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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第六章 共闘Ⅳ

「其れって」

 「はい。私達は味方を殺すんです。こっちの方がよっぽど軽蔑対象ですね」

 ルーファインは苦しそうに笑った。

 「いいえ、いいえ。殺さなければ殺される。戦場では其れが当たり前です。大切な仲間を殺してまで己を生かす。其のことには意味があります」

 そんなことを言ってくれる人間はいなかった。仲間を殺すのはシンでは当たり前のことで、時には其の家族、関係者から「人殺し」と罵られることもあった。其れでも仕方がないと繰り返してきた同族殺し。

 「あなたや他のソルダが一人でも多く生き残れば其れだけ多くの人が守れるということです」

 涙が零れそうになった。

 少女はとても美しい姿をしていた。其の少女が月に照らされることでただの美しい人から天女になったようだ。

 ルーファインは思わず藍華に見惚れてしまった。

 「アメージンググレイス」

 「?」

 「さっき、私が歌っていた歌の名前です。いつの記憶かは分かりませんが、私の心に深く刻まれた歌なんです。外国の歌なんですけどね」

 「どういう歌なんですか?」

 「赦しの歌です」

 「先程は英語で歌っていましたね」

 「ええ。

 アメージンググレース

 何と美しい響きであろうか

 私のような者までも救ってくださる

 道を踏み外し彷徨ってしまった私を神は救い上げてくださり

 今まで見えなかった神の恵みを今では見出すことができる」

 「本当に素晴らしい歌ですね」

 夜も更けて来た。明日の任務に差し支えない様に藍華とルーファインは部屋に戻ることにした。

 別れ際に「もしかしたらあなたのお母様があなたが生まれる前に口ずさんでいたのかもしれませんね。あなたが生まれることを願って。そういう記憶は残ると以前聞いたことがあります」ということをルーファインが言うので藍華は「まさか」という反論を呑み込んで「そうだといいです」と心にもないことを言った。

 二人のそんなやり取りをリーファンは影から眺めていた。二人はリーファンの存在に気づくことなく部屋に戻り、眠りについた。戦場に行く前の一番安らげる至福のひと時を味わった。





 ルーファイン、リーファン、バク、藍華、葉は巨大なサウロンが居る地点に車で向かう。ジェット機で行くのが本当は一番早いのだが、あれは飛ばすだけでお金がかかる。同じ理由で日本でも移動は車なので、車移動でも藍華も葉も文句は言わない。

 例え同乗者の一人に敵意を向けられながらの短い旅でも。

 「此処から先は結界の外です。サウロンがいつ襲ってきてもおかしくはないので気を付けてください」

 「足だけは引っ張らいでよ」

 「リーファン!」

 「お望みなら手を引っ張てあげますよ」

 「わはははは」と藍華の反論にバクは豪快に笑う。

 「こいつは良い。引っ張ってもらえよ、リーファン」

 「なっ」

 「バク」

 リーファンは顔を真っ赤にして起こり、ルーファインは呆れたようにバクを咎める。

 「言っとくけどな、リーファン。戦場ではてめぇみてぇなのが真っ先に死ぬんだぜ」

 いきなりバクが真面目な顔で言うのでリーファンは思わず黙ってしまった。ルーファインは車を運転しながら二人のやり取りを見つめるが止める気はないらしい。

 藍華と葉も黙っていることにした。つまり車内でリーファンの見方はゼロだ。

 「てめぇのミスでてめぇが死ぬのならいい。自業自得って奴だ。けど、最悪仲間を道連れにすることもあるんだぜ」

 「わ、分かってるわよ」

 怯えるリーファンを見てバクはニヤっと笑う。

 「ならいい。俺に文句はねぇよ」

 掴めない人だと藍華は思った。

 「・・・・・黒崎さん」

 葉は怯えた声で藍華を見た。藍華は大丈夫という変わりに葉の頭を撫で、発動を促した。

 「セルパン」

 「其れで問題ない。あなたは私が守るので其処に居なさい」

 藍華は余裕の笑みを見せた。目の前にはディアーブルの軍団だ。

 「絞めつけろ」

 車に乗ったまま葉はセルパンを発動させ、腕をディアーブルに向けて伸ばした。そして、何かを握る様に拳を作るとディアーブルが不快な金属音のような声をあげる。

 ディアーブルに巻き付いた黒い蛇が徐々に絞めつけをきつくし、最終的に絞め殺してしまった。ただセルパンで一度に殺せるサウロンは三体までだ。しかも絞め殺しが終わるまで葉はまったくの無防備を晒してしまうので近くで守る者が必要になる。

 今回は近くにシン国のソルダが三人も居るので藍華はラポールを発動し、車から飛び降りた。そして残り四体のディアーブルにラポールを突き刺す。

 「マレディクシオン」

 ディアーブルはあっという間に石化した。

 別のディアーブルが触手を伸ばし、藍華の頬を掠める。僅かに血が滲む。

 「任せろ」

 藍華に続いて車から飛び降りたバクが大剣を振り回し、ディアーブルを切り裂く。豪快な動きだ。其れに斬るだけでいいのは戦いやすそうだ。藍華は思わずラポールを見て。私も剣とか刀が良かったなと思った。

 <おい>と怒るコアの声がしたが藍華は聞こえなかったことにした。

 ディアーブルは全て排除した。

 「やるな、あんたも」

 「其方も」

 頬についたはずの傷は既に治っていた。バクは驚いたような顔をしたが直ぐにまた面白いと笑った。何が面白いのか藍華には分からなかった。

 「三人ともご苦労様」

 先行してしまった藍華とバクの元にルーファインが車を走らせて来てくれた。

 「日本のソルダは凄いことをしますね」

 「あれぐらい、私にだって」

 藍華を褒めるルーファインが気に入らないのか、リーファンは直ぐに突っかかって来た。そんなリーファンの頭に藍華は優しく手を乗せた。

 「あなたができることは知っています。けれど限りがあるのなら乱発は避けなさい」

 「何其れ、自慢?自分には限りがないって」

 皮肉的な笑みを浮かべるリーファンを見ても藍華は今度は笑わなかった。威圧することもなかった。

 「いいえ。私達にも限りはあります。通常人が一生をかけて使う生命エネルギーを私達はエヴァンジルを使うことによって一瞬で使う。其れにエヴァンジルで私達の身体能力は強化されているけれど元は普通の人間よ。酷使し続ければやがては限界が来る。

 私達もあなた達と同じよ。戦えば戦う程此の体は死に近づく。事例がないから確かではないけれど博士からは二〇歳まで生きられたらいい方だと言われているわ」

 ソルダになった日、全員が受けた説明だ。自分達の最期を。まだ誰もエヴァンジルの使用が原因で死んではいない。だから、実感は湧かないし、想像しただけで怖いから考えない様にしている。

 藍華の話を聞いて、葉は自分がソルダの説明を受けた時のことを思い出した。泣き喚いて、無理だと言った。でも、叫んだところで自分の運命は変わらなかった。

 其れに自分以上に泣いてくれた両親のことを思うと彼らを守る為ならと臆病な自分を奮い立たせることができた。

 「二〇歳までは生きられない私達、数回戦っただけで死んでしまうあなた達。徐々に死に近づく私達、敵となり味方に一発で殺されてしまうあなた達。

 どっちが不幸だなんて言わない。比べるつもりもない。けれど、己を憐れむな。卑下するな」

 リーファンは口減らしの為に親に売られた。ソルダとして。そんな自分が可哀想で仕方がなかった。だから全部を恨んだ。自分を捨てた親も、自分をソルダとして戦わせる国も。不平も言わずに戦って死んでいく仲間も。其れが当たり前だと思っている一般市民も。

 藍華に言われて初めて自分が自分を一番哀れみ、其のことで惨めにしていることにリーファンは気がついた。でも、認めたくはなかった。ルーファインと仲良くしいている女の言うことなんて聞きたくもない。

 「あんたに私の何が分かるのよ」

 「そうね。分からないわ。でも」と言って藍華は悪戯を思いついた子供のような笑みを浮かべ、リーファンの手を引っ張った。

 藍華の綺麗な顔が近づいて、リーファンは思わず赤面した。

 「良い眺め」と訳の分からないことを言っているバクは無視だ。

 藍華は誰にも聞こえないようリーファンの耳元で囁いた。

 「あなたのルーファインを取らないから安心しなさい」と。

 リーファンは赤くなった顔を更に赤くして「ふざけんなぁ」と叫んだ。

 さて、大分ロスしてしまったが移動再開だ。車に乗り込んだ藍華に葉が「何を言ったの?」と不審な者でも見るような目で聞いて来たので「女の内緒話よ」ととても良い笑みで答えた。

 ソルダになるまで藍華と葉はあまり会話をしたことがなかったが、ソルダになってこうやって二人だけで異国に来て初めて葉は藍華のいろんな面を見ることになった。そして其の結果、藍華の笑顔は怖いというのが分かった。

 「そう言えば、あんた何歳?」

 日本のソルダの末路の話を聞いたせいか、徐にリーファンが聞いて来た。

 「見た所二人とも一〇代よね」

 「一四歳。日本のソルダはみんな同い年よ」

 「嘘!?あんた私より二つも年下?」


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