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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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33/69

第八章 休息Ⅲ

「まぁ、あるな」

 「昔、仲の良かった友達が居たんです。いつも一緒に遊んでいて、私と愛睦はいつもセットみたいに一緒に居たから私が愛睦に友達を紹介したんです。愛睦って不愛想で、我儘なのに不思議と周りに人が集まったりするんですよね。でも、人見知りだから自分から誰かに話しかけるとか滅多にないし、友達も私が仲良くなった子ばかりでした」

 「でも、気がつけば愛睦ちゃんの友達になっていた?」

 「愛睦と友達が楽しそうに話している後ろを私がついて行く。其れが当たり前でした。勿論、私から話題を振って何とか間に入ろうとすることもありました。でも、愛睦は其の度に違う話題をわざと私の言葉と重ねてきて、『いっぺんに話さないで』って友達が怒ってもお構いなしだから私が口を閉ざすしかなかった。

 友達は自分の所有物じゃありません。其の子が私よりも愛睦を選んだのなら仕方がないことです」

 「でも、藍華ちゃんは寂しかったんだな」

 どんなに仲が良くなって、どんなに共通の趣味が合っても気がつけば藍華は置いてきぼりで前にはいつも愛睦と藍華が「友達」と呼んだ人間が立っていた。

 「其れでも一緒にいてくれる子がいたんです。嬉しかった。でも、其の子は陰で私の悪口を言っていました。ショックでした。でも、次の日には其の子は笑って普通に話しかけてくるんです。本当に仲が良い友達みたいに。私はどんな表情で其の子とに接すればいいか分からなかった。でも怖くて昨日のことを聞くこともできなかった。

 よくある話です。少なくとも女友達の中では誰もが経験しています。でも、其の時の私はあまりにも幼くて其れが分からなかった。

 其れでつい、ぽろっと。そんな気とかがなくても、ぽろっと弱音、みたいなものを溢してしまったんです。お母さんの前で。そしたら、あの女なんて言ったか分かりますか?」

 藍華はクスリと笑った。皮肉の混じった笑みで藍華は伯明の答え待たずに言った。

 「幻滅したって。そんなに弱い子だとは思わなかったって。まだ小学校に上がったばかりの子供に言うセリフとは思えませんよね。

 第一、思わなかって。傑作じゃないですか。アンタが私の何を知っているって言うの」

 「弱音を吐くのは馬鹿らしいことか」

 「自分が傷ついてまでもする行為じゃないってことです」

 「弱音を吐くことで誰かが傷つくことはないと俺は思うぞ。其れに仁美ちゃんは」

 「私の前であの女を擁護するのは止めてください。其れに今は聞きたくない」

 完全なる拒絶に伯明は口を閉ざすしかなかった。

 「助けを求めて、伸ばした手を振り払われた時はどうすればいいんですか?振り払われた手は下ろすしかないじゃないですか」

 「期待と一緒に?」

 「ええ」

 「・・・・こんな諺がある。時に逢えば鼠も虎となる。出逢いが人を強くすることもあるんだ。恐れるなと言ってしまうのは簡単だ。でも、恐れていては何も始まらない。

 なぁ、藍華ちゃん。俺や他のソルダ達はお前さんの弱音を疎ましく思ったりはしない。だから、自分と向き合って自分の中にある本音を見つけたら其れをぶちまけるのもたまにはいいんじゃねぇか」

 伯明は自分用に買った缶ジュースを一気に飲み干し、休憩室を出て行った。藍華は一人、ソファーの上で瞠目する。


 己の弱さ、仲間の死。


 目を閉じれば今でも思い返される。

 日本に帰るまでに何度も繰り返し思い浮かべて来た。意味もなく。何か他に手はなかったのかと探す自分が居る。

 けれど何度頭の中で仲間の死を再生しても自分はやっぱり仲間を助けることができなかった。

 「藍華」

 伯明から聞いたのだろう。蒼空、鷹人、いずなが休憩室に入って来た。

 「・・・・さっきはごめんね。私、黒崎の気持ちも考えずに突っかかって」

 「私は、誰も救えなかった」

 「アンタ一人のせいじゃない。誰にもどうしようもないことぐらいある」

 「分かっている。でも、其れでもそう思う心を止められない。どうしてもっと早く動けなかった。どうしてももっと早くコアに助けを求めなかった」

 「藍華、あまりコアの力を使うのは止めた方がいいと俺は思うぞ。エヴァンジルの使用は体に負荷がかかる。報告によると戦闘中に見た目が変わったそうだな。もしまたそんなことがあったら次は無事ではすまなくなるかもしれない」

 蒼空の言い分は分かる。ましてや藍華は現在、エヴァンジルを二つ持っている。

 「でも、そうしなければ私は死んでいた。蒼空、私はシン国で戦って分かったことがあるの。きっと化け物を倒すには私達も化け物になるしかない。人間のままじゃあ勝てない」

 「藍華ちゃんの良い分も蒼空の言い分もきっとどっちも正しくて間違っているんだろうね」

 「・・・・舞子が言ってた」

 ソルダになると宣告された日、ソルダになると自分で決めたのに、心は迷いだらけで。そんないずなに舞子は言った。

 「此の世界で正しいって胸を張って言えることってどれくらいあるんだろうねって」

 「難しいね」

 「でも、正しくある必要なんてないんじゃないか。大切な者を守る為なら人間は平気でどんな悪事にも手を染める。其れでいいと俺は思う。其れにもう正しいとかそうじゃないとか言っていられるような世界じゃないし。

 藍華も自分を責めるなって言っても確かに無理な話だ。でも、こんな世界じゃどうしようもないんだ。どうしようもなかったんだ。お前は頑張った。仲間を助ける為に最善の努力をした。でも、其れじゃあ駄目だった。努力が足りなかったわけなじゃない。ただ、どうにも仕様がなかっただけなんだ」

 蒼空の言う通りだった。何も間違ってはいない。だから藍華は腕を目に押し当て涙を隠した。

 ソファーの上で横になったままの藍華の頭を蒼空は優しく撫でる。

 「藍華、お疲れ。無事に帰ってきて良かった」

 「・・・・うん」

 涙が止めどなく流れた。目から零れる滴は温かくて寒さで凍えていた心を少しだけ温めてくれた。

 もう二度と誰に失いたくはないと藍華は思った。其れは藍華だけではなく其の場に居る全員が思ったことだった。





 だが、彼らは知らない。

 世界は自分達が思っている以上に最悪で残酷だと

 犠牲を失くして得られる平和など何処にもないことを。





 「山ですか?」

 突然、伯明が言い出した。「山で、キャンプをしよう」と。

 「明日から夏休みだろ。俺の子供の頃は同い年の奴らとよくやった。大人抜きでだ」

 「でも、今時キャンプをしている人なんていませんよ」

 三〇年前の震災(実際は震災ではなくサウロンの侵略だったけど)の日からキャンプをする人は激減。今は殆どの人がしなくなっていた。国内が狭くなり、できる場所が減ったというのが要因だ。観光場所となっていたキャンプ場の殆どが使い物にならなくなっている。

 「其れにソルダが此処を空にするのは避けた方がいいんじゃないですか?」

 「硬いことを言うなよ。此処最近は戦闘もあまりないし、勝成からは許可も出ている。一泊二日なら問題はないだろう。

 ソルダだけじゃなくて、他の学校の友達とかも誘って行けばいいじゃん。息抜きは必要だぜ」

 伯明はできるうちに多くの思い出を彼らに残したいと思っていた。戦場を駆け抜けて彼が学んだことは思い出というのはいざという時に励みになる。『絶対に生きて帰る』。そう、思えるだけで生存率は上がる。

 「キャンプの知識なんかありませんけど」

 「知識なんかなくてもテントと飯があれば何とかなく」

 随分テキトーだ。だが、伯明に押し切られる形でキャンプに行くことになった。





 舞子は残念ながら体調を崩して欠席だ。夏は体調を崩しやすく学校も昔からよく休んでいたので仕方がない。

 メンバーは舞子抜きのソルダ全員と愛睦、日名子、彰となった。

 「何で末守が居るの?」と凄い不満そうにいずなは藍華に小声で尋ねる。

 「何処からか聞きつけたらしいよ」

 「何処よ?」

 「知らないよ。既に知ってて『私も行くから』って言ってたもん。嗚呼、彰君は私が誘ったよ。末守さんが来るなら彰君も誘った方がいいかなって思ったから」

 「末守弟、私はあまり知らないけど。いいんじゃない」

 「まぁ、ちょっと予定外はあったみたいだけど取り合えず進もうか」

 サラリと日名子を見ながら鷹人は言った。言われた本人は言われたことには気がつかない。其処が日名子のある意味強みなのかもしれない。

 「どうやって行くの?」

 「どうやって、徒歩だよ」

 「此処から先はバスがないからな」

 「えぇ!!!!!聞いていないよ」

 「山なんだから山登りに決まってるだろ。嫌なら帰ろ」

 「無理だよ。此処のバスは最終が一四時まで。つまりさっきのが最後みたいだね」

 「姉ちゃん、折角此処まで来たんだから文句を言わずに行くよ。其れに普段あんまり運動しないんだからいい機会だよ」

 彰は折角藍華が誘ってくれたキャンプだし一緒に過ごせるので帰るつもりは毛頭ない。

 「失礼ね、私からしたら学校に行くのだっていい運動になるのよ」

 「其れはアンタが太りすぎなだけでしょう」と誰もが心の中で突っ込んだ。

 「其れじゃあ行こうか」

 鷹人を先頭に一行は山登りを始めた。伯明が教えてくれた山だが、思ったよりも斜面は緩く、苦ではなかった。生い茂る木々が夏の強い日差しを遮断してくれ、山の中は灼熱地獄とは程遠い環境だった。

 冷房とはまた違った涼しさがあり、ヒヤリング効果が期待できそうだ。

 「ちょっと、休まない」

 「まだ歩き始めて一時間ぐらいしか経っていないよ」

 日名子はひんやりとした空間に居ても既に汗だくだ。いくらなだらかとは言え山道であることに変わりはない。おまけに分担しているとはいえ荷物にはテントや寝袋、食料が入っているので彰や愛睦にも疲れた様子が見受けられた。

 ソルダであり、週に何回かは伯明に訓練でしごかれている藍華達には大したことがなくても彼らにはかなりきついようだ。周りの様子を見てペース配分は考えた方がいい。

 「タカ、もう少ししたら川があるわ。其処で休憩しましょう」

 藍華は伯明から預かった山の地図を見て、先頭を行く鷹人に教える。鷹人も愛睦、彰、日名子を見て休憩することにした。

 「じゃあ、其処まで頑張って」

 「藍華、そんなに体力があったっけ?」

 疲れた様子を見せない藍華に愛睦は不審な目を見つめる。自分と同じぐらいの体力だと思っていた藍華は平然としていた。愛睦は汗こそかいてなかったが、足を前に出すのが億劫だった。

 「ほら、私って最近貧血とかで入院したりしたじゃない。だからちょっとこっそり体力づくりをしてて」

 ソルダとして戦闘訓練をしているとはさすがに言えない。

 「ふぅん」

 愛睦は人の言葉に対して特に深く考えない。発せられた言葉が嘘なのか本当なのか、其の真意に興味がないからだ。だから、こういう時は助かる。

 「少し荷物を持とうか?」

 「うん」

 藍華は愛睦から水筒とリュックに入っていた着替えと調味料を受け取り自分のリュックに入れた。

 荷物が少し減っただけで大分楽になったので落ちていた愛睦のペースが少しだけ上がった。

 「藍華は愛睦を甘やかしすぎだよ。私の方が重いんだからどうせなら私の荷物を持ってよ」

 「藍華さんと愛睦さんは双子なんだから藍華さんが愛睦さんの荷物を持つのは当然だよ」

 「じゃあ、彰。アンタが私の荷物を持ちなさいよ。アンタは私の弟なんだから」

 「姉ちゃんなら普通は弟のことを気遣って荷物を持ってあげるんじゃないの」

 「アンタは男でしょう。ほら」

 と言って日名子は彰にリュックを無理やり持たせた。

 「末守さん、いくら男でも全ての荷物を持って山を登るのは無理よ」

 「大丈夫よ。もう直ぐ休憩だから」

 そう言って日名子はさっさと前に行ってしまった。仕方がなく彰は日名子の荷物を右の肩にかけた。自分の分と合わせて二人分の荷物が彰の肩にずしりと乗った。彰の担当は菓子類なので重くはないが日名子は食材担当なのでかなり重たいはずだ。勿論お肉類などは蒼空がクーラーボックスに入れて持ってくれてはいるが。其れでも歩き続ければ重さは疲れて一緒に体にのしかかってくる。

 「彰君、大丈夫?」

 「あ、はい。藍華さんこそ貧血で入院したって」

 さっきの愛睦との話を聞いていたのだろう。心配そうに藍華を見つめる。こういう素直な子には嘘をついているのが申し訳なく思う。

 「平気よ。念の為ってことで入院しただけだから」

 「そうなんですか。でも、あまり無理はしないでくださいね」

 「ええ。ありがとう」

 「末守弟」

 藍華と愛睦の後ろを歩いていたいずなが少し早歩きをして彰の隣に並ぶ。若干、藍華を見た時のいずなは面白い玩具をみつけた子供のような嫌な笑みを浮かべていた。

 「荷物、持ってあげようか」

 「いえ、もう直ぐ休憩ですし、俺は男なので大丈夫です」

 「そう」

 一〇分程歩くと休憩場所として選んだ川に辿り着いた。

 「じゃあ、此処で暫く休憩にしよう」

 「ああー疲れた」と日名子は川辺に寝そべり。其々疲れを癒す為に近場の座りやすい場所を探して腰を落とした。

 近くに誰もいないことを確認したいずなは藍華の隣に座る。

「素直で可愛い後輩君に随分懐かれているわね。あの子何歳?」

 「彰君のこと?一二歳」

 「二歳下か。私的に年下は趣味じゃないけど許容範囲ね。で、何処で仲良くなったの?小学校の時でも学年違うとそんなに接点ないでしょ」

 「まぁね。スーパーとかでよく会うのよ。家事全般は彰君がしているから。小学校も同じだし、学年が違っても人数はそんなに多くないからお互いに顔ぐらいは知っているし。学校外で会っても挨拶はするでしょう」


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