感謝
「――聞いたぜ、アイラ! すげえじゃん!」
「ほんと、救世主だよね!」
「……あ、ありがとうみんな」
それから、翌日のこと。
教室に入るやいなや、みんなから褒め讃えられ驚きつつも笑顔を見せるアイラさん。もちろん、昨日のあの一件に関してで。……うん、本当にすごかったよ、アイラさん。そして、こうして彼女が称賛されているのを見ると、どうしてか僕まで嬉しくなって。……ところで、笑顔とは言ったものの――
ちらと、僕の方へと視線を移すアイラさん。笑顔とは言ったものの、そのお表情には申し訳なさも浮かんでいて……全然、気にしなくていいのに……ほんと優しいなあ、アイラさん。
その日の放課後のこと。
レッスンのため、ユリアさんと中庭に……というのがいつもの流れなのだけども、本日はその前に少し用事があって。ユリアさんには事前にお伝えしていて、待っていてくださるとのことなので、申し訳なさと感謝の念を抱きつつ教室を後に。それから、数分後――到着したのは、教室から遠く離れた階段の踊り場。そして――
「……お待たせしました、アイラさん」
「ううん、全然。それより、来てくれてありがとね、ハンス」
そこには、穏やかに微笑む一人の少女――鮮やかな山吹色の髪を纏う女の子の姿があって。
「……改めてだけど、昨日はほんとにありがとね、ハンス」
「いえ、お気になさらないでくださいアイラさん。僕は何もしていない、とまで言うと流石に白々しいかもしれませんが……それでも、ご家族の皆さんを助けられたのは、紛れもなくアイラさんのお陰です。これまでのアイラさんが努力が実を結んだんです」
「……うん、ありがと、ハンス」
お言葉の通り、改めて感謝を告げてくださるアイラさん。だけど、ご家族の皆さんを助けられたのは紛れもなくアイラさんのお陰で。もちろん、ユリアさんや消防隊の方々のお陰でもあるけれど。
「……でも、やっぱり申し訳ないなあって。あたしだけがみんなから褒めてもらえて、なのにハンスのことは誰も知らないままで……」
「……それに関しても、どうかお気になさらないでください。そもそも、僕の方からお願いしたことなんですから。僕の能力について、誰にも言わないでほしいと」
お言葉の通り、甚く申し訳なさそうなアイラさん。だけど、彼女が気にする必要なんて全くない。むしろ、お気を遣わせてしまってこちらこそ申し訳ないくらいで。
さて、改めてご説明をすると、僕の能力――手を取った相手に僕自身の魔力を与えるという少し変わった能力について、ユリアさんの方針の通りアイラさんにも誰にも言わないようお願いしていたわけでして。
「……あたしね、なんにもできない子だったの」
「……へっ?」
「……まあ、なんにもできない、は流石に言い過ぎだったかもしれないけど……でも、ほとんどなんにもできなかった。とにかく、他の子達に比べてほとんど全部がダメな子だった」
「……そう、なのですね……」
ややあって、少し俯きお話しになるアイラさん。だけど、魔法に限った話であれば、申し訳ないけれどそこまで意外な内容でもなく。というのも、去年――入学してからしばらくは、彼女はそれほど優秀な生徒ではなかったから。……いや、身も蓋もなく言ってしまうと、僕ほどではないにせよほとんど魔法が使えない子だった。
「……だから、この学校に入れたのもほんとにびっくりで……きっと、マグレかなって。もしくは、なにかの手違いかなって。でも、入れたからには頑張ろうって思ったんだけど……でも、知ってると思うけど、上手くいかないことばっかりで」
「……アイラさん」
「……だから、本来ならきっと諦めてた。それでも、諦めなかったのは……ハンスがいたから」
「……僕が?」
「……うん。すっごく失礼だって自覚はあるけど……でも、びっくりしたの。こんなにも、なんにもできない子がいるってことに。それで、授業中にほとんどみんなが馬鹿にしてて……自分のこと以外で、こんなにも可哀そうって思ったのは初めてで。
……でも、もっとびっくりしたのが、それでも諦めてなかったこと。あたしだったら、きっともう何もかも嫌になって逃げ出してた。……でも、ハンスは逃げ出さなかった。どれだけみんなに馬鹿にされ続けても、諦めずにずっと頑張ってた」
「……アイラさん」
「……それでね、自分でも嫌な理由だと思うけど……あたし以上に何もできないハンスがこんなに頑張ってるんだから、あたしももうちょっとだけ頑張ろうって思ったの。それで、少しずつ色々、昔から特に大好きだった水魔法はできるようになってきて、少しずつ自信もついてきたんだけど……でも、昨日、あの状況を眼前にすっかり自信がなくなっちゃって。あの頃みたいに、なんにもできない頃に戻っちゃったみたいで……ほんと、情けないなあ」
そう、少し自嘲気味に話すアイラさん。アイラの水魔法は本当にすごいし、きっと学年でもトップクラスだと思う。そして、アイラさん自身も水魔法に自信を持っている。それでも、昨日のあの状況では自信がなくなってしまうのはきっと自然なこと。その結果、呼び覚まされてしまったのだろう。彼女自身がダメな子だと言っていた、かつての自分を。
「……でも、ハンスのお陰で立ち直れた。一人の力じゃないけど、あたしにもあんなことが……人の生命を助けることができたんだって分かった。ハンスのお陰で」
「……アイラさん」
柔らかな微笑で、そう告げてくれるアイラさん。だけど、僕はただ自分のために頑張ってただけ。なので、こうして感謝をしてもらえることが申し訳なくもあるんだけど……それでも、僕の頑張りが、結果的にアイラさんに良い影響を与えていたのならとても嬉しいと思う。だけど――
「……僕も、諦めかけてましたよ。どうしてこの学校に受かったのかも分からなかったし、正直のところそこに関しては今も分かっていません。入学試験の際、僕は何一つ魔法を披露できなかったのに。
そして、ご存じの通りどの授業でも何一つ魔法を使えず、本当にもう退学した方がいいのかな、とも思っていました。ですが……そんな僕に手を差し伸べてくださったのが、ユリアさんだったんです。僕は、ユリアさんに救われたんです」
そう、微笑み口にする。諦めずに頑張ってた――アイラさんがそんなふうに見てくれていたことは嬉しくありがたいけれど、本当は諦めかけていた。グランダッドとグラニーのお陰でどうにか踏み留まっていたけれど、それでも今頃にはとうに自主退学していた可能性も十分にあった。……あの時、ユリアさんから手を差し伸べられていなければ。
……それにしても、未だにびっくりだけどね。手を取ることで魔力を与えるだなんて。それも、ユリアさんだけでなく――
「……あれ?」
「……ん? どしたの? ハンス」
「……あっ、いえ……その、何でもないです」
「……いや、言ってよ。なんかすっごく気になるから」
「……分かりました。その、改めてですが、アイラさんは僕の魔力を感じ取ることができるのですよね? ですが、あの時――舞踏会で僕と踊ってくださった時は、僕の魔力に気付いていらっしゃらなかったようなので少し疑問に思っただけで……」
そう、たどたどしく口にする。尤も、手を繋いだ場面は他にもあった。昨日、アイラさんが立ち上がるのを手助けしたあの場面で。だけど、あの時は手を繋いだと言えるかどうかも分からないほど時間も短かったし、状況も状況だったので彼女の方にも気付く余裕なんてなかったのかもしれない。
だけど、舞踏会の時はまるで事情が違う。数分間も手を繋いでいたし、昨日のような人の生命のかかった状況でもない。だけど、なにか感じたかどうかを尋ねたユリアさん対し、アイラさんは何も感じなかったという旨の返答を――
「……そ、それは、その……」(……いや、だってあの時はドキドキしすぎて、きっとそれどころじゃなかったし……)
「……へっ?」
「あっ、ううん何でもない! そっ、それじゃあまたねハンス!」
「……へっ? あっ、はい……」
卒然、一目散に走り去っていくアイラさん。……えっと、どしたの? それに、心做しか――
「――お話は終わったようですね、ハンス」
「あっ、ユリ――」
「――ところで、今しがたアイラさんが何やら頬を真っ赤にして走っていかれましたが……いったい、どんな素敵なことをお話しなさっていたのでしょう?」
「…………」
すると、代わって僕の方へとやってきたのは鮮やかな銀髪の可憐な少女。心做しか、全く笑っている気のしない満面の笑顔で……うん、ちょっと怖い。




