第五章 疑惑Ⅱ
「今日はカレーだよ」
「今日は?今日もだろ。つぅか、お前カレーしか作れないじゃん」
「そんことないよ。其れにカレーだって作り方によって味が変わるし」
「いかにもカレーの作り方に拘っているみたいな言い方だけど、お前はルー使ってるだけじゃん」
「ルーもいろんなの使ってるもん。第一、カレーもまともに作れないコウちゃんには言われたくない」
「はいはい、すみまんせんでした」
夕食には少し早いので適当に謝りながらコウは自分の部屋に行った。椅子に座り、情報の整理をする。
・行方不明のキクラ製薬会社の社長と職員
・日永木康生の証言 製薬会社で爆発はあった
二回目の爆発も製薬会社で起こった
事実であった場合、爆発は二回
二回目の爆発は武蔵野公園方面
一回目の爆発を確認したのは武蔵野の住人のみ
・竿留稔の証言 爆発は一回のみ。場所は武蔵野公園
ジェット機がミサイルを落とした為。
目的は化け物の破壊。ミサイルで化け物は死んだ。
・竿留稔の目撃 化け物 黒い影のような→襲われた人は人を襲うようになる
人の形をした→生き血を啜る
少女 夜空色の髪と漆黒の瞳
美しい化け物
先端に赤い液体の入ったリンゴのオプジェのついた硝子の棒
少女が叫んだ「マレ」なんとかという言葉
という感じにまとめてみた。
一番気になるのは康生と竿留の証言の食い違い。竿留は正気と言うには無理がある状態であった為、信憑性が何処まであるのか分からない。だが、爆発は一回で、武蔵野公園というのはコウの意見と合致している。
「なぁに、其れ。コウちゃん、ジャーナリスト辞めて小説家にでもなるの?」
知らないうちに部屋に入って来ていた美玖はコウの書き上げたメモを後ろから盗み見た。
「此れが小説のみの話だったら楽だったんだけどな」
「違うの?」
「今追っている事件についての情報をメモにまとめたんだ」
「もしかしてキクラ製薬の?」
「嗚呼」
「でも、あんまニュースでやってないし、その上二か月前だから殆どの人の記憶から消去されてるんじゃないの?
当事者ならともかく、あたしみたいに無関係の人って悪いけどニュースでやらなかったら直ぐに忘れちゃうし、仮にニュースでしつこいぐらいやってたとしても『またか。もういいよ』って思っちゃうもん。本当はそういうの悪いんだろうけど」
「其れが普通だろ。近所で、国内でどんな事件が起きようと無関係なら所詮は画面の向こう側の世界だ。映画を観ているのと感覚は変わらんだろ」
「じゃあ、コウちゃんはどうして注目度の低い此の事件を調べてるの?」
「意図的に注目度を下げている気がする。武蔵野の住人を全て避難させたのに、ニュースで二,三回するだけってのは明らかにおかしくないか?
今までの傾向だとお前の言う通りしつこいぐらいやっていてもおかしくはないんだ。此れは其れぐらいの事件だと俺は思っている」
「じゃあさぁ、注目度が低いのは其のメモにある化け物と関係がるのかもね」
「お前は信じるのか?」
「其れって幽霊を信じるかどうかっていうのと同じ論争だと思うよ」
「どういう意味だ?」
「居るっていう確かな証拠もなければ居ないっていう確かな証拠もない。だったら否定するよりも肯定して其の上で動いていた方が何かしらの情報は集まるんじゃないの?」
「そういうもんかねぇ」
「唯一の目撃者なんでしょ」
「まぁね」
「映画とかもそうだけど、頭のおかしな人ほど真相を知っているもんだよ。其れに案外其の化け物って政府が開発した生物兵器だったりして。其れが何かの事故で武蔵野に逃げ出して、戦闘部隊が動いたみたいな」
「お前、其れ。バイハザの観すぎだろ」
「女の人が一人でゾンビと戦う姿は結構格好いいものだよ」
「はいはい」
「其れより、ご飯。できたよ」
「直ぐに行く」
「コウ。あなた今キクラ製薬会社の事件について調べているんですってね」
会社でデスクワークに勤しんでいたコウの元に赤い髪のショートヘアーの女が来た。彼女は三國佐夜子。コウの元恋人。お互い「仕事に集中しよう」という理由で別れた。
「よく知ってんな」
「美玖ちゃんから昨日電話で聞いたのよ」
付き合っていた頃はよく部屋に来てくれていたので妹の美玖とは仲が良く、其の関係は今も続いている。
「何か伸展はあったの?」
「あればこんなメモ用紙と睨めっこなんかしてねぇよ」
「何よ此れ?」
佐夜子はヒラヒラとコウが振るメモ用紙を取った。
「やだ、あなた。小説家にでもなるつもり?」
「美玖と同じこと言うな。此れは武蔵野に住んでいる友人と避難勧告のひかれた武蔵野に留まって何か情報を掴もうとした馬鹿な将来ジャーナリスト志望の餓鬼の証言だ」
「其の将来有望なジャーナリストになって私達の手強い敵になるかもしれない子が見たってのが此の化け物ってこと?」
「嗚呼。頭がいかれてるとしか言いようがないだろ」
「比喩じゃないの?」
「いや、あれは本気でそう思って言っているって感じだった。美玖なんか政府が開発した生物兵器だったりしてとか言ってたぜ」
「美玖ちゃんなら言いそうじゃない」
「あれは最近、バイハザに嵌っているからな。映画の観すぎだ」
「そう言えば今年の冬でファイナルだっけ。連れて行ってあげたら」
「俺の趣味の映画じゃない」
「女の趣味に合わせるのも男の甲斐性よ。其れより、私も気になることがあってキクラ製薬について調べたの」
「何か分かったのか?」
佐夜子はコウに顔を近づけ、誰にも聞こえない様に細心の注意を払って言う。
「キクラ製薬会社社長、亀倉有朋は存在していなかった」
「どういうことだ?」
「いろいろと調べた結果、市役所にも問い合わせたんだけど、家族のフリをしてね。でも、そんな人間の戸籍は存在していなかったわ。社長だけじゃない。職員も全員」
「意味が分かんねぇ」
戸惑うコウを見て佐夜子は満足げな笑みを浮かべた。
「コウは私が旧市街の出身だって知っているわよね」
「嗚呼」
急に話が変わるので、何事かと思ったが此の流れで佐夜子が関係のない話を振るとは思えないのでコウは話を聞くことにした。
「私はね、瞬間記憶能力の持ち主なの」
「一度見た物は忘れないって、あの能力のことか」
「ええ、そうよ。まるでカメラのように見た物を其のまま覚えられることからカメラアイとも呼ばれているわ」
コウも聞いたことぐらいはある能力だ。昔やっていた探偵学園Sとかいうアニメの出てくる女の子が確かそんな能力を持っていた。確か何年か前にジャニジャニの涼がドラマで主演をしていたな。
其れにしても昔の自分の女にそんな能力があったなんて驚きだ。
「話が突飛しすぎてよく分からんのだが、つまり何が言いたいんだ?」
「私も見たのよ。此のメモにある通りの化け物を」
「暑さで脳がやられたか?ぐでぐでに溶けちまったのか」
「コウ!私は真剣に言っているわ」
「けどよ、信じられる内容じゃないぜ。此れ」
「分かってる。だからずっと黙ってた」
「じゃあさぁ、旧市街の奴らで目撃者はお前以外に居てもおかしくはないよな。そいつら全員が黙ってるのはおかしくねぇか?いくら人に信じてもらえる内容じゃなくてもよ誰かは騒ぐだろ。そしたら『自分も見た』って奴が必ず出てくるはずだ」
「旧市街の人は全員見てるわ。でも、騒がないんじゃないの。覚えてないのよ」
「ますます意味が分からん」
「記憶を抹消したの。覚えてるもの。変な装置つけられて、頭の中を弄り回されたことも全部」
とても信じられる内容ではなかった。此れが別の人間が言ったのなら「からかってるのか」と怒るだけだ。でも、佐夜子はそんなからかい方はしないし、そもそも現実主義者だ。童話に出てくるようなものを信じる女ではない。だから余計にコウは戸惑ったのだ。
「二九歳の時、私、妊娠していたの」
「!?」
其れはコウと佐夜子がまだ付き合っていた時期だ。もし其れが本当ならお腹の子はコウの子になる。けれど、現在佐夜子に子供はいない。
「でも死産したわ。私の担当主治医は黒崎仁美。彼女は私が変な機械で誰かが私の記憶を操作しようとして居た時にも立会人として其処に居たわ。
私の子は殺されたのよ。あの、黒崎仁美って女に」
「そんな証拠ないだろ。其れに何で妊娠していたことを俺に黙っていた。当時はまだ付き合っていたろ」
「其れは、ごめんなさい。当時は仕事も忙しかったし、何んとなく言う暇がなくて」




