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魔法による調理について

作品中では、魔法使いがコーヒーを淹れる場面が描かれている。そこでは、生豆を空中へ浮かべ、焙煎し、砕き、お湯と混ぜ合わせ、最後に余った粉を取り除き、カップへ注ぐという一連の工程を、すべて魔法だけで同時に行っていた。


映像としては非常に格好いい。複数の工程が宙に浮かび、まるで熟練したバリスタが何人も同時に作業しているような演出は、魔法ならではの華やかさがある。しかし、魔法の能力を少し科学的・論理的に考えてみると、逆に疑問も生まれてくる。


そもそも、その魔法は何をしているのだろうか。


焙煎とは、生豆を約180~230℃まで加熱し、豆の内部で化学反応を起こす工程である。香りや苦味、酸味など、私たちが「コーヒーらしい」と感じる風味は、この焙煎によって生まれる。


さらに、その焙煎した豆を細かく砕かなければならない。粉の粒度が少し変わるだけでも味は変化するため、均一に粉砕するにはかなり精密な作業が必要になる。


その後は、お湯を適切な温度に保ち、粉へ均一に注ぎ、成分を抽出する。


さらに抽出後は、コーヒー液だけを取り出し、粉を完全に分離する。


つまり魔法は、


・豆を均一に加熱する。

・粒の大きさを揃えて粉砕する。

・湯を加熱する。

・湯を流動させる。

・成分を抽出する。

・液体と固体を分離する。

・カップへ注ぐ。


という、非常に多くの処理を同時に行っていることになる。


ここまで高度な制御が可能なら、逆に疑問が生じる。


「そこまでできるなら、最初からコーヒーを作ればいいのではないか。」


ということである。


例えば魔法が物質を自在に操作できる世界なら、水分子を並べ替えることも、香り成分だけを抽出することも可能なはずだ。


コーヒーの香りには数百種類以上の化学物質が関与しているといわれている。


ならば魔法でそれらを直接生成し、水へ混ぜれば、それだけでコーヒーになる。


焙煎も必要ない。


粉砕も必要ない。


抽出も必要ない。


フィルターも不要である。


そもそも豆そのものが不要になる。


もちろん、「コーヒーは豆から淹れることに意味がある」という文化的な理由なら話は別である。


しかし作品中では、魔法は効率化のために使われているように描かれていた。


効率だけを考えるなら、豆を空中で回転させながら何段階もの工程を経るより、完成品を直接作る方が圧倒的に早い。


これは料理全般にも言える。


野菜を刻み、肉を焼き、鍋をかき混ぜる魔法があるなら、料理そのものを生成する魔法が存在しても不思議ではない。


パンを焼く魔法よりパンを作る魔法。


麺を茹でる魔法よりラーメンを作る魔法。


ケーキを焼く魔法より完成したケーキを作る魔法。


その方が合理的である。


もし「いや、魔法では化学反応までは再現できない」という設定なら話は変わる。


その場合は焙煎を魔法で代行する理由も弱くなる。


焙煎とはまさに化学反応だからだ。


加熱によって糖やアミノ酸が反応し、複雑な香味成分が生成される。


もし魔法がそこまで干渉できないなら、空中で一瞬にして理想的な焙煎を行うことも難しい。


逆に焙煎が可能なら、その化学反応を魔法で直接起こすこともできそうに思える。


つまり、


「焙煎だけは魔法でできるが、香り成分だけは生成できない。」


という線引きには説明が必要になる。


さらに粉砕についても考えてみる。


豆を細かく砕くということは、内部の細胞壁を破壊し、粒径を揃えるという極めて精密な加工である。


魔法がそれほど細かい制御を行えるなら、成分だけを選択的に取り出すこともできそうである。


粉を取り除く描写も同じだ。


液体だけを残し、粉だけを除去するというのは、フィルターと同じ働きを魔法で再現していることになる。


つまり魔法は液体と固体を識別している。


ならば苦味成分だけを増やすことも、酸味だけを弱めることも可能なのではないか。


豆の種類による味の違いまで自由に再現できるかもしれない。


そこまでいけば、もはや現実のコーヒー作りというより、「味を設計する魔法」である。


もちろん、作者が描きたかったのは科学考証ではなく、「魔法でコーヒーを淹れる姿」の格好良さなのだろう。


豆が宙を舞い、炎が踊り、お湯が渦を巻き、最後に香り高い一杯がカップへ注がれる光景は、とても映像映えする。


読者にも「魔法って便利だな」という印象を与えられる。


演出としては成功している。


しかし、設定を論理的に突き詰めると、「そこまで高度な物質操作ができるなら、工程を一つずつ再現するより、完成したコーヒーそのものを生成した方が合理的ではないか」という疑問は残る。


魔法の世界では、どこまでを「物質操作」とし、どこからを「創造」とするのか。その境界線を明確に定めておかないと、便利さゆえに設定の整合性が崩れてしまうことがある。


結局のところ、この場面は「現実のコーヒー作りを魔法で再現すること」を優先した演出なのだろう。映像としては美しく、読者にも分かりやすい。しかし、魔法という万能に近い技術を前提とするなら、その能力をより直接的に使ってコーヒーの香味成分を生成し、一杯のコーヒーを瞬時に完成させた方が、合理性という点では優れているように思えるのである。

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