レーザーと鏡の誤解
なろう系のとある作品で、鏡張りになったゴミ箱の中へレーザーのような魔法を撃ち込み、その光が内部で何度も反射を繰り返し、ゴミを完全に焼却するという描写があった。
さらに別の場面では、鏡面仕上げの球体の中へモンスターを閉じ込め、その内部へレーザー魔法を撃ち込み、無数の反射によって全身を焼き尽くすという描写まで登場した。
演出的には「鏡だから反射する」「反射を繰り返すほど威力が増す」という発想なのだろう。
しかし物理学的に考えるなら、このような現象は実現不可能である。
作者はレーザーというものをあまりにも都合よく解釈していると言わざるを得ない。
まず理解しなければならないのは、「鏡は光を一〇〇%反射する物体ではない」ということである。
現実に存在する鏡はアルミニウムや銀などの金属膜によって光を反射しているが、どれほど高性能な鏡でも反射率は一〇〇%にはならない。
可視光用の高性能ミラーでさえ九九%台であり、一般的な鏡であれば九〇~九五%程度である。
つまり一回反射するたびに数%から一〇%近いエネルギーが失われている。
例えば反射率九五%の鏡なら、一回反射するごとに五%のエネルギーが鏡へ吸収される。
十回反射すれば約六割。
百回も反射すればエネルギーはほとんど失われてしまう。
つまり「反射すればするほど威力が増す」のではない。
現実はまったく逆であり、反射するたびに弱くなっていくのである。
しかも吸収されたエネルギーは消えるわけではない。
熱へと変換される。
つまり真っ先に熱くなるのはゴミではなく鏡なのである。
高出力レーザーでは、この問題は非常に深刻である。
産業用レーザー加工機では反射光によって加工ヘッドが破損することすらある。
そのためレーザー加工では反射材の加工を避けたり、特殊なコーティングを施したりしている。
もし作品中のように球体内部でレーザーを何百回も反射させれば、鏡面そのものが急速に加熱され、コーティングは剥離し、変形し、最後には溶けてしまうだろう。
つまり鏡張りの球体はレーザー兵器に対する最強の檻ではない。
むしろ自分から壊れていく。
さらに問題なのは、レーザーは空気中を通過すると完全には維持できないということである。
空気中には窒素や酸素、水蒸気、微粒子が存在する。
それらは光を散乱させたり吸収したりする。
距離が長くなればなるほどビームは徐々に広がり、エネルギー密度も低下する。
そのためレーザー兵器は「どこまでも真っ直ぐ同じ威力で飛ぶ光線」ではない。
まして狭い密閉空間で何百回も反射させれば、空気そのものが加熱される。
温度差によって空気の密度は変化し、光の進路もわずかに曲げられる。
その結果、ビームは理想通りには反射しなくなる。
作品のように永久機関のような光学兵器にはならないのである。
さらに根本的な問題がある。
レーザーは細い光線である。
どれほど反射を繰り返しても、その瞬間に照射される場所は一本の線に過ぎない。
つまり球体内部へモンスターを閉じ込めたとしても、レーザーが当たるのは体表のごく一部だけである。
もちろん反射を繰り返せば様々な方向から光が飛び交う可能性はある。
しかし、それでも全身へ均一にエネルギーが降り注ぐわけではない。
実際には反射角度には規則性があるため、決まった経路を何度も往復するだけになる。
鏡面が完全な球体であればなおさらである。
同じ場所ばかり照射される可能性が高く、「全身をレーザーの雨が襲う」という状況にはならない。
しかもレーザーがモンスターへ命中した瞬間にも問題が発生する。
レーザーのエネルギーは対象へ吸収される。
吸収された分だけ反射後のレーザー出力は低下する。
つまり敵へダメージを与えるたびにレーザーは弱くなっていく。
ところが作品では、敵へ命中してもなお同じ威力で反射を続ける。
エネルギー保存則を完全に無視しているのである。
現実ではそんな都合の良いことは起こらない。
また、もし本当に鏡面球体が一〇〇%反射する超物質だったと仮定しても、新たな問題が生じる。
レーザーエネルギーは永遠に球体内部へ閉じ込められることになる。
つまり球体の中には膨大な電磁エネルギーが蓄積され続ける。
わずかな隙間でも生じれば、その瞬間に莫大なエネルギーが外へ放出される。
もはや兵器ではなく爆弾である。
安全装置もなく使用できる代物ではない。
作者は「鏡だから反射する」という一つの知識だけで話を作ってしまっている。
しかし現実の光学はそれほど単純ではない。
レーザー兵器を設計する研究者たちは、反射率、吸収率、熱変形、空気による散乱、焦点距離、波長、表面粗さなど数え切れないほどの要素を計算している。
ほんのわずかな誤差でさえ装置の破損につながる世界なのである。
それを「鏡なら何回でも反射する」「反射するほど威力が増える」という発想だけで済ませてしまうのは、あまりにも科学的考証が甘い。
もちろん、魔法の世界なのだから現実の物理法則を完全に再現する必要はない。
魔法である以上、「魔力によって特殊な鏡が作られている」「反射のたびに魔力が補充される」「レーザーではなく魔力そのものが跳ね返っている」といった設定を用意するのであれば、それは世界観として成立する余地はある。
しかし、その一方で「レーザーである」「科学的知識を応用している」と説明してしまえば話は変わる。
科学を持ち出した以上、その科学には最低限の整合性が求められる。
現実のレーザーを名乗りながら、現実とは正反対の挙動を示すのであれば、それは科学ではなく単なる演出である。
科学考証を売りにする作品であればなおさら、このような描写には慎重であるべきだろう。
結局のところ、鏡張りのゴミ箱でレーザーを反射させても、先に壊れるのは鏡である。
鏡面球体へモンスターを閉じ込めても、理想的なレーザー処刑装置にはならない。
むしろ鏡の損傷、熱暴走、エネルギー損失など様々な問題が次々に発生し、作者が期待したような万能兵器には到底ならないのである。
「鏡ならレーザーを無限に反射できる」という発想は、一見すると頭が良さそうに見える。
しかし実際には、レーザーの基本的な性質すら理解していれば成立しないことがすぐに分かるアイデアなのである。




