第八章 休息Ⅱ
「特徴が一致する。そして彼女は黒崎仁美の娘でもある。目撃者は言っていたぜ『美しい化け物』だと」
隼人は面白そうにコウの話を聞いていた。どうやら此のまま黙った状態で話を全て聞くつもりのようだ。
「ところで話は変わるんだけど、最近の餓鬼は派手な見た目で生まれてくるな。三〇年前ならアニメや漫画の世界だ。お前達は原因不明の突然変異ってことにしているがちょっと以上じゃないか?
餓鬼の見た目が変わったのと此の化け物と戦う餓鬼共、どう見ても中学生ぐらいだよな。何か関係があるんじゃないか?黒崎仁美が其れに関わっていると俺は見ている。証拠はない。勘だ。だが十分なぐらい状況は揃っている」
証拠はないが無関係とは言わせないという威圧感がコウから伝わって来た。普通の人間なら何かしらの襤褸は出すかもしれない。だが、総理大臣となり、狸共と毎日顔を突き合わせてやりあっている隼人には通じない。
隼人がコウを此処に連れ来たのは思惑合ってのことだ。其の為に今世界で起きていることを話す必要はある。
「三〇年前、日本は。いや、世界は侵略された。謎の生命体に。我々はサウロンと呼んでいる」
「サウロン?其れがあの化け物の呼称か?」
「ええ。色々形に応じて違う呼称がありますが、総称してサウロンと呼んでいます。面倒なので細かいことは省きましょう。
サウロンと対抗する為に作られた組織がクリミネル。黒崎仁美やキクラ製薬会社の人間が所属しています。
サウロンのとても厄介な所は通常の兵器では倒せないことです」
「だが、あの餓鬼共は普通に倒してたんだろ?」
「ええ。やり方は国によって異なります。倫理観にも関係してきますから。まぁ、そんなに拘って滅んでしまったら何の足しにもなりませんがね。
日本がとった行動はコアの移植です。敵のコアを生まれてくる子供達に移植します。ただし半分だけ。残りの半分のコアで武器を生成します。そうすることによってサウロンを倒せる武器と其れを扱う人間が生まれました」
まるで夢物語でも聞かされているようだ。相手が総理大臣ではなく美玖だったらSF小説の読みすぎだとか、洋画に毒されすぎだとか言えた。だが、実際コウの目の前に居るのはメディアでよく観る史上最年少の総理大臣と瓜二つの人間。其の人間が真実として語るのだ。
「其の話が真実だとして、そんなことが赦されるわけがない。まだ年端も行かない子供達を戦わせるなんて。其れにサウロンなんて化け物のコアを移植して、何かリスクはないのか?」
「国家は忠死者の灰をもって建てられる」
「?」
「フランスの諺です。国とは所詮そんなものですよ。日本は発展し、平和な世界として此の世界に在り続けました。けれど、そうなる前にはいったいどれくらいの人間が死んだんでしょうね」
「過去があるから現在の平和を維持しようと努力するもんだ」
「仮初の平和です。パニックを避ける為にサウロンのこともソルダのこともクリミネルのことも国民には知らせていません。だから彼らは知らない。今の自分達の、あなた方の平和が他人の犠牲の上に成り立っていることを」
「犠牲を作り出しているのはアンタらだろ。人様の子に勝手に変なものを移植して、戦わせて」
「ならば死にますか?」
隼人は笑いながらサラリと。「今日、どっかに行こうよ」という感じに言った。「一緒に自殺しようよ」と友達を映画に誘うノリと同じノリで。
「生き残る為に最善を尽くすのが国家です」
「でも、他にやり方があったはずだ」
「嗚呼、其れ。良く聞くセリフですね。其れをね、聞く度に『こいつ等は気楽でいいな』っていっつも思ってたんですよ。ただ反対すればいい。耳障りの言い綺麗事を並べてればいい。じゃあ具体的にどうすればいいのかと聞くと『其れをするのがアンタらの仕事』だと言う。其れをした結果反対したのは自分達なのに。
全部の人間を幸せにするなんて無理な話です。神ではなく同じ人間が国を統治しているのだから。けれどあなた方は非難ばかりするくせにいざという時は全部こっちに放り投げて助けを乞う」
隼人の言葉は正論だった。だから何も言い返せなかった。けれど、其れでも子供達を戦わせるやり方を容認することはできない。
「流コウさん、大衆を助ける為に少数を切り捨てる。其れ以外に方法はありません。もう此の世界は綺麗事だけでは生きてはいけないんです。
正しさを貫き通して国家と共に滅ぶか、人間性も道徳も良心も全てを捨てて生き残るか。どちらか一つです」
「お前の言っていることが分からないわけじゃない。でも、全部捨てて生き残った後に何が残る?」
「・・・・・そんなの分かるわけないじゃないですか。僕は総理として日本が生き残る為の道を選択するだけです。たとえ其れがどれ程非道なことでも」
「・・・・そうか」
此の議論は続けても平行線のままだ。非難をするコウも非難される隼人も世界にとっての正しさを持たないから。
「其れで、俺に口止めをする為に呼びつけたわけじゃないんだろ。アンタは俺に何をさせたい?」
だからコウは議論を止めて話を元に戻した。
「サウロンは基本的に旧市街に居ます。そして旧市街から市街に入らない様に此方で処置を取っています。まぁ、詳しく説明をしても理解できないだろうから特殊な機械を使って結界を市街に張り巡らせているとでも思ってください」
「はぁ」
「だが、最近、結界に何の異常もないのに前触れもなくサウロンが市街で目撃されているんですよね」
「武蔵野と日野だな」
途中からコウは敬語を使わなくなったが隼人は特に気にしなかった。
「ええ。武蔵野は旧市街と隣接しているので無理に理由をつけて『問題なし』と判断することは可能です。ですが日野は」
「日野の付近は市街で固められている。仮に武蔵野に現れたサウロンは結界が一時的に何らかの異常が生じて消滅し、其の隙間から入り込んだと考え、同じことが日野でも起きたのならサウロンが日野に行く前に他の区でもサウロンが目撃されてもいい。だがあの時、避難勧告が発令されたのは日野のみ。つまり、旧市街からサウロンが日野に来たと考えるならあのバカでかくて悪目立ちする格好で誰の目に触れなかったことになる。
なら、旧市街から日野にサウロンが来たのではなく、最初から日野に居たと考えるのが正しい。だが、大分前からサウロンが潜伏していたのなら被害はもっと出ていた。けれど実際に人がサウロンの被害にあったのはあの日の一日のみ。なら、誰かが内部からサウロンを手引きしたと考えるのが合点がいく」
隼人の言葉を引き続いたコウは独り言のように呟く。其の内容は一寸の狂いもなく隼人と同じだ。どうやら彼は見た目ほど馬鹿ではないようだ。其れは隼人にとって、とても有難いことだった。やはり人間は見た目で判断していけないととても失礼なことを隼人が考えていることを知らないコウは思いつく限りの推測を頭の中で整理し、可能性の高いものを残していった。
「此れを」と隼人はコウの前に一枚の写真を見せた。写真には球体の装置が映っていた。
「巧妙に細工されていましたが。調べによるとトライゾン国の物だというのが最近になって分かりました。此れ、何処に合ったと思います?」
少し考えてからコウは「まさか!」と隼人を見た。隼人はコウの反応に満足げに頷いた。
「そうです。武蔵野と日野にありました」
「此れ、何の装置だ?」
「時空転送装置です」
「はぁ?」
「つまり、ある物を別の場所に移動させるものです」
「そんなSFじみたものがあるか」と思わずコウは突っ込んでしまった。
「サウロンなんて化け物が出ている時点で常識的に物を考えるのは止めた方がいいですよ」
と、隼人に言われると「確かに」と言うしかない。
「もしかして、俺にトライゾンに行って調べて来いって言っている?」
「もしかしなくても言っています。あなたは察しが良くて助かります」
「何で俺?総理大臣ならもっと良い人選できるでしょう」
「僕の周りに信用できる人間はいないので」
「俺だって今日会ったばかりの人間だぜ。信用できるのか?」
「ええ」
隼人は即答した。此れにはさすがのコウも驚いた。
「あなたが私を裏切っても何のメリットもありませんし、あなたと私は今日が初対面で何の腐れもありませんので裏切られたところで僕の方にデメリットはありません」
「アンタ、可愛い顔して結構エグいな」
「よく言われます。で、どうします?」
「まぁ、乗りかかった船だしな。此処で断っても結局気になってウジウジ悩むことになる。俺はそういう性分だからな。乗らせてもらうよ」
「では、旅費などをお渡ししますね。報酬は成功報酬と言うことで」
「前金はよこしな」
「しっかりしていますね。では、報酬の半分を。残りは成功したら」
「交渉成立だな」
クリミネルの会議室には勝成、仁美、今日子、伯明が居た。つい先ほど帰って来た藍華の報告を受け、そして遠子から送られた藍華の検査結果が添付されたメールを見終わった後だった。
訓練室には蒼空が、屋上にはいずなが、鷹人はクリミネルを出て公園のベンチに座り、舞子は体調を崩した為、自室に居た。体調を崩した舞子以外は全員が葉の死を知った。舞子はいずなからのメールで言った。
其の一時間前会議室ではシン国で起きたことを藍華が報告した。
淡々と報告をするのでいずなは思わず藍華の胸倉を掴んで怒鳴ってしまった。
「仲間が一人死んだのよ!アンタ、何でそんな何でもないみたいに言えんのよ」
「いずなちゃん、止めるんだ」
伯明は席から立ち上がり、藍華を責めるいずなを注意した。だが、いずなは藍華を放そうとはしなかった。
「どう、報告しろって言うの?涙の一つでも見せれば満足するの?」
「ふざけんな!そうじゃないでしょ!そうじゃない、そんなんじゃない!」
「じゃあ何?」
「本気で聞いているの?本気で何も感じていないって言うの?」
「・・・・・・・シンに行ったのは私だけ。だから、みんなにとっては高岡葉という仲間を一人失った。でも、私は違う。ルーフェイン、リーファン、バク。シン国で共に戦ったソルダ。過ごした時間は短かった。でも、言葉を交わし、少しだけど彼らの抱えている事情を知り、一緒に食事をして一緒に笑った。でも、みんな死んだ。
私は誰も守れなかった。私一人、おめおめと生き残って帰って来た。責めたければ責めればいい。『戦場から逃げ帰った臆病者』と『仲間を見殺しにした悪魔』と」
シン国では実際に藍華をそう責める者も居る。此れは隼人が言っていたことだ。
「アンタは何も分かっていない。私はあんたを責めているわけじゃない」
「じゃあ、何?私はいったい何を分かっていないって言うの?」
「何で平気な顔するの?私は馬鹿だけど、アンタが仲間を失っても何も感じていないって思える程馬鹿じゃない」
「何も分かっていないのは桜井さんよ。平気を装っているわけじゃない。
ただ、一瞬だった。本当に一瞬でみんな死んだの。
目が覚めた時、私は一人だった。でも実感なんて湧かなくて、どうしていいか分からないだけ。泣けばいいって言われても泣けないのよ」
そう言う藍華の声は今にも泣きそうだったけど、涙は流れなかった。
いずなは藍華から手を放した。大人達はまだ話し合うことがあるので会議室に残ったが、残りのメンバーは解散した。誰も何も言えないまま会議室の前で其々がバラバラに離れていった。
藍華は休憩室に居た。クリミネルから出て外の空気でも吸えば、此の体内にたまったままになってしまった濁った二酸化炭素が吐き出され、少しは楽になるのかもしれない。けれど、今は楽になることが辛いのだ。
目を閉じれば今でも思い出す。仲間が死んでいく様が。けれど瞼の裏で仲間の死を再現しても過ぎ去った時間は戻ることはなく、失った仲間はもう戻らない。
「・・・・・藍華ちゃん」
休憩室のソファーに寝転がっていた藍華の元に冷たいジュース缶を二本持った伯明が躊躇いがちに入って来た。
「・・・・良く見つけますね」
「まぁな。と、言いたいところだけど実は虱潰しに探した」
「馬鹿正直に言わなくてもいいですよ。『まぁな』で留めておけば格好いいのに。でも、そういう正直な所嫌いじゃないですよ」
「そうか。何か照れるな」
伯明は藍華の前にあるテーブルの上に藍華の為に買ったジュースを置いた。だが、藍華はソファーに横になったままジュースを見つめるだけで飲もうとはしなかった。
「あまり自分を責めるもんじゃないぜ」
「無理を言いますね」
「無理でも何でもだ。意味のないことだ」
「分かっていてもしてしまうのが人間の駄目な所ですね」
「人間の優しさだ」
「何処がですか?」
「『わーい、やった。生き残った』って思っても間違いじゃない。でも、そうしない。できない。自分以外の人の死に心を傷めているからだ。其れは優しさだ」
「・・・・・」
「どうして泣けないか、分からないだろ」
「蓮城さんには分かっているんですか?」
「嗚呼」
「其れは凄いですね」
「馬鹿にしているだろ」
「いいえ」
「まぁいいけど」
「・・・・・どうしてですか?」
「本当の意味でお前が本音を吐露してないからだ。お前は本音を隠すのが上手い。自分でも気づけないぐらいにな。まぁ、自分の弱さを他人に見せないようにすれば自然とそうなる」
「噓つきの出来上がりですね」
藍華の茶化に「そうだな」と伯明は苦笑した。
「人に弱さを見せるのが怖いか?」
「知られたくないだけです」
「何故?」
「分かりません」
「本当に自分の弱さを知られたくない相手ってのは仁美ちゃんじゃないのか」
伯明は初めて会った時からそうだった。見ていないようで見ていて、人の嫌な所を突いて来る。しかも的確に。
「・・・・・第三者にとってはどうでもいいことでも当事者にとっては人生の中で重大に分類される出来事ってありますよね」




