窮地
「…………うそ、でしょ……」
そう、茫然と呟くアイラさん。僕らの視界には、無情に燃え盛る蜂蜜色のお家――アイラさんのご自宅が。ほどなく、ガクッと膝から崩れ落ちるアイラさん。……うん、そうなるよね。僕だって、同じ立場ならきっと――
「……私は、急いで消防隊を連れて来ます。その間、アイラさんは水魔法で消火を、そして中の方々が出られるようなら、ハンスは避難の誘導をお願いします」
「はい!」
すると、そう言って疾風のごとく舞い上がり遠くへ飛んでいくユリアさん。その姿はとても凛々しく素敵だけれど、今は見蕩れている場合じゃない。なので――
「アイラさん、それでは僕らも……へっ?」
声をかけるも、ふと言葉が止まる。というのも……アイラさんが、膝が崩れたまま、身体全体を震わせ両手で頭を抱えていたからで。……いや、なにも不思議なことはない。ご自身のご家族が窮地に立たされているこの状況で、平常心でいるという方が無理がある。僕自身……そして、ユリアさんでさえ平然ではいられてないと思うし。……だけど、それを踏まえても……こう、ちょっとした違和感が――
「……あたしには、無理だよ」
「……へっ?」
「……あたしなんかに、誰かを助けるなんてできっこない! だって、あたしは何にもできないんだから!」
「……アイラさん」
すると、頭を抱えたまま叫ぶアイラさん。……何にもできない、なんて、そんなわけない。何にもできないのは、彼女ではなく僕の方で。……それでも、アイラさんが本気でそう思っているということはひしひしと伝わって。……だけど、
「……そんなこと、ないですよ」
「……へっ?」
「……アイラさんが、何にもできないなんて……そんなこと、絶対にありません。僕が保証します」
「……ハンス」
「……まあ、僕の保証なんて当てにならないかもしれませんが……ですが、僕だけでなく、ユリアさんも保証してくれています。でなければ、人の生命という何よりも尊いものがかかったこの状況で、アイラさんに大切な役目を任せるはずがありません」
「…………ハンス」
膝を折り、心からの思いを口にする。そんな僕を、目を見開きじっと見つめるアイラさん。そして、少しの間があった後――
「……うん、ありがとハンス。正直、全然自信はないけど……それでも、頑張ってみる」
「……っ!! ありがとうございます、アイラさん!」
決意と共に、控え目に手を差し出すアイラさん。そんな彼女の手を取り、アイラさんが立ち上がる手助けをする。……ありがとうございます、アイラさん。
「――アクア!」
呪文と共に、前方へさっと手を翳すアイラさん。すると、彼女の手から放たれた強烈な水が燃え盛る炎へと直撃。しばしして、少しずつ確実に炎の勢いが弱まっていて……すごい、アイラさん。これなら、ユリアさんが戻るまでなんとか――
「……やっぱり、厳しいかも……」
すると、手を翳しつつ小さな声でそう口にするアイラさん。お言葉の通り、彼女の放つ水の勢いは少しずつ弱まっていて、そしてご表情も苦しそうで……うん、それはそうだよね。これだけの魔力を一気に使うとなると肉体的、精神的な疲労は相当に……更には、ご家族の生命がかかっていることもとりわけ精神的に甚だ影響があるはずで……いや、さっきから僕は何をしているんだ。この状況じゃ、中の方々はまず出られない。つまり、僕はここにいても何もできない。それなら、せめて――
「……っ!! 待って、ハンス! ……お願い、ここにいて……」
誰か助けになる人を呼びに行こうとすると、パッと左手で僕の右手首を掴むアイラさん。驚く僕をじっと見るつぶらな瞳は、縋るようでさえあって……うん、そうだよね。この相当に辛い状況で一人でいるよりは、僕なんかでも一緒にいた方が――
「…………ん?」
ふと、思考が止まる。というのも、アイラさんがじっと僕を見つめていたから。いや、さっきまでも見つめてはいたんだけど……でも、さっきまでとは違う、大きく目を見開いた表情で……でも、この表情、どこかで――
「……へっ?」
「……お願い、ハンス。しばらく、このまま繋いでて」
左手を一度離し、その手で僕の右手をぎゅっと握るアイラさん。もちろん、本来ならとても驚く展開なのだけども……だけども、この流れには覚えがあって。……そう、あの時――アルベルトくんとティナさんを助ける直前、ユリアさんも同じように……そして、だとしたら恐らくは――
「……分かりました、アイラさん。アイラさんがもういいと仰るまで、この手は絶対に離しません」
「……ありがと、ハンス」
今度は、戸惑いなく答える。すると、ホッと安堵を浮かべてくれるアイラさん。そして、再び前方へと右手を翳す。すると、彼女の手から放たれた水は何の誇張もなく格段と威力が上がっていて。そして、水を放ち続けること数分。流石に、アイラさんの疲労もピークに――
「――お待たせしました、ハンス、アイラさん!」
「……っ!! ユリアさん!」
刹那、上空から響くユリアさんの声。そして、彼女が連れてきてくれた消火隊の方々が。……ありがとうございます、ユリアさん!
その後、消防隊の方々によりほどなく完全に消火――中にいた皆さんも、お怪我のないご様子で無事に救出され……うん、ほんとによかっ――
「……っ!! アイラさん!」
卒然、ふらっと後ろ向きに倒れるアイラさん。そんな彼女を、地面に着く寸前のところで両手で支える。すると、柔らかに微笑み感謝を告げるアイラさん。それからそっと目を閉じ、ややあって寝息を……本当にお疲れさまです、アイラさん。




