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戦慄のクオリア  作者: 音無砂月
偽りの平和

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第五章 疑惑Ⅲ

「まぁ、過ぎたことだから今更責めるつもりはないけど。其れより、今の話」

 話の先がズレてしまったのでコウは軌道修正に入った。ずらしたのもコウだが。

 「ねぇ、最近の子供って変わった色の髪や目をしていると思わない」

 「其れはお前もだろ。髪が赤い」

 「私のは染めてんのよ」

 「政府は原因不明の突然変異で現在も調査中って言ってたな」

 「ええ、そうよ。そして其の頃から死産や流産が増えた」

 「・・・・・偶然にしては急増しすぎる、か?」

 「少なくとも私はそう考えているわ。其れに其の件も今回と同様にあまりニュースで取り上げられていないわ。十五年ぐらい前に妊婦が妊娠中に救急車で盥回しにされて死んだって事件があったじゃない」

 「あったな」

 「ああいうのは、かなり長い間ニュースで取り上げられていたし、結構問題になったじゃない」

 「まぁな。命に関わることだし。少なくとも政府は突然変異と難産の関係性はないと考えている」

 「そういうふうに一般市民が考えるように操作していたら?

 実際に自分が流産して周りもそうだからって国内で増えているとは考えないもの」

 辻褄う会う。けれど、其れが正しいとなると其の黒崎仁美は、いや政府は国内で大々的な実験を行っていることになる。其れも子供が母体にいる時に手を加えて、非人道的な実験を。簡単に信じられる内容ではなかった。

 佐夜子は妊娠していた。もしかしたら母親になっていたかもしれない。コウも佐夜子と結婚して、父親になっていただろう。其の可能性のあった未来を捨てられず、子供を失った悲しみを黒崎仁美を悪役にすることで紛らわしているともとれる。

 だが、『居るっていう確かな証拠もなければ居ないっていう確かな証拠もない。だったら否定するよりも肯定して其の上で動いていた方が何かしらの情報は集まるんじゃないの?』という妹の言葉をたまには信じて実行してみるのも悪くはないだろう。

 「其の黒崎仁美の居場所は分かってるのか?もしかして彼女も実在しない人物とかじゃなじゃねぇよな」

 「いいえ、居たわ。黒崎仁美、現在四十九歳。十四歳の時にハーバード大学の博士号を修得。現在は黒崎記念病院で医者として働いているわ」

 「すげぇ、経歴だな。俺らとは別世界の人間じゃねぇか。でも、計算合わなくね。

 今四十九歳なら、三〇年前は一九歳。一九で政府が関係してるかもしれない事件の隠蔽の立会人として選ばれるか、普通」

 「私達の常識でものを考えない方がいいかもしれないわよ。あなたの言う通り別世界の話なんだから。取り合えず、今から黒崎記念病院に行ってみましょう」

 「そうだな」

 ジャーナリストとして真実が知りたいという思いで黒崎記念病院に行ってみることにしたがコウには開けてはならないパンドラの箱に手をかけたような嫌な気分が付きまとう感覚があった。

 其れでも「止めよう」と佐夜子に言えなかったのはまだ彼女に未練があるのも要因の一つだろう。いい加減吹っ切ればいいのにとコウは心の中で嘲笑した。

 「此処が黒崎記念病院ね」

 コウと佐夜子が来た黒崎記念病院は大きかった。病床数も二〇七床ある。だが、大学病院というわけでもない。病院名に『黒崎』がつくからには個人病院だろう。一四歳でハーバード大学の博士号を修得した人間が働くにはお粗末な感じがする。

 「どうする?」

 「まずは患者として調べましょう。私が患者でコウが付き添い。私達は夫婦ということで」

 「了解」

 此処最近、気分が優れず、頭痛も酷いということで受診。序に以前、黒崎先生に受診してもらったことがあり、知っている先生なら安心するのでお願いしたいと受付で言ってみた。

 躓くことなく佐夜子から出てくる言葉を隣で聞いていたコウは女は嘘をつくのが上手いなと感心した。感心した自分は女の嘘を見抜けずに損をすることがあるかもしれないので誰かと付き合う時は気を付けようと心の中で思った。勿論、そんなことは以前付き合っていた女の隣で口に出せることではないので、思うだけにした。

 「どうぞ」と看護師に呼ばれて入った診察室には佐夜子が希望した通り黒崎仁美が居た。何故分かったかと言うと白衣のネームプレートにそう書いてあったからだ。

 「三國佐夜子さんですね」

 「はい」

 「以前、妊娠した件で私の担当になっていますね。今日此方に来たということはご引っ越しでもされたんですか?」

 「ええ」

 七年前のことを覚えていて、おまけに七年前に問診票に記載した住所まで覚えていることに佐夜子は冷や汗を書いた。

 「あの時はお気の毒でしたね」

 「そうですね。今でも思い出すだけで涙が出そうになります」

 「私にも子が居るのでよく分かります。其れに私も流産の経験があるので」

 「そうなんですか!?」

 此れは初耳だ。

 「ええ。二回ほど」

 「お辛かったでしょう」

 「過ぎたことです」と仁美は笑っていった。

 「其れで今回はどうされました?」

 「実は最近、気分が優れない日が多くて、頭痛もたまにですがあって。時々其れで仕事を休むこともあるので受診しました」

 「お仕事は何を?」

 「OLです。」

 嘘つけ!とコウは心の中で叫んだ。確かに此処でジャーナリストだとばらせば警戒されるかもしれないので佐夜子の嘘はナイスと褒めるべきだが、自分はこんなに簡単に嘘をつける女と付き合っていたのかと思うとちょっぴり怖くなった。

 「では、検査してみましょうね」

 バイタルを測って、胸の音を聞いて、血液絵検査と頭の写真を撮って今日は終わりだ。

 「此処って、職員とか募集してるんですか?」

 帰り際にコウはあまり興味がなさげに聞いてみた。

 「いいえ、どうしてですか?」

 「いやね、最近就職難とか聞くんでね、自分達に子供ができたら資格があって収入も安定している医療関係に携わって欲しいなって思ってて。其れに友達に看護師が居るんですがね、そいつが病院は何処も人手不足で、いつも募集してるって言ってたんで。

 此処はパソコンでホームページを立ち上げているわけでもないし、パンフレットもないんで、どうかなと思っただけです」

 一つの仕草も見逃さない様に目を凝らしてコウは仁美を見たが、仁美は四九歳とも思えない美しい笑みを崩さない。美しいが故か、其の笑みは能面のように無感情にも見えた。

 人当たりの良い笑顔というよりも張り付けた笑顔と言うべき顔だなとコウは思った。

 「随分とよく調べたんですね」

 「大切な妻を診てもらう場所なんでね」

 「奥さんのことを心から愛してらっしゃるんですね。羨ましい限りです。

 此処は個人経営ですから人を雇っても払える賃金が厳しくなるだけなので募集はかけていません」

 「そうですか。其れは失礼しました」

 「いいえ、お大事に」

 次回の受診は一週間後だ。

 「此れからどうする?張り込んでみるか?」

 「そうね。もしかしたら竿留稔が見たっていう少女が現れるかもしれないしね」

 「でも、なんかあの女手強い気がする」

 「気がなくて、実際そうでしょうよ」

 「俺はいったん別行動させてもらうわ」

 「どうして?」

 「黒崎仁美が流産の経験があるって言ってたろ、そっち調べてみるわ」

 「そうね。じゃあ、お願いするわ」

 病院の前で別れるのは不自然なので、車を三〇分ほど適当に走らせたところでコウは佐夜子と別れた。

 佐夜子はコウと別れた後、病院から離れた手頃な場所のホテルを取った。

 案内された部屋に行くと早速シャワーを浴び、汗を洗い流す。其の後はコンビニで買った缶ビールをグイッと一気飲み。

 シャワーで温まった体の内部から冷やす様にビールが入っていく。此の気持ち良さは大人じゃないと分からないと佐夜子は思う。自分が大人になって良かったと思うのはこういう時だ。

 佐夜子はホテルの窓から見える夜景に目を向けながら病院でコウが言ったことを思い出す。

 『大切な妻を診てもらう場所なんでね』

 あんな恥ずかしいことをよく平気な顔で言えると思いながらも、嘘でもそう言っていくれたことをうれしくもう自分も居た。

 「さて、寝るか」

 コウとはもう終わったのだと自分に言い聞かせ、体の中らから湧き上がる喜びを打ち消す為に佐夜子はベッドに入った。





 一週間後、再び黒崎記念病院に行くと、検査の結果異常がないと判断された。まぁ、そうだろう。嘘なのだから。

 疲れやストレスから来るものだと言われ、症状が重くなるようなら再受診をするように言われて今回は終わった。

 病院を出て、車に乗り込んでから佐夜子はコウの話を聞くことにした。

 「結論から言うと事実だそうだ。黒崎仁美は二五歳の時と三三歳の時、二回流産している。受診した病院はお前と同じ瀬谷(せや)病院だ。当時、院長だった瀬谷(せや)楠本(くすもと)は一年前に亡くなっている。老衰だそうだ。享年九〇歳。天寿全うだな。瀬谷には()(すみ)という息子が居たが現在は行方不明」

 此処に来て、また行方不明だ。

 「流産の件はもしかしたら瀬谷病院の医療ミスの可能性もある。あくまでも可能性だ。もう少し調べてみるよ」

 「お願い」


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