓶を持って舞子の母が病室に入って来た。目の下には隈ができ、土気色の顔をしているせいで実年齢よりも老けて見える。

 「私は・・・・・。其れより舞子が」

 「もう、二度と目を覚ますことはないそうよ。だから補償金がクリミネルから出てね、私受け取ったの」

 「舞子も其れを望んでいました。だから無理かもしれないけどおばさんが罪悪感を抱く必要はないと思います。すみません、そんなことぐらいしか言えなくて」

 「ううん、いいのよ。いずなちゃんも病室に戻って休みまなさい」

 「おばさんも。凄く疲れた顔をしている。少し寝た方がいいよ」

 「そうね。ありがとう」

 そう言いながらも彼女が寝ないことをいずなは気づいていた。其れでも無理に寝かせることはできなかった。疲れた顔で舞子が眠るベッドの横に座る辰巳を見ながら何も言えずにいずなは病室を出た。

 「怪我人、暫くは絶対安静だと言われているはずだけど」

 病室を出て直ぐに蒼空に捕まった。もう、いずなと蒼空しかいない。

 「藍華を奪還する日は決まったの?」

 「まだ。黒崎指令が死に、黒崎博士の裏切り。普通なら指揮系統は大混乱しているはずだけどあの篝って総理大臣はよくやるよ。二つの事件がみんなの頭の中にあるはずなのに其れを浮上させない。最優先事項は藍華の奪還。だから其の為に動き、指示をする。

 実際、死んだ人間や此処に居ない人間のことをとやかく言っても仕方がないって分かっているからな。けど、其れを分かっていない人間ってのは以外に多い。だから、余計なことを考えさせない為にみんなに絶え間なく指示を出して働かせている」

 「黒崎は、結局二人に裏切られたのね」

 裏切ったのは仁美だ。でも、勝手に初めて勝手に居なくなった勝成も藍華から見たら裏切りのようなものだ。だからいずなの表現は間違ってはいない。

 「私は、もう戦えない」

 「ソルダは俺しかいない。だから俺も奪還作戦に加えられるか分からない。藍華を奪還する為に篝隼人が他国に救援要請をしている」

 「応えてくれる国があるの?」

 「分からない」

 此処で考えても仕方がないことだ。結局、子供で政治のことなんて何も分かっていない自分達は言われた通りのことしかできないのだから。

 「病室まで送るよ」

 「お願い」


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