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科学を魔法に応用する問題点

近年のなろう系作品では、「科学を理解した主人公」が魔法を合理的に発展させるという展開が定番となっている。単に魔力を増やしたり詠唱を短縮したりするのではなく、現代科学の知識を利用することで従来よりも効率的で強力な魔法を編み出すという設定である。


このような設定自体は非常に面白い。


魔法という超常現象に科学という論理を持ち込むことで、戦闘にも説得力が生まれ、「知識が力になる」という主人公像を描くことができるからである。


しかし、そのためには最低限、一つの理屈を最後まで貫かなければならない。


科学を利用するのであれば、都合の良い場面だけ科学を引用し、都合が悪くなると魔法だからで済ませるような描写では読者を納得させられない。


実際、多くの作品では科学を応用していると言いながら、その内容をよく見ると科学的にも魔法的にも矛盾が目立つことがある。


例えば土魔法である。


ある作品では土の粒子を集め、ガラスのコップを作り出す描写がある。


一見すると高度な錬成魔法のようにも思える。


しかし、よく考えると非常に回りくどい。


ガラスとは主成分が二酸化ケイ素である。


つまり砂や石英を高温で溶かして固めたものであり、土粒子を一粒ずつ集めて形を整える必要は本来ない。


もし魔法で物質そのものを自在に操作できるのであれば、最初から二酸化ケイ素の分子構造を直接組み上げてガラスを生成した方が圧倒的に効率が良い。


あるいは魔法でケイ素原子と酸素原子を配置するだけでも済む。


ところが、わざわざ土を集め、それをガラスへ変えている。


これは科学を利用しているというより、「土っぽいからガラスも土魔法」というイメージだけで処理されているように見えてしまう。


もし物質レベルまで操作できるなら、鉄でも金でもダイヤモンドでも自由に生成できるはずである。


そうでないなら、ガラスだけ都合よく作れる理由が必要になる。


次に火魔法である。


ある作品では火魔法は「酸素による燃焼現象」であると説明される。


つまり現実世界の炎と同じ原理ということになる。


しかし、その火魔法は小鳥、不死鳥の姿を作り出し、自在に飛び回らせることができる。


さらには術者がその小鳥を手のひらへ乗せても火傷をしない描写まで存在する。


これは現実の燃焼現象とは完全に矛盾する。


燃焼とは高温の気体が発する現象であり、形状を自由に維持することはできない。


まして手に乗せても平気な炎など存在しない。


もし火傷をしないなら、それは炎ではなく魔力の塊である。


逆に本当に燃焼なら、酸素の供給や熱伝達を無視して自在に扱えるはずがない。


つまり「燃焼現象」と「自由に操れるペットのような炎」は両立しないのである。


また電気魔法の話も興味深い。


ここでは電気分解で水素と酸素を作り、それを応用し電気ショックを起こす、と説明する。


しかし、ここには複数の誤解が含まれている。


まず電気分解とは、電流を流して水を水素と酸素へ分解する現象である。


一方、電気ショックとは電流が人体を流れることによる作用である。


つまり電気分解と電撃は全く別の現象である。


前者は電流を利用して化学反応を起こす現象であり、後者は電流そのものによる生理作用である。


「水を電気分解できるから電撃魔法も使える。」


という説明は、


「電子レンジがあるからテレビも映る。」


と言っているようなもので、因果関係が存在しない。


主人公が科学知識を武器にする設定である以上、このような基本的な誤用は違和感を生む。


さらに静電気と雷を同じものとして扱う描写も見られる。


確かに両者とも電荷の放電現象という点では共通している。


しかし、それだけで「同じ」で済ませることはできない。


冬にドアノブへ触れた時の静電気は数万ボルトになることもあるが、流れる電流は極めて小さいため一瞬痛みを感じる程度で済む。


一方、雷は数千万から一億ボルト以上という超高電圧に加え、数万アンペアという桁違いの電流が流れる。


放電経路の温度は数万度に達し、衝撃波まで発生する。


つまり、両者は同じ原理を持ちながらも、規模もエネルギーも全く異なる自然現象なのである。


「静電気と雷は同じ」という説明ではあまりにも単純化し過ぎている。


今までにあげた真空魔法についても同様である。


この作品では真空魔法とは「気体を操作する魔法」であると説明される。


つまり空気を移動させることで局所的な真空を作るらしい。


しかし、それならば真空を作るより直接空気を操作した方がはるかに効率的である。


風を起こしたいなら空気を動かせばいい。


衝撃波を作りたいなら圧縮空気を放出すればいい。


敵を吹き飛ばしたいなら空気を押し出せば済む。


わざわざ空気を除去して真空を作り、その結果として空気が流れ込む現象を利用するより、最初から空気そのものを操った方が一工程少ない。


もし真空だけしか作れないというなら能力に制限があることになる。


しかし「気体を操作する魔法」と説明した時点で、その制限は成立しなくなる。


最も問題なのは、この種の作品群は科学を応用した魔法を、通常の魔法より早くて効率が良いと説明している点である。


しかし実際に描かれている内容を見ると、早く効率が良くなっているようには見えない。


火を起こしたいなら魔法エネルギーで直接熱反応を起こせば良い。

ところが酸素濃度を調整し、燃焼条件を考え、空気の流れまで制御してようやく火を作る。


水が欲しいなら魔法エネルギーから直接生成すれば良い。

しかし空気中の水蒸気を集め、湿度を下げながら大量の水を生成する。


風が欲しいなら魔法エネルギーで直接大気をコントロールすれば良い。

それなのに空気を除去して真空を作り、その結果生じる気流を利用する。


これらはいずれも、一工程どころか何工程も余計な処理を加えているだけである。


現実の工学では、効率とは目的を最短経路で達成することである。


途中の工程が少ないほどエネルギー損失も少なく、処理速度も速い。


ところが作品中の「科学の応用」は、本来一回で済む魔法を複数の段階へ分解しているだけであり、効率化とは正反対の発想になっている。


科学とは複雑にするための知識ではない。


より単純に、より合理的に目的を達成するための道具である。


だからこそ、科学を応用した魔法を描くのであれば、「科学用語を並べること」ではなく、「科学的な思考によって無駄を省き、より合理的な方法へ到達すること」が重要になる。


そうでなければ、「科学の応用」という設定は単なる飾りとなってしまい、読者には「普通の魔法をわざわざ遠回りして使っているだけではないか」という印象しか残らないのである。


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