第五章 疑惑
「武蔵野が封鎖になって二か月。漸く出入り自由か。此処は政府の持ち物かって。人の住処に無遠慮に入って来て、帰るなは酷いよな」
と、ぶつくさ言っている俺。名前は流コウ。無精ひげでヨレヨレの服装をしているが決して怪しい者ではない。こう見えてもジャーナリスト。
今回、俺が記事にしたいと思っているのは武蔵野で起きた事件だ。実際には何が起きたかまるで分からない。
急に避難勧告が来て、出入り禁止になった。一応、其れらしき説明はあったが俺は信じちゃいない。
しかも此の事件に関しては様々な噂がある。
政府が武蔵野で秘密の実験をしたというものもいれば、化け物が出て政府の秘密暗殺部隊が動いたと何ともまぁ、信じ難いものまである。どれもうさん臭いが、件を記事にしようとしたら編集長から却下された。
「そんなオカルトじみたことに構わず何かしらのネタを掴んで来い」というのが編集長のお達しだ。
御尤もだと俺も思う。でも、何か怪しんだよな。何処の記事も武蔵野の件は扱っていなし、第一避難勧告まで出て、二か月間も封鎖されていたのにニュースにもならない。此れは上が必死で揉み消そうとしているに違いない。
市井の噂とは馬鹿らしくもあるが、強ち間違っていない。火のないところに煙ができない様に。噂になるってことは必ず何かしらの元があるってもんだ。
俺はまず武蔵野に住んでいる友人、日永木康生を訪ねてみることにした。
「武蔵野のこと?」
「嗚呼。ちょっと調べててさぁ。何があったか教えてくんない?」
「キクラ製薬会社で爆破事故だろ。薬品の研究中になんか混ぜちゃいけないもんを混ぜて爆発しちまって、いろんな薬品が風に乗って人に害を及ぼすかもしれないからだろ」
其れはニュースでもやっていた内容だ。コウが知りたいのはそういうことではない。
「でもさ、あの時爆発なんてあったか?」
「あったよ」
「でも、避難が完了して暫く経ってからだろ。しかも方角的に公園の方じゃなかったか?」
「そんなわけないだろ」
「もし、仮に避難する前に、だ。爆発があったとしよう」
「しつけぇな」と文句を言いながらも康生はコウの話に付き合う。其処が此の友人の良いところだ。
「二回目の爆発ってなんだ?」
「二次的なものだろ。こういう事故で爆発が二回以上起こってもおかしくはないだろ。だから避難させたんだろ」
「でも、武蔵野の全区域を避難させる必要はないだろ」
「薬品だから念の為だろ。其れに全区域って言っても三〇年前の災害で面積結構狭くなってんじゃん。住んでいる人間だって半分以下だし」
「でも、変じゃないか?」
「そんなにおかしいなら直接社長に聞いてみたら?」
「キクラ製薬の?」
「嗚呼。確か名前は」
「亀倉有朋」
「嗚呼、そうそう。そんな名前だった。あの事件後、責任感じて辞任したんだろ。記者会見見たぜ。ニュースでだけど。可哀想だよな。どんなに成功してても簡単に人生って狂うもんなんだな。しみじみ思うよ。死人も結構出たって話だし」
「行方不明なんだよな。其の社長」
「マジで?」
「嗚呼」
「じゃあ、製薬会社で働いていた奴らに当たってみたら?」
「会社は倒産。全員散り散りになって、行方が分からない」
「誰か一人は分かるだろ。会社は倒産しても住居まで変わるのは難しいし」
普通はそうだ。仮に住居を変更しても職員全員が。何て偶然があるはずもない。けれど、製薬会社で働いていた職員は全員、住居を変えている。しかも、行方を知る者は居ない。そして、社長も行方不明。
都合が良すぎる。では、其れは誰の都合だ?
「社長や職員をもっと徹底的に当たってみるべきか」
「其処まで調べる必要あるか?此の事件って規模が大きい割にはあんまニュースでしてないじゃん。注目度無くない?」
「まぁな。でも、大きなネタに繋がっている気がするんだ。だから俺は諦めない。できる所までは行きたいね」
「頑張るね。じゃあ、一つ良いことを教えてやろうか」
にやり。と、悪戯っ子のような笑みを見せて康生は言う。
「実はな。俺の弟のダチでな、将来はジャーナリストになるって言って大学でそういうサークルに入っている奴が居るんだ。で、そいつはお前と同じように武蔵野の事件に何かを感じ取ったのかもしれないんだが、避難勧告がされ直ぐ、そいつはどっかの建物に身を潜め、見たそうだ」
「何を?」
「知らん」
「おい!」
其処肝心だろ。
「戻って来たそいつは話もできない状態だそうだ。住所教えてやるからお前が直接会って話を聞いてこい」
コウは康生から住所と名前が書かれた紙を渡された。序に「好奇心は身を亡ぼす。ジャーナリストとして事件にかけるお前の姿勢は立派だが、真相を追求するなら覚えておけ。世界には知らなくてもいいことがある」という脅しも渡された。
「覚えておくよ」と適当に言ってコウは紙に書かれた住所に向かった。名前は竿留稔。
現在、大学四年生。一人暮らし。
家族が居ないのは良い。本人に直接会えるし。下手に家族が出ると怪しんだり、何かしらの理由で会わせてくれない時があるからだ。特に竿留稔のように話ができる状態でない時は。一体彼は武蔵野で何を見たのか。話を聞くのが楽しみだ。
「・・・・・あれ?」
呼び鈴を鳴らして五分は待った。でも、誰も出てこない。もう一度押してみる。
「・・・・・・・・・・・出ねぇ。留守か?」
刑事ドラマでよくこういう場合は普通鍵がかかっているはずなのに何故か刑事の一人がドアノブを回す。
そして部屋に鍵がかかっていないことに気づき、中に入ってみるとホシの死体がある。
なんて冗談半部に考えながらドアノブを回してみた。
「・・・・・・あれ?」
普通にドアは開いた。鍵はかかっていないようだ。
「・・・・・不用心な奴だな」
馬鹿な冗談を考えたせいで思考が変な方向に行ってしまうが、鍵のかけ忘れは別に珍しくもない。俺もたまにやる。と、コウは考えながら部屋に入った。
「竿留稔さん、居ますか?日永木康生の友人の流コウって言います」
・・・・・・・・・・。
返事はない。
「入りますよ。・・・・・・・入っちゃいますよ」
・・・・・・・・・・。
やはり返事はない。覚悟を決めてコウは中に入った。1DKの狭いアパートだ。玄関から見えるドアを開けるとベッドが合った。そして探し人である竿留稔は布団を頭から被った状態で其処に居た。
「何だ、居るんじゃん」
死体でないことに安心してコウは視線を合わせる為に膝を曲げた。二つの怯えた目がコウを睨みつける。
「武蔵野について聞きたい。お前さん、武蔵野で何を見た」
武蔵野、という単語に稔は体を震わせた。
「ば」
「ば?」
「化け物だ」
其れは何の冗談だ。と言い返しそうになったが、演技とは思えない稔の表情に其の言葉は呑み込んだ。
「化け物が居た。人を食ってた」
コウは取り合えず話を合わせることにした。
「どんな化け物が居た?」
「黒い影みたいな化け物と人みたいな姿をした化け物」
『黒い影みたいな』じゃなくて、実際に誰かの影が直射日光とかで肥大して化け物に見えただけだろ。其れに『人みたいな』じゃなくて、人だろ。つまり、此奴は人間と其の人間の影を見た。なら此奴が言う化け物は一人の人間を表しているんじゃないか。
稔の話は空想じみていてコウはとてもじゃないが信じられなかった。
「黒い影みたいなのに捕まると、捕まった奴が今度は人を襲っていた」
人間が人間を襲う事件は普通だ。寧ろ、日常茶飯事だろ。
「もう一体の方は?」
「人間の生き血を啜ってた」
「吸血鬼、か」
呆れてものが言えない。此れが将来ジャーナリストを目指していた人の言うことかね。
「血を吸わずに、殺しを楽しんでいる奴も居た」
此奴は完全に壊れている。外れだな。と判断してコウはアパートから出ることにした。
「あいつ等も人じゃない。あんな化け物と平気で戦うなんて」
聞き捨てらないことを聞いた。化け物と戦う人間。
現実と空想の見分けもつかない人間の言うことだ。何処まで信じられるかは分からないが聞くだけはタダだ。
「どんな奴だった?」
「俺が見たのは一人だけだ。でも、声がしたから何人か居たと思う」
「一人だけでも構わない。特徴は?」
「夜空色の髪と漆黒の瞳をしていた。綺麗な、そう。綺麗な化け物だった」
怯えながらも恍惚とした顔で稔は言った。
「どうやって戦っていた?武器は?」
「硝子の棒。先端に赤い液体の入ったガラスのリンゴのオプジェがついていた」
「・・・・・なんだそりゃ」
「そう言えば何か叫んでいたな。マレ、マレなんとかって」
ますます分からん。杖を持って、呪文でも唱える魔法使いでも見たと言いたいのだろうか。
「最後にもう一つ聞く、武蔵野で爆発はあったか?」
「あったよ」
「何回だ?」
「一回」
康生の証言と食い違ってくる。
「場所は?」
「武蔵野公園だった。ミサイルみたいなのをジェット機が落としていた」
「何の為に?」
「化け物を倒す為だ。実際に其れで化け物は死んだ」
・・・・・・また其処で化け物か。だが、有力な情報は得られた。
「そうかい、ありがとうよ」
コウは今度こそ本当に稔のアパートを出た。
頭上を見上げると空は海の色からオレンジ色に変わっていた。オレンジというのは暖色になり、見ているだけで温まると聞いた。だが、夕日が作り出すオレンジというのは人に寒さを与える。
夏なので日が傾いてもまだ寒さは感じない。此れが冬になると格段と違う。だからだろうか、空を染めるオレンジが人に寒さを与えるのは。
「帰るか」
道を子連れの親子が通る。母親は買い物袋を持ち、子供は母親と手を繋ぎながら今日学校であったことを楽しそうに話していた。そういう光景を見ると自分もこんな時があったなと思う。
子供の頃は大人が格好良くて、自分も早くそういうふうになりたくて大人の真似をしたりもしたが、今では子供に戻りたいと思う時が結構ある。勉強は嫌いだったが、其れでも机に座ってただ人の話を聞いていればいいというのは社会に出て自分で考えて動くよりも楽だ。
嫌なこともあったが、其れでも楽しいことの方が多かった気がする。こういうことを考え出すと自分ももう年なのか、其れだけ大人になったのか。なんてことを馬鹿みたいに思っていると、いつの間にかボロアパートについていた。此れがジャーナリスト流コウの家だ。
「おかえりなさい、コウちゃん」
部屋に入るとエプロン姿の少女がお玉片手に向かい入れてくれた。ちょっとベタな展開だが、決して狙っていたわけではない。
因みに彼女は美玖、一四歳。俺の妹になる。と言っても血の繋がりはない。親に捨てられていたところを俺が拾ったのだ。




