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第21章 もう一度、君と

スマートフォンに届いた、久しぶりのメッセージ。


『ナオト、久しぶり』


『会えない?』


その文字を、直人は何度も読み返していた。


別れてから、ずっと会っていなかった香奈。


もう会うことはないかもしれない。


そう思っていた相手からの連絡だった。


本当は、会いたかった。


ずっと会いたかった。


それでも、今さら会って何を話せばいいのか、わからなかった。


しばらく迷った末、直人は返信した。


『久しぶり。俺も会いたいよ』


『ほんま?』


『うん』


『じゃあ、今度ルミナリエ行かへん?』


直人は画面を見つめた。


ルミナリエ。


神戸の街を光で彩る、冬のイルミネーションイベントで、毎年たくさんの人が訪れるらしい。


香奈と一緒に、イルミネーションを見る。


以前なら、何も考えずに喜んでいたはずだ。


けれど、今は違う。


二人はもう、恋人ではない。


それでも。


『いいよ。行こうか』


そう返していた。


会いたいという気持ちに、嘘はつけなかった。

     


待ち合わせ場所に着くと、少し離れたところに香奈の姿が見えた。


「・・・ナオト!」


香奈がこちらに気づき、手を振りながら駆け寄ってくる。


「・・・カナ」


久しぶりに見る笑顔だった。


以前と何も変わらない、明るい笑顔。


「ナオト、久しぶりやな!」


「うん。久しぶり」


「元気しとった?」


「まぁ、普通かな。カナは?」


「うちも普通やで!」


香奈はそう言って笑った。


直人も、つられて笑う。


けれど、最初はどこかぎこちなかった。


何を話せばいいのか。


どこまで踏み込んでいいのか。


お互いに、少しだけ距離を測っているようだった。


それでも、二人は並んで歩き始めた。


ルミナリエの光が、街を彩っている。


「うわー、めっちゃ綺麗やな!」


香奈が目を輝かせた。


「そうだね」


「こういうの、久しぶりに見たわー!」


「俺も」


しばらくイルミネーションを眺めながら歩いた。


すると、香奈がふと思い出したように話し始めた。


「そういえば、ナオトって今、どんな仕事しとるん?」


「ああ、今は普通に働いてるよ」


「前と同じ感じ?」


「うん、前と同じ」


「そうなんや! 大変ちゃう?」


「まぁ、そんなでもないよ」


「へぇー! ナオト、頑張っとるんやなぁ」


「そりゃね。生活しないといけないから(笑)」


「それはそうやな(笑)」


香奈が笑う。


直人も笑った。


そんな何気ない会話をしているうちに、少しずつ緊張が解けていった。


気づけば、以前のように自然に話せるようになっていた。


香奈が何かを言えば、直人が突っ込む。


直人が冗談を言えば、香奈が笑いながら言い返す。


そんなやり取りが、いつの間にか戻っていた。


直人は、ふと思った。


やっぱり、カナといると楽しい。


何を話していても、くだらないことで笑えてしまう。


ずっと、こんな時間が好きだった。


そして今も、その気持ちは変わっていなかった。


     

しばらく歩いたところで、直人が口を開いた。


「そういえば、カナって今どこに住んでるの?」


「今はケイゴの家に住んでるねん」


「そっか。でも、あそこじゃ狭くない?」


「・・・え?」


香奈が直人の顔を見る。


「・・・ナオト?」


「ん?」


「・・・やっぱり行ったことあったんじゃん(笑)」


「・・・あ」


直人は、思わず言葉に詰まった。


香奈が吹き出す。


直人も苦笑いした。


なんだか、懐かしかった。


こうやって、ちょっとしたことで笑い合っていた日々。


何も考えずに隣にいられた頃。


ほんの一瞬だけ、あの頃に戻ったような気がした。


     

二人はそのまま、ゆっくりと歩き続けた。


イルミネーションを見ながら、昔の話もした。


東京で一緒に出かけたこと。


二人で食事をしたこと。


何気ない日常の中で、笑い合っていたこと。


「そういえば、スカイツリー行ったときも綺麗やったよなー!」


香奈が言った。


「そうそう。カナ、ずっと写真撮ってたもんな(笑)」


「ええやん! 綺麗なもんは写真に残したいやん!」


「はいはい(笑)」


「なんやねん、その返事!(笑)」


香奈は笑いながら、直人の肩を軽く叩いた。


直人も笑った。


東京タワーに行ったときのことも、二人で見た景色も、ちゃんと覚えていた。


あの頃は、また一緒にどこかへ行くことが当たり前だと思っていた。


これから先も、二人でいろんな場所へ行くのだと思っていた。


でも、今は違う。


隣を歩いている香奈は、もう自分の彼女ではない。


その事実は変わらない。


それでも、今この瞬間は、そんなことを忘れてしまいそうだった。


「・・・また行きたいなぁ」


香奈が、イルミネーションを見つめながらつぶやいた。


「・・・そうだね」


直人はそう答えた。


また二人で行けたら。


そんな言葉は、口にしなかった。


     

しばらく歩いていると、直人がふと口を開いた。


「俺さぁ、よく考えたら関西にいる意味が今ないんだよね」


「・・・え?」


香奈が直人を見る。


「だから、もう少ししたら九州に帰ろうかなって考えてる」


「・・・そっかぁ」


香奈は少しだけ黙ってから、イルミネーションを見上げた。


「おかあさん、元気かなー?」


「ああ、元気だと思うよ(笑)」


「なんやそれ(笑)。ちゃんと連絡してるん?」


「たまにはね」


「たまにはって(笑)。あかんやん、もっと連絡したりーや!」


「いやいや、カナに言われたくないんだけど(笑)」


「なんでやねん!」


「母さん、カナから連絡きたらめっちゃ喜んでたもんな」


「ほんま? 嬉しいなぁ。また会いたいわー!」


「帰ったら会えるんじゃない?(笑)」


「そうやけど! なんか、またみんなでご飯食べたいなぁって」


「・・・そうだね」


二人は顔を見合わせて笑った。


「お母さん、うちのこと覚えてくれてるかな?」


「いや、忘れるわけないだろ(笑)。あんなに気に入ってたんだから」


「ほんまに? やったー!(笑)」


香奈は嬉しそうに笑った。


直人も笑った。


九州に帰ったら、母さんはきっと喜ぶだろう。


そして、香奈の話もするかもしれない。


けれど、もう二人で実家に帰ることはないのだろう。


そんなことを考えながらも、直人は笑顔を崩さなかった。


せっかく、久しぶりに会えたのだから。


     

イルミネーションを眺めながら歩いていると、直人はふと思い出したように香奈に尋ねた。


「・・・そういえば、カナ」


「ん?」


「ケイゴくんとは、うまくいってるの?」


香奈は少しだけ黙った。


「・・・最近は、あんまりうまくいってへんねん」


「・・・そっかー」


直人は、それ以上聞かなかった。


香奈がどうしてそう言ったのか、詳しく聞きたい気持ちはあった。


でも、今の自分にそこまで聞く資格があるのか、わからなかった。


少しだけ、気まずい空気が流れた。


直人はそんな空気を変えるように、いつもの調子で笑った。


「やっぱ俺の方がよかったやろ?(笑)」


「なにそれ!(笑)」


香奈が笑う。


直人も笑った。


「うそうそ、ごめん(笑)」


そして、少しだけ優しい声で言った。


「・・・ちゃんと幸せになってね」


香奈は直人を見た。


何か言いかけたようにも見えたけれど、結局、何も言わなかった。


二人はまた、ゆっくりと歩き始めた。

     


しばらくして、直人はふと思った。


香奈は、ケイゴのどこが好きなのだろう。


自分と別れたあと、どうしてケイゴと付き合うことになったのだろう。


そんなことを聞くのは、今さらなのかもしれない。


それでも、気になってしまった。


「ねぇカナ、ケイゴくんのどこに惚れたの?」


「んー・・・優しいから?」


「へぇー、優しいんだ(笑)」


「なにその反応!(笑)」


「いや、別に(笑)。ケイゴくんって、そんな優しいんだなーって」


「優しいで? いろいろ気にかけてくれるし!」


「そっかー」


直人は笑いながら、イルミネーションに目を向けた。


ケイゴは、香奈にとって優しい人なのだろう。


自分とは違うところが、好きになった理由なのかもしれない。


そう思うと、少しだけ胸が痛んだ。


けれど、今さら何かを言える立場ではなかった。


「・・・ナオトは?」


「ん?」


「ナオトは、うちのどこが好きやったん?」


「・・・え?」


「いや、気になるやん(笑)」


直人は少し考えるふりをした。


「・・・なんだろうな。いっぱいあるから、わかんない(笑)」


「なにそれー!(笑)」


「いや、ほんとにいっぱいあるんだって(笑)」


直人は少し笑ってから、続けた。


「・・・だって俺、役者になる夢を諦めて、東京を離れて、関西まで来たんだよ?」


「・・・うん」


「慣れない仕事までしてさ(笑)」


直人は香奈を見て、少しだけ笑った。


「・・・・・・それくらい」


香奈は、しばらく直人の顔を見つめていた。


そして、小さく笑った。


「・・・ナオト、ありがとね」


直人は照れくさそうに笑った。


「・・・何かさ、俺の人生ドラマみたいじゃない? 主演じゃん(笑)」


「なんなん、それ!(笑)」


香奈は声を上げて笑った。


「自分で主演とか言う人おらんやろ!(笑)」


「いや、これだけいろいろあったら主演でしょ(笑)」


「ほな、うちは何役なん?(笑)」


直人は少しだけ間を置いた。


「・・・ヒロインじゃない?(笑)」


「うわ、自分で言うてて恥ずかしないん?(笑)」


「いや、そっちが聞いたんだろ(笑)」


「そうやけど!(笑)」


二人は顔を見合わせて笑った。


昔みたいだった。


香奈が笑って、直人も笑う。


くだらないことで言い合って、どちらからともなく笑い出す。


そんな時間が、今も変わらずそこにあった。

     


「・・・タバコ吸う?」


直人が尋ねた。


「うん、吸おか!」


二人は喫煙所へ向かった。


直人はポケットから、いつものライターを取り出した。


紺色に、細い銀色の幾何学模様。


香奈がそれに気づいた。


「あ、そのライター・・・」


直人は手を止めた。


「まだ使ってたんやね」


「まぁね」


直人は短く答え、タバコに火をつけた。


香奈も自分のタバコに火をつける。


二人は並んで煙を吐いた。


最初に出会った頃、二人でお揃いのライターを買った。


香奈のものは、白い花が描かれた淡いピンク色。


直人のものは、紺色に銀色の模様。


あの頃は、こんな日が来るなんて思ってもいなかった。


それでも、直人は今も使っていた。


捨てる理由が、なかったから。


「ナオトは彼女できた?」


香奈が、ふいに尋ねた。


「ん?」


「彼女できた?」


「できてるわけないやん」


直人がそう答えると、香奈は少し笑った。


「なんで? 私が良かった?」


「・・・いや」


「ごめんうそやって(笑)」


香奈は笑った。


直人も苦笑いした。


冗談だった。


きっと、香奈にとっては、ただの冗談。


それでも、直人は一瞬だけ返事に困った。


本当は、今でも香奈がよかった。


ほかの誰かと付き合いたいと思ったこともない。


けれど、それを言うことはできなかった。


二人はタバコを吸い終えると、再び歩き始めた。


それからも、いろんな話をした。


仕事のこと。


最近の生活のこと。


昔、二人で行った場所のこと。


話題は次々と変わっていった。


笑って、からかって、また笑った。


その時間は、二人にとって本当に楽しいものだった。


もう恋人ではないことも。


香奈にはケイゴがいることも。


直人が九州に帰ろうとしていることも。


すべてわかっているのに、二人でいると、そんな現実を一瞬だけ忘れてしまう。


まるで、何も変わっていないかのように。


二人で過ごす時間は、ものすごく長く感じられた。


昔の思い出を話して、最近のことを話して、どうでもいいような冗談を言い合う。


気づけば、時間が経つのも忘れていた。


まるで、昔に戻ったみたいだった。


     

やがて、別れる時間が来た。


駅へ向かう途中、二人は足を止めた。


「ほな、ナオト」


香奈が笑顔で手を振った。


「うん」


「ばいばい、体にきーつけや」


「はいはい!またね!」


直人も笑いながら手を振り返した。


香奈は背を向けて歩き出した。


少しずつ、その背中が遠ざかっていく。


直人はその場に立ったまま、しばらく香奈を見送っていた。


本当は、まだ一緒にいたかった。


もう少しだけ話していたかった。


もう少しだけ、隣を歩いていたかった。


けれど、そんなことは言えなかった。


香奈の姿が人混みに紛れそうになったとき、直人は思わず声を上げた。


「カナー!」


香奈が振り返る。


直人は、いつものように笑って手を振った。


「カナー! ばいばい!」


香奈も笑顔で手を振り返した。


そして、再び歩き出した。


今度こそ、その姿が見えなくなった。


直人は、しばらくその場から動けなかった。


さっきまで、あんなに楽しかったのに。


本当に、昔に戻ったみたいだったのに。


「・・・またね、か」


直人は小さくつぶやいた。


もう次があるかどうかなんて、わからない。


それでも、別れ際には自然と口にしてしまった。


また会える。


また、あんなふうに笑える。


心のどこかで、そう思っていたかったのかもしれない。


直人の目の奥が熱くなった。


こらえようとしても、涙が頬を伝った。


さっきまで、香奈と笑い合っていた。


くだらない話をして、昔みたいに冗談を言い合って。


本当に楽しかった。


だからこそ、もう一緒にはいられないことが苦しかった。


「・・・カナ」


誰もいない場所で、小さく名前を呼んだ。


返事はなかった。


直人は顔を伏せ、静かに泣いた。


あの夜、二人は一瞬だけ、昔に戻れた。


けれど、時間は戻らない。


そして直人は、まだ知らなかった。


あの夜が、二人で会って話す最後の日になることを。



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