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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第一〇章 侵略

藍華はクリミネルの診察室にあるベッドの上で仰向けになっていた。サン・グラール使用後は疲れていてよく眠れていたがあれからまた何人日も一睡できない日が続いていた。

 食事もあれから一切取っていない。けれど、お腹はすかない。でも、喉だけは異様に乾くのだ。自分の体はどうしてしまったのだろうか。検査の結果は異状なし。だからいつまでたっても様子見から抜け出せないのだ。

 藍華が一人で悩んでいると世都子が「あまり考えすぎないでね」と声をかけて来た。

 「他に何か気になることはある?」

 「随分前のことです。まだシン国に行く前の」

 「構わないは」

 「少し痛みに対して鈍い感じがしてたんです」

 「今はどう?」

 「今も変わりません」

 「寒さや暑さは?」

 「感じてはいるけど、そうですね。以前に比べたら鈍いかもしれません」

 「神経が麻痺しているのかもしれないわね。先生は特に何も言ってはいなかったけれど」

 「様子見をしているのかもしれませんね」

 そんな話をしている時にクリミネル内で警報が鳴った。

 「藍華ちゃん、出て大丈夫?」

 「問題ありません」

 藍華は他のソルダと合流して会議室に行った。勝成も伯明も険しい顔をしていた。

 「伯明、全軍を率いて殲滅しろ」

 勝成はソルダにではなく軍部に出撃命令を出した。此れには直ぐに藍華、蒼空、鷹人、いずな、舞子も普通ではないと感じていた。

 「サウロンではないんですか?」

 「トライゾンだ。サウロンを率いてやって来た」

 「サウロンが人の命令を聞くんですか?」

 「命令を聞いているか分からない。もしかしたらサウロンを此方におびき寄せているだけなのかもしれない」

 「トライゾンが日本を攻めているのは確定なんですか?」

 「既に攻撃されている」

 昔は人間同士が争うのは珍しいことではなかった。戦争とは常に人間の間で行われていたからだ。けれど今は違う。サウロンという世界共通の敵が現れ、人間は他人に関わっている暇がなくなったのだ。

 「黒崎藍華、桜井いずな、一宮舞子、神山鷹人、神山蒼空。お前達はトライゾンが連れて来たサウロンを倒せ」

 今回、舞子の隊長は万全だ。其れにトライゾンが連れて来たサウロンの数は圧倒的に多い。補欠だからと言っている場合ではなくなったのだ。

 「指令、民間人は?」

 外には愛睦や彰達が居る。

 「クリミネルの職員がシェルターに避難させている。愛睦の収容はまだ確認できてはいないが指示に従ってシェルターに向かっているはずだ」

 藍華の心配を察した勝成は必要な情報のみを教えてくれた。

 「黒崎、早く」

 「ええ」

 前を走っていた藍華をいずなが急かした。勝成から愛睦達のことを聞き、まだ安心はできないがシェルターに向かっていることを祈って戦場に行こうとした藍華を今度は勝成が止めた。

 「藍華、気をつけなさい」

 「・・・・はい」

 驚いた。其れは藍華が初めて見る娘を心配する父親の顔だったから。不意に指令から父の顔をされてどうしていいか分からず返事をすることしかできなかった。

 藍華はもう少し違う対応の仕方があっただろうと思いながらも考えたところで何も思いつかなかったので先に行くいずな達の後を追った。此れが最後になるかもしれないなどという思いに気づくこともなく。

 思えば親子らしいことを藍華達はしたことがなかった。いつも何処か遠い存在で、必要最低限の言葉しか交わさない。普通の親子はどんな表情で、どんな態度で、どんな会話をするのか。そんなことを考えている時点でやはり自分達は親子とは遠い存在なのだろう。

 「藍華、どうかしたのか?」

 「何でもない。蓮城さん達がトライゾン軍を何とかしてくれるだろうから私達は私達の闘いに集中しよう」

 「嗚呼」

 クリミネルの外は混乱どころの騒ぎではなかった。

 「トライゾンの奴ら、好き勝手に暴れやがって」

 空爆により建物は崩壊、下敷きになって苦しんでいる人も居た。だが、助けてくれる人は居ない。みんな自分のことばかりでそんな余裕がないのだ。いろんな所が燃えていて、夕方でもないのに日本はオレンジ色に包まれて全てを灰に変えていく。人も物も生きた証すらも。

 「ラポール」

 「クロ」

 「イロンデル」

 「フォイユ」

  全員、エヴァンジルを発動させた。目の間にはサウロンと、サウロンを連れたトライゾン軍が居た。

 「まさかサウロンが人の命令に従うなんて」

 『同じ』。以前戦ったサウロンが自分と私達は同じ存在だと言っていた。忘れていたわけではない。けれど、藍華は其の言葉を今強く思い出す。

 「陣形を取ろう」

 鷹人の言葉で全員が目の前の敵を警戒しながら立ち位置を変える。いずな、舞子を真ん中にし、藍華、鷹人、蒼空という順に二人を囲む。

 「目的は黒崎藍華。残りは殺してもいいという命令だったな」

 トライゾンの一人が仲間に確認した。

 「嗚呼」

 「おい、餓鬼共。大人しく投降しろ。そうすれば危害を加えるつもりはない」

 「今更何を」

 分かり切った交渉に出たトライゾン軍の中に爆弾が投げ込まれる。

 「どうやら無事みたいね」

 爆弾を投げたのは夏帆だ。

 「此奴らは私達で何とかするから、アンタらはサウロンをお願い」

 「はい」

 藍華、蒼空、鷹人は戦う為に前進し、いずなと舞子は後方支援に徹した。敵の中には人間も混じっているので夏帆が率いている日本軍は銃や手榴弾を持ち、いずなと舞子の周囲を囲み、前線で戦っている三人に近づくトライゾン軍を攻撃する。





 「トライゾンの艦隊に繋げ、私が直接話す」

 「はい」

 コントロールルームではトライゾンとの交渉をする為の準備が進められていた。

 「繋がりました」

 「私はクリミネル総司令の黒崎勝成だ。何が目的で我が国を襲う」

 『私は今回の指揮を任されたブルーマ・クリフト。階級は将軍だ』と、トライゾン軍の艦隊から通信で返って来た。

 「国境の虎が何故、我が国を侵略する」

 国境の虎。僅かな手勢と武器でサウロンを倒し、常に帝国内外に目を向け一切の侵略を許さなかったブルーマを恐れた者が彼につけたあだ名である。

 『世界で最初にソルダを開発し、祖国の危機を救った国の指揮官殿に私のことを知っていただけているとは光栄。我らの目的はただ一つ。シン国に赴き、特殊なエヴァンジルを手に入れた黒崎藍華だ。彼女を此方に渡して頂きたい』

 「断る」

 『ならば力づくで貰い受けるまで。此の国を火の海に変えることなど私達にとっては容易いこと』

 通信は其処で途切れた。トライゾン帝国。世界で一番大きい国であり、多くの核を有していることで有名だ。

 「指令、総理から通信です」

 「繋いでくれ」

 『お久しぶりですね。勝成さん』

 日本がトライゾンに侵略されかかっているのに隼人はそんな危機を感じさせないぐらい能天気な声で言った。緊張が一気に抜けそうになるのをなんとか堪えて勝成は画面に映し出された隼人を見つめた。

 『そっちの状況はどうなっているのかな?』

 「軍の数も武器の数も向こうの方が上です。彼らの狙いは」

 『黒崎藍華さんですね』

 「知っておられたのですか」

 『いいえ。ただの推測です。あなたの反応を見る限りではあたっているようですね。間者が日本に居て、既に藍華さんの情報が洩れているのならば是が非でも欲するのはおかしくはないですからね。彼女は実に興味深い。

 勝成さん、今の日本にトライゾンと戦って勝てるだけの力はありません。だから、一般人の収容が完了次第、ソルダも軍も退かせてください』

 「日本を捨てるのですか?」

 『日本の人口は現在三〇〇〇人。万が一を考え、シェルターには其れだけの人間が暮らしても問題ないぐらいの食料と広さがあります。シェルター自体が移動可能ですから。シェルターに乗って一旦避難しましょう。避難場所は既に決まっています。僕の秘密の場所です』

 「しかし・・・・・」

 『祖国を捨てる辛さは分かります。けれど、守るべきは国ではなく民です。ご理解いただけますね』

 「分かりました。総理、直ぐに追いつくので先にシェルターに避難を。あなたを失っては日本は終わりです」

 今の日本には隼人が必要なのだ。判断力、行動力が備わり、そして人々を魅了するカリスマ性。日本が今も存続しているのは彼のおかげだと言ってもおかしくはない。

 『分かっています。勝成さんも気を付けてくださいね』

 通信を終え、勝成は引き出しから銃を取り出した。クリミネルの人間は自分の身は自分で守れるように軍人の訓練を受けてきている。

 「指令」

 コントロールルームに居る全員の視線が勝成に注がれた。勝成は一人一人の顔を見つめた。

 「今までよくついて来てくれた。我々は総理の命に従い基地を放置する。君達は先にシェルターに避難してくれ」

 「指令はどうされるのですか?」

 「私はソルダや伯明達の避難を確認してからシェルターに向かう」

 「ならば私達もお供します。指令だけ残してはいけません」

 「此処にもいつ敵が侵入して来るか分からない」

 「だからこそ」

 「だからなんだ。ソルダ達にはまだ君達が必要だ。サウロンだけではなく人間も敵に回ってしまった今、君達の役目は彼らを理解し、導く役目が必要となる」

 「藍華ちゃんはどうするんですか?愛睦ちゃんは?ソルダではない愛睦ちゃんは何も知らないんですよね」

 「藍華が上手く誤魔化してくれる。其れに私は良い父親にはなれない。なるには全てを知りすぎているのだ。あれの、仁美の気持ちが分かってしまう。だから、どうしても父にはなれないんだ」

 「指令にもしものことがあれば、悲しみます」

 「普通の親子にはなれなかった。だから、きっと悲しみは其処まで深くはない。其れでいい」

 「そんな」

 「行ってくれ。後を頼む」

 誰も勝成を止められなかった。此処に敵が来るのは時間の問題だ。銃一つでは対抗するには心許ない。きっと勝成は死ぬだろう。彼にもそんな未来が見えているのだ。其れでも勝成は避難しない。指令として、戦っている者達を残して避難することはできないと言うのだ。だから、全員涙を呑み、精一杯の敬意を込めて勝成に敬礼をした。勝成も敬礼で返し、コントロールルームは空になった。

 クリミネルに所属している職員は科学班、医療班も含めて全ての人間がシェルターへ避難した。トライゾン軍がクリミネルに入って来たのは其れから数分後だった。

 「藍華、愛睦、仁美、すまない」


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