第六章 共闘Ⅱ
気づかれない様に藍華はそっと自分の部屋に戻った。さっきまであった空腹は消滅し、代わりに目から涙が零れた。
何故、泣く?
分かっていたことだろ。知っていただろう。なのに何を今更傷つく必要がある。
<こんな世界、滅んでしまえばいいのに>
コアが言う。傷つき、涙を流す藍華を嘲笑しながら。
「うるさい」
<守る価値なんてないだろ>
「黙れ」
<可哀想な藍華。命を懸けて守っても、此の世界に君の居場所はない。此の世界に君の守りたいものなんてない>
「うるさい」
<何故戦う?何の為に戦う?君は一体何を望んでいるんだ?>
答えられなかった。答えなどなかった。
「シン国と共闘?」
「そうだ」
今日はクリミネルで戦闘の訓練をする日だった。ソルダは週に何回かはクリミネルの本部に行き、様々な状況を予想した戦闘訓練を行う。
だが、訓練前に藍華と葉は勝成に会議室に呼び出された。会議室の机に上にはシン国の地図があった。
「シン国は日本の東部に位置し、国土は日本の五倍はある。人口は五万人」
現在、日本の人口は三千人となっている。ほとんどの国がそうだ。三〇年前の事件で人口が一万人以下となった国は珍しくはない。シン国の方が今の時代珍しいのだ。
「国土も広く、人口も多いシンだが、その分問題も大きい。どんなに国土があっても其の殆どが枯れてしまい、食物は実らず、食料困難に陥っている。其の為、口減らしの為に我が子をソルダや其の実験に用いている家計も珍しくはない。我が国のように子をソルダにさせたところで大金が国から送られることはないがな」
「シン国の民にとってサウロンやソルダは日常的なこと、彼らは現状をご存じなのですか?」
「現状を民に教えるかどうかは其の国の判断に委ねられる。シン国の民は知っているが、日本のように民に其の存在を隠している国もある。ユーロ帝国やトライゾンも其の一つだ」
「其れで、私達の今回の任務は?」
「シン国に巨大なサウロンが出現した」
「えぇ」
今まで黙っていた葉が情けない声を上げたが、勝成は構わず説明を続けた。
「シン国だけではどうすることもできない。日本に比べてソルダの研究が遅れている。其の為、シン国のソルダだけでは対処できず日本に救援要請が来た」
「何で日本に」という葉の質問には藍華が答えた。
「シン国と日本が友好関係にあるからでしょ」
「其の通りだ。勿論、我が国にとっても大切なソルダを送り込まなければいけなくなるのでタダでとはいかないがな。
見返りにサウロンの研究の権利が我が国に委ねられた。勿論、研究の結果はシン国にも教えなければならないがな」
シン国は貧しく、研究設備も整っていない。だから巨大なサウロンを手に入れても十分に研究することができず、其処で全てを日本に預けた。丸投げされたようなものだが、其れでも今までにないサウロンの研究結果で何かが分かることもある。其の為に日本はシン国の提案に乗ったのだ。
「シン国に行っている間日本を空にするわけにはいかない。其処でソルダの中で実戦経験が豊富な藍華と補欠である高岡葉、君達二人にシン国に行ってもらう」
「そんなぁ」
「分かりました」
納得のいかない葉をしり目に藍華は任務とシン国に行く日時を聞いて、踵を返した。
「藍華、仁美のことだけどな」
「私には関係ありません」
脳裏に昨晩のことが蘇った。だからじゃない。藍華が勝成の言を遮ったのは。そう自分に言い聞かせて藍華は会議室を出た。
シン国に行くのは明朝となった為、藍華と葉は今日の訓練は免除された。
葉は顔を出していくと訓練室に向かい、藍華は誰とも会わずに本部を出た。
「藍華さん、どうしたんですか?」
病院の前で藍華は彰と出会った。
「何処かお悪いんですか?」
「いや、母に頼まれたものを持ってきただけよ」
「そうですか。良かった」
本気で心配し、藍華に問題がないと分かると心から安心する彰を見ていると、嘘をついていることが申し訳なく思ってしまう。
「彰君はどうしたの?」
「学校で先週、健康診断があったんです。夏休み前に健康診断なんて珍しいんですけど」
普通は春にするものだ。今回行われた健康診断はおそらくソルダ候補を探る為だろう。
「再検査を言い渡されてしまって。其れで、今日来たんです」
彰は何でもないことのように言うけれど、再検査を言い渡されたということはソルダ候補の可能性があるということだ。
「そう」
事実を知りながらも言うこともできず、自分の両親に彰を外す様に言うこともできない。藍華のそんな苦悩を勘違いしたのか彰はへらっと笑った。
「大丈夫ですよ。きっと何の問題もないです。」
「そうね。気を付けて帰ってね」と藍華は彰を抱きしめた。
「あ、あの、藍華さん!?」
驚き手を宙に浮かせてばたばたする彰の顔は真っ赤だ。其れを見て藍華は満面の笑みを浮かべて彰に別れを告げた。
まだ茫然とする彰の後姿を見ながらちょっとやりすぎたかなと思いながらも、其れでも好意を寄せてくれる彰の反応が面白くて藍華はまた笑った。
「すみません、黒崎藍華さんですか?」
彰と別れて直ぐ、赤い髪の女とぼさぼさの髪にヨレヨレの服を着た男が近づいて来た。男の方は少し驚いた顔をして藍華を見ていた。
藍華は笑顔を引っ込めた。相手を観察するような鋭い目で二人の人間を見つめる。
「私達はこういうものです」
藍華の表情の変化に戸惑うことなく、相手の警戒心を解くための優しい笑みを浮かべて赤髪の女は名刺を見せた。其れを見て、男が「お前そんなもん持ち歩いてるのか?」と耳元で呟き、呟かれた女は「常識よ」と答えていた。
受け取った名刺を藍華が見ると、其処には三國佐夜子という名前が書かれていた。
「ジャーナリストですか。其方の方も?」
「ええ。彼は流コウ」
「どうも」
申し訳ない程度にコウは頭を下げた。
「ジャーナリストに話せるような面白い話なんて私、持っていないけれど」
「そうでもないでしょう。たとえば、武蔵野のこととか」
「此処は武蔵野ではありませんよ」
「言ったことぐらいあるんじゃないの?」
「何しに行くと言うんですか?千葉のようにネズミランドがあるならまだしも、武蔵野って観光名所ないじゃないですか」
「そうね。でも、キクラ製薬で事故があった時、あなたは武蔵野に居た。目撃者が居るのよ」
「其の人が言ったんですか?『黒崎藍華を見た』と」
「ええ」
嘘だ。目撃者は藍華のことを知らない。コウと佐夜子は稔が言った特徴と酷似し、更に黒崎仁美の娘である藍華に鎌をかけているのだ。
「そうですか。では、其の人の勘違いですね。先程も言いましたが私は武蔵野へは行っていませんよ」
藍華は簡単に鎌にはかかってくれなかった。曲がりなりにも黒崎仁美の娘だ。そう簡単にぼろを出さないのは二人にとって想定内。
「他にご用件は?なければ失礼します」
「お母さんこと、どう思ってる?」
立ち去ろうとした藍華は佐夜子の質問に足を止め、口元に笑みを浮かべた。
「其れこそあなたには関係のない話ですね」
彼女は其れだけ言って、其の場を去った。残された佐夜子は思わず座り込んでしまった。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫か、ですって。そんなわけないじゃない。何よあれ。本当にあれで中学生だって言うの?」
ただ話していただけなのに大物芸能人を相手にするよりも緊張した。ジャーナリストとして幾つもの事件に関わって来た。殺人鬼と話をしたこともある。けれど、どの殺人鬼も佐夜子に恐怖を植え付けても畏怖の念を抱かされるまでにはいかない。
子供と侮って取材に臨んだわけではない。けれど、其れでも覚悟が足りなかったのだ。
「黒崎、気を付けてね。高岡、アンタ男なんだからビシッとしなさい」
明朝、シン国に旅立つ藍華と葉を見送る為にソルダと伯明、夏帆、そして葉の両親が揃っていた。其処に藍華の両親の姿はなかった。
「葉、必ず無事に帰ってくるのよ。藍華ちゃん、葉をお願いね」
葉の両親の言葉に藍華は力強く頷いた。
「葉、頑張ってきなさい」
葉の父親は葉の頭を優しく撫で、そして二人で葉を強く抱きしめた。
「藍華、気をつけろよ」
其の隣で蒼空と鷹人が心配そうに藍華を見つめた。
「ええ」
「藍華ちゃん、君が一日でも早く帰って来れることを祈っているよ」
「ありがとう、タカ」
「藍華ちゃん、其の勝成のことだけど」
「二人とも忙しいのよ。仕方がないわ。其れに私は二人が来るよりも蓮城さんが来てくれる方が嬉しい」
そう言って無邪気な笑みを見せ、本心を覆い隠す藍華に苦笑しながら伯明は藍華を抱き締めた。
「帰って来いよ」
「ええ」
「私、ソルダのこと馬鹿にしてた」
武蔵野で初めて一緒に戦った夏帆は言った。
「所詮は実戦経験のない子供だって。でも、其れは間違いだった。あなた達は此の国の希望よ。だから生きて帰って来てね」
「ありがとうございます、十鳥さん」
出立の時間が来た。
「暫く留守にします。その間はお願いします」
「任せなさい」
藍華の言葉にいずなが代表して答えた。そして、葉と藍華はヘリに乗り込み、日本を立った。
上昇していくヘリの中から藍華と葉はどんどん小さくなっていく仲間の姿を見つめた。
「いよいよ、シン国に行くのか」
完全にみんなが見えなくなり、葉が不安そうに呟いた。
「不安?」
「黒崎さんが羨ましいよ。どんな時でも冷静でにいられて。僕なんか」
「冷静じゃないわよ。いつだって怖いし、今だって不安で仕方がないわ」
「そうなの?でもそんなふうに見えない」
「あまり表情に出ないだけよ。だからかな、気持ちが通じないのは。そんなつもり、ないのに」
藍華が誰のことを言っているのか葉には分からなかった。少しだけ寂しそうに過ぎていく母国を見つめる藍華を見て葉を舞子の言葉を思い出した。
「一宮さんが言ってた」
外に向いていた藍華の視線が葉に向く。
「平気な顔をしている人間が平常な心を持っているとどうして言える。笑っている人間が幸せだとどうして言える。強い心を持っている人間は何者にも屈しない強い心を持っているとどうして言える。って」
藍華も舞子のことはよく知らない。いつもいずなの後ろでおどおどしているところしか見たことがない。だから、そんなことを言うとは思わなかった。
驚く藍華が過去の自分達と重なって見えた葉は少しだけ緊張が解け、笑みがこぼれた。
「黒崎さんはとても不器用なんだね。でも、君は君が思っているよりも両親に思われていると思うよ。任務を言い渡された時だって黒崎指令は言ってた『大切だ』って」
「道具としてよ。其れ以外の意味なんてないわ」
「其れは違うと思うよ」と言おうとした時「もう直ぐ到着です。離陸の準備を」というパイロットの言葉に遮られた。
パイロットは藍華達を送り届けたら日本に帰る予定なので藍華達はヘリから飛び降りることになる。
下には既に迎えの物が来ていた。
「何だか、チャイナ服みたいだね」
「折角だから着せてもらったら。案外似合うかもよ」
「恥ずかしいからやだよ」
そんな冗談を言いながら藍華と葉はヘリの中から外に飛び降りた。「ご武運を」と声をかけてくれたパイロットに応えて。
「日本のソルダ、黒崎藍華様と高岡葉様ですね。お待ちしておりました」
「シン国皇帝がお待ちです」
「出迎えありがとうございます。案内をよろしくお願いします」
科学班が開発してくれた翻訳機は藍華の発した言葉をシン国の言葉に変換し、シン国の者が発した言葉を日本語に変換してくれるのでとても便利だ。
案内された王宮の壁、柱から至る所までが城で統一され、其の端々を金で飾っていた。白で飾られた中はとても美しいが調度品の類が一切なく、本当に人が住んでいるのか疑いたくなる。
「此方です」
案内された部屋には長い髭を生やし、腰まである白髪を垂らした高齢の男が玉座に座っていた。どうやら藍華達が案内されたのは謁見の間のようだ。
十段もある階段の先に置かれた玉座に座る皇帝は藍華と葉を見下ろす形となる。藍華達は此処に来るまでに習ってきた礼を取る。片膝を立て、頭を垂れる。皇帝の許しがあるまでは決して口を開いてはいけない。
「許す」
「お初にお目にかかります皇帝陛下。日本国ソルダ、黒崎藍華と」
「高岡葉です」
「以後お見知りおきを」
「シン国皇帝スーシェだ。此度はシン国の要請に応じ、此のような異国の地まで来てくれたこと感謝する」




