第八章 休息
とても高い天井だった。シン国の王宮に比べたら低いのかもしれない。其れでも民間の家に比べたら高いだろう。更に寝かされているベッドはふかふかで体が沈んでなかなか起き上がれない。
寝間着を知らない間に着せられたようだ。今まで着たこともないシルクが肌をさらさらと撫でる。
此処は何処なのか、状況が理解できない。寝起きで回らない思考回路を必死に遡り覚えている限りのことを思い出そうとした。そして、其処で後悔をした。思い出さなければ良かった。此処が何処なのか、自分の身に何が起こったのか分からない。けれど、仲間を一人も守れずに自分だけが生き残ってしまったことだけは分かる。
ルーフェインとリーファンは巨大なサウロンに殺された。バクは限界が来て憑依され、葉が殺した。そして葉は仲間を手にかけたことを悔いて自決した。
見ていることしかできなかった。仲間が死に逝くのを。見ていることしかできなかった。何て無様なんだろうと思うと自然と笑みが零れた。己を嘲笑すると気持ちは幾分か楽にはなれたが自分がより一層惨めにもなった。
「どうやら目が覚めたようですね」
部屋に白髪の青年が入って来た。此の家の主だろう。
「初めまして、黒崎藍華さん。僕は篝隼人と言います。日本の総理大臣をしています」
「其の割には随分若く見えますが」
「ええ、今年で二六歳になります。此のご時世ですからなかなかなり手がいなくて」
「面倒くさいでしょう」と隼人はふざけた感じに言う。其れでも藍華の警戒心はまだ解けない。
「其れで、私は何故こんな所にいるんですか?其れに此処は日本ですか?」
「ええ。此処は日本ですよ。そして僕の家です。
シン国からあなたを引き取る様に頼まれましてね。其れで迎えに上がった次第です。序に言うとあなたは一週間昏睡状態でした」
「其れで何故、総理大臣がわざわざ私を迎えに来るんですか?普通はクリミネルの関係者だと思うんですけど」
「もっともな言い分ですね」
隼人は優雅な手つきで紅茶を入れ、藍華に差し出すが信用できない人間の手から貰ったものを口に入れる気になれず首を振って断った。仕方がなく隼人は近くにあった椅子に腰かけ藍華の為に入れた紅茶を飲む、どうやら毒は入っていなかったようだ。
「僕があなたを引き取りに行ったのはね、あなたがとても特殊な被験体だからですよ」
隼人は持っていた紅茶を床頭台に置き、理解できずにいる藍華の左手を持ち上げた。彼女の左手人差し指には見覚えのない指輪がついている。
「シン国に出現したサウロン。日本では其れをフュズィオン型と命名しましたが。あなたの中に元からあったコアと其のフュズィオン型のコアがあなたの中で融合しました。此れは今までにない現象ですね。少し調べさせて頂きました」
「女性が寝ている間に許可もなく?育ちとは違って随分無作法なんですね」
「申し訳ありません」と言いながらも彼は本当に悪いと思ってはいないようだ。
「其れで、結果は?何か分かったんですか?」
「コアが完全にあなたと融合しています。けれど、あなたの中には二つのコアのエネルギーがある為体に対する負荷は強くなるでしょう。其れと遺伝子の一部が変異しています。
サウロンに体が近づいていますね。具体的な影響はまだ観察してみないと分かりません」
「・・・・・そうですか」
正直、自分の中で何が変わったのか分からない。そんな感覚もないので実感が湧かない。思えばソルダになってから実感が湧かないことばかりだ。
「今から検査室に行って発動してもらいたいんだけど大丈夫ですか?」
「はい」
一週間も寝ていたせいか体は少し怠かったが、動く分には問題なかった。検査室には何故か総理大臣もついて来た。此の人、仕事しなくていいのだろうか。と、思いながらも相手が雲の上の人なので口に出すのは止めておいた。
「黒崎藍華さんね」
エレベーターで地下に行くと検査室があった。金髪(おそらく染めている)をポニーテールにした白衣の女性が其処には居た。
「はい、じゃあ此れ頭につけてね。嗚呼、私の名前は天音遠子。嗚呼、其処に立ってね」
藍華は幾つもの配線がついたものを頭につけ、言われた場所に立つ。遠子はパソコンの前に行き、装置が問題なく設置されていることを確認。メガネの奥に光る黒い瞳が隙間を見逃さない様にコンピューターの中身を見つめる。
「はぁい。じゃあ、発動して。まずはラポールから」
「ラポール」
此れは問題なく発動できた。
「では次お願いします。ラポールの発動は其のままで」
「はい」
藍華は目を閉じる。初めてラポールを発動した時と同じだ。コアの存在を意識する。
<やぁ、藍華。起きたんだね。君が眠っている間大変だったよ>
「シン国に居たコアと融合したと聞いた」
<君の元となるコアは我だ。だから自我は我で統一された>
「指輪。知らない間につけていた」
<融合した時にね全部を君の体に入れることはできなかったんだよ。其の指輪は弾き出された分のコアが集結してできたもの。エヴァンジルと同じだと考えていいよ>
「発動したい」
<指輪のコアに意識を集中しな。そうすれば発動方法を教えてくれる。 でも、力は我の比じゃない。長時間は避けるべきだ>
「何故、そんなことまで教えてくれるの?」
<我と君は一心同体。君が死ねば我も死ぬ。そう考えると当然のことじゃない>
「そうね」
藍華は意識を指輪に移す。ドクンと指輪が脈打つ。自我はラポールで統一されたが此の指輪のコアも確かに生きているのだ。
「サン・グラール」
指輪が金色の光を放ち、黄金の聖杯に姿を変える。
「藍華さん、何か異常はありますか?」
「問題ありません」
「遠子さんの方は?」
パソコンを食い入るように見つめる遠子に隼人は聞く。
「数値が以上に高いです。此れはあり得ません。メーターが振り切られました」
「興味深い結果ですね」
「ですが、長時間の使用は避けた方がいいかもしれません」
遠子はコアと同じ結論を出した。
「藍華さん、発動を解いてください」
藍華は言われた通りに発動を解くと発動時にはなかった倦怠感が襲い立つことができなくなった。
「藍華さん、大丈夫ですか?」
「はい」
「遠子さん、此れは?」
隼人は藍華の体を支え、ベッドの上に座らせた。
「発動中は身体能力が向上します。現在の藍華さんですと通常のソルダの何倍も向上します。ですから問題ありません。けれど、発動を解くと身体能力が下がるので負荷が一気に来ます。暫く其処で寝かせておいてください。そうすれば動けるようになるはずですから」
「今日中に本部に戻りたいんですけど。仲間のことも伝えないといけませんし」
「本部までは私がお送りしましょう」
いや、アンタ総理でしょう。と藍華は思わず突っ込みそうになった。
「遠子さん、最低でも休息はそれくらいですか?」
「夕方までは」
「では、そうしましょう。構いませんね、藍華さん」
「はい」
藍華の検査データを遠子はメールで本部に送信し、藍華よりも一足先に本部へ帰ることになった。
藍華は何故か言われた通り、夕方に隼人の運転する車で本部に戻った。
藍華を送った後、家に戻ると、其処には藍色の髪に漆黒の瞳をした男が居た。何の特徴もない男だが左頬に刻まれた赤い星のタトゥーンが妙に目を引く男だ。
「ピエロ、随分遅かったですね」
「御所望の人間は書斎に通しておきましたよ」
「嗚呼、ありがとう」
「じゃあ、俺は此れで」
「折角だからご飯一緒にどうですか?」
「冗談。俺はこういう所で飯は食いたくはないね。お前と一緒だなんて余計にまずくなる」
総理大臣に対して言うセリフではないが彼は誰にでもああいう態度だし、自分にそういう態度を取る人間は居ないので新鮮で隼人は特に咎めたりはしない。
「さてと」
隼人が書斎に入るとピエロの言う通り、隼人が会いたいと望んでいた人間が其処に居た。其の人間はヨレヨレのコートを羽織り、到底隼人の書斎の似合うタイプではない。其れでも彼が会いたいと望んだのは日本の此れからについて重要なことを頼めるタイプだと思ったからだ。
「あなたが流コウさんですね」
「嗚呼。最初あの星野郎に言われた時は冗談かと思ったが。まさか本当に史上最年少の総理大臣様が来るとはな」
「率直に言います。あなたがカメラで収めたものを全て此方に渡してください。其れとあなたが知っている内容の全てをお話しください」
「話してどうする?」
「そうですね。場合によっては此方からあなたにお仕事をお願いすることになると思います」
「ジャーナリストは真実を大衆に知らせるのが役目だ。頼まれても捏造記事なんか書かねぇぞ」
「そういうあなただからこそ私は仕事を頼んでみてもいいと思ったんですよ」
「何だと?」
「あなたのことは色々と調べさせてもらいました。現在は血の繋がらない妹さんと住んでいますね。妹さんの名前は美玖さん。彼女は実の両親に捨てられ、あなたに拾われた。
あなたには以前お付き合いしている方が居ましたね。其の方とは仕事を最優先する為ということで別れたけれど、今一緒に仕事をしているということはまだ未練があるということですね」
「・・・・・・良く調べたな」
「此の国の総理大臣ですから」
爽やかに国家権力を示してくる。
隼人がどんな仕事を頼んで来るかは分からないが黒崎について国が関わっているのは事実。自分が知りたいと思うことの中枢に居る男だ。話に乗るのは悪くないと思い、コウは日野で撮った写真を全て隼人に渡した。
「良く撮れていますね。逃げようとは思わなかったんですか?下手をすればあなたも危なかったと思いますが?」
「危険を恐れていては良いものは撮れないので」
「好奇心は身を滅ぼしますよ」
「友人も言われました」
「良いご友人を持ちで」
「どうも」
写真には日野に出現したラ・モールと現在ソルダである四人の中学生がばっちり映っていた。其れとは別に病院から出てくる藍華を隠し撮りしたものまである。
全部で十数枚はある写真を隼人は机の上に無造作に置いた。
「其れで、他に君は何を知っているのですか?」
「此処から先の話に証拠はありません。調べた内容と俺の推測になります」
「其れで結構です」
「黒崎仁美、現在は黒崎記念病院で働いていますが以前は瀬谷病院に勤めていました。当時の院長は既に亡くなっていませんが息子は行方不明。可笑しいことに何処を探しても瀬谷真純という男は存在していないんですよ。市役所も調べましたが戸籍すら存在していませんでした。
同じことが最近起こっています。武蔵野の事件です。事件の原因となったキクラ製薬会社の関係者全員です。
武蔵野に居た人間は全員爆発は二回起きたと言っています。けれど、俺や武蔵野付近に居た人間は爆発は一回のみでしかも爆発は避難勧告が出て暫くしてから。そして爆発した方向にキクラ製薬会社はない。
ある人間が武蔵野で黒い影のような化け物と人間のような化け物を見た人が居ます。そして夜空色の髪に漆黒の瞳を持った少女も目撃されている」
コウは机に無造作に置かれた写真から藍華の写真を一枚引き出した。




