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第十二話 中央政府からの使者

暑い。こんなに暑いのか。

ザール公国は今年、異常気象なのか。

分厚いコートの下は汗だくだ。息が切れる。

しかし、政治がうまくいっているかどうかは民衆を見ないと分からない。私の信条だ。


中央街を見回すと、ザールの民は活気があり、生き生きしている。街並みもきれいだ。子供も笑みを浮かべている。


息切れしながら歩く私の横から手が伸びてきた。

「クロウド様。恐れながら、お召し物を預かりましょうか」

見かねたのだろう、ワイシャツ姿の秘書が私のコートをはぎ取る。少し楽になった。

秘書は汗だくのそれをザール公国出身の案内役に持たせた。

案内役はコートの重さに「うぉぉ」と驚き、気合で背負った。

威厳と防具の役割を担ったコートは重かった。しかし無くても私には威厳があるし、治安が良さそうなこの町に暴漢もいないだろう。


秘書は太陽の高度を確かめて、話しかけてきた。

「まだ時間がありますが、どうしますか」

さて、どうするか。ふと、細い路地の向こう側に露店が並んでいる。

足を向けると、案内の男はそれを止めた。

「泥棒市です。治安が悪いので、行かない方がいいです」

「泥棒?見たところ治安が良さそうだが」

「この間も田舎から来た若い女の子が無一文になったと、この辺で佇んでました。悪くはありませんが、良くもないです」

体格は屈強とは言えないが、自分と若い女とを一緒にされるとは・・・プライドが少し傷ついた。

「お前はここで待て」

感情を込めず、秘書だけ連れて泥棒市に足を進める。


様々なものが置いてある。しかしほとんど必要のないガラクタばかりだ。

敷物一枚の上に様々なガラクタが置いている。地味な女性の服。鉛筆。大きなバック。ノート。『ザール公国・白書』

思わず手が出た。

「こんなの誰も買わないだろう」

ページをめくる。いろいろ書いている。これを持ってた人は。勉強家だな。

本の印刷の各所に書き連ねる丁寧な字に下線部を引き、別の筆跡で疑問点や言葉の解釈がそれこそ几帳面に細かい字で記している。


持ち主は2人か。一番前のページには丁寧な字で『捧ぐ』との文字。推測するに教えている方が丁寧な文字の方。この本をカナーディアという者に渡したのだな。

「細かくいろいろ書いてますね」

「お前よりかなり優秀な者だな。どこかの教授か」

秘書は不安そうな顔を向ける。心の底のとげのある気持ちがほほ笑みだす。

「しかし気持ちを察する能力はお前にかなうものは居ないだろう」

「・・・クロウド様。」

「下の方に名前が書いているな。シャルだそうだ。暇つぶしに見つけろ」

本を秘書に投げつけ、次の露店へと足を進める。

「恐れながら、ザール公国は、人口が多くこの王都だけでも、クロウド様」


優秀な人材は何人いても足りない。

中央政府の次の皇帝を決める選定会が近いのだ。

我が主ティナード皇女は、最年少という事実を含め、あらゆるものが足りない。

皇女は降嫁して普通の生活を営みたいようだが、わたしはどうなるのだ。

せっかくこの地位まで掴んだのに、皇女の世話役に任命されただけで、出世の道は閉ざされる事にはさせたくない。どんな手を使っても、あの無能で小生意気な皇女を皇帝にさせなくては。そして・・・

ガラクタの中、光る赤い髪飾りを見つける。

ティナード皇女の薄い茶色の髪に映えそうだ。

それを手に取りそっとなでる。

「美しい」

走り寄った秘書が呆れた目を向ける。審美眼がいささか欠けているのだろう。

「これも買え」

「私費ですか」

「臣下たるもの主には心を込めた土産を用意しなくてはな」

「この3日で髪飾りだけでもすでに5点購入しておりますが・・・他の方、何人に差し上げるのですか」

5点か。多いのか少ないのか・・・ただこのザール公国は華やかな文化をそのまま写した芸術工芸が見事なまでに生活用品に組み入れられている。富の豊かさでは我が政府の中随一だろう。

「そういえば、ザールには勇者の子孫が住むというブルレア地域が含まれていたな」

「聖域となっております。閣下でも行くことはできないと思います」

「まだ呪いは続いているのか」

「おそらくは。そのために勇者をブルレアの子孫を封印しているのですから」

隔離された地区で何世代も生き続けるとはどのような気持ちなのだろう。

「ザール公国の先の戦争も勇者の子孫がらみでしたからね。魔王を倒したとき、負をその体内に抱え込んでしまったのですから、どこに行っても厄介な存在になるのでしょうね」

哀れな存在だな。

輝かしい栄光や成果も認められず、淡々と生を全うしていく人生など水槽の中の魚と同じだ。

中央政府の面々が浮かぶ。選ばれた優秀な人材ばかりだ。

ティナード皇女を皇帝にさせなければ、私も同じ存在となるだろう。


水槽の魚にはなりたくない。

全てを犠牲にして獲得した地位だ。

中途半端に終わりたくない。


ザール公国に来た目的。皇女への後見と資金の調達。優秀な人材の出向。

後見は無理だろうがその代わりに資金を幾分割り増してもらう。

他の皇帝候補に人材は採られてしまうから、くすぶっている尖った人材を捜す。

明日から公爵に交渉となると胃が痛む。


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