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水魔法と科学設定の矛盾について

近年のなろう系作品では、主人公が現代科学の知識を利用して魔法を発展させるという展開が非常に多い。魔法を単なる「不思議な力」として扱うのではなく、物理学や化学、気象学などを応用してより合理的に運用するという設定は、読者に知的な印象を与えやすく、一つの人気ジャンルとなっている。


しかし、その一方で科学を持ち込んだにもかかわらず、その科学が作品全体では全く整合していないケースも少なくない。


その典型例が、水魔法の描写である。


ある作品では、水魔法によって空の浴槽を一瞬で満たし、そのまま数秒で適温のお湯へ変えてしまう場面が描かれている。


一般家庭の浴槽には、およそ二百リットル前後の水が入る。


つまり、その魔法はわずか数秒の間に数百キログラムもの水を生み出し、さらに数十度も加熱するほどの膨大なエネルギーを扱えることになる。


ところが、その後の日常生活では主人公たちは普通に蛇口をひねり、水道水を使って生活している。


洗濯も料理も掃除も、水道から出る水を利用しており、水魔法を使う様子はほとんど見られない。


その理由として作中では、


「水魔法を使うと空気中の水分が減るから」


という説明がされる。


一見するともっともらしく聞こえる。


空気中の水蒸気を集めて水を作り出しているのであれば、確かに周囲の湿度は低下するだろう。


しかし、この説明には大きな問題がある。


まず考えてみたいのは、水の量である。


浴槽を満たすには約二百リットル、質量にすれば約二百キログラムの水が必要になる。


一方、空気中に含まれる水蒸気の量は決して無限ではない。


夏場の湿度が高い日であっても、一立方メートルの空気に含まれる水蒸気は二十グラム程度しか存在しない。


仮に二百リットルもの水を空気中から集めるなら、一千万グラム、すなわち約一万立方メートル近い空気から水分を奪う必要がある。


これは住宅一軒どころではなく、周囲一帯の空気を対象にする規模である。


当然、そのような現象が起これば周囲には劇的な変化が起きる。


湿度は急激に低下し、空気は極端に乾燥する。


木材や紙は乾き、人の肌や喉も強烈な乾燥を感じるだろう。


場合によっては静電気が発生しやすくなり、植物も一時的な水不足に陥るかもしれない。


にもかかわらず、作中では浴槽を満たした直後でも周囲は何事もなかったかのように描かれる。


部屋が乾燥した描写もなければ、湿度が下がった描写もない。


つまり、


「浴槽を満たせるほど大量の水を空気中から集めた」


という設定と、


「周囲には何の影響もない」


という描写は両立していないのである。


さらに矛盾するのは、その後の生活描写である。


主人公は普段、水道水を使っている。


理由は空気中の水分を減らしたくないからである。


しかし、もし本当にその理由で水魔法を控えるのであれば、浴槽を毎回魔法で満たすことこそ最も避けるべき行為になる。


洗面器一杯の水を作る程度ならまだしも、浴槽一杯の二百リットルは桁違いの水量だからである。


つまり、


「大量の水を出す時だけ魔法を使う」


「普段は空気が乾燥するから使わない」


という行動原理そのものが矛盾している。


作者はおそらく「便利すぎる魔法には制限を設けたい」と考えたのだろう。


しかし、その制限が場面ごとに都合よく変化しているため、読者は違和感を覚えてしまう。


さらに作中では、水蒸気についての説明にも誤りが見られる。


主人公は、


「雲は細かな水の粒の集まりであり、それが冷えて水になって落ちてくるのが雨だ」


という説明をしている。


一見すると教科書のような説明に聞こえる。


しかし、実際の気象学ではこれは正確ではない。


まず、雲は水滴だけでできているわけではない。


高い空では氷の結晶も大量に含まれている。


そして、雲の中に存在する水滴は非常に小さい。


直径は〇・〇一ミリメートル程度しかなく、空気抵抗の影響を強く受けるため、自重ではほとんど落下しない。


だからこそ雲は空に浮かび続けられる。


もし単純に「冷えたから落ちる」だけで雨になるのであれば、雲はできた瞬間から降り始め、空に浮かび続けることはできない。


実際には、雲粒同士が衝突して合体したり、氷晶が周囲の水蒸気を集めて成長したりすることで粒が十分大きくなり、初めて空気抵抗を上回る重さとなって雨粒として落下する。


つまり、雨が降る原因は「冷えること」ではない。


水滴や氷晶が成長し、落下可能な大きさになることが本質である。


もちろん、気温の変化はその成長過程に影響を与える。


しかし、それだけで雨が降るわけではない。


冷えたから雨になるという説明は、科学的には非常に単純化され過ぎている。


こうした描写が問題になるのは、この作品が「科学知識を利用して魔法を説明する」という方針を採っているからである。


もし最初から「魔法だから」で済ませる世界なら、雲の説明が多少間違っていても読者は気にしない。


しかし主人公自身が科学を語り、それを武器としている以上、その科学知識はある程度正確でなければ説得力を失ってしまう。


また、水魔法そのものについても別の説明の方が矛盾は少なくなる。


例えば、


「水は魔力から直接生成される」


あるいは


「異空間から水を呼び出している」


という設定なら、空気中の湿度を気にする必要はない。


逆に「空気中の水蒸気を集める魔法」であるなら、水を大量に使うたびに周囲が乾燥し、植物が枯れ、人々が喉の渇きを訴えるほどの副作用が描かれなければ設定として成立しない。


どちらかに統一すれば世界観は自然になる。


問題なのは、


「便利な時は無限に水を出せる。」


「都合が悪くなると空気中の水分が減る。」


というように、場面ごとに魔法の仕組みが変化してしまうことである。


科学を取り入れたファンタジーでは、一度決めたルールは最後まで守ることが重要になる。


読者は魔法そのものの存在には疑問を抱かない。


しかし、一度提示されたルールが場面ごとに変われば、「結局何でもありなのではないか」という印象を受けてしまう。


設定とは、物語を縛る制約であると同時に、作品世界への信頼を支える土台でもある。だからこそ、水魔法を科学的に説明するのであれば、水の供給源や湿度への影響、雲や雨の成り立ちといった関連する現象まで含めて、一貫した理屈で構築する必要がある。


そうした積み重ねがあって初めて、「科学を理解した主人公」という設定にも説得力が生まれ、読者は安心してその世界観に没入できるのである。

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